9-9.神と子羊の真夜中のアタック☆大作戦
古式ゆかしく伝統に則った、時刻は深夜丑三つ時。
人目を避けるに適した時間。
夜空を煌々と照らすのは、銀の粉を塗したようなけぶる月。
そこは村の行事ごとで使用する道具類を収納した倉庫の、裏手。
茂みに紛れるようにして、漆黒の陰影が折り重なる。
木製の柵の向こうにいるのは、『ゲーム』で見知った姿。
先が二股に分かれた、大きな緑のとんがり帽子。
まっふりした、白いふかふかしてそうなお髭。
やっぱりまっふりした、白いおさげ髪。
よく見ると体型は痩せ型なのに、お髭と髪の毛がふっさりしているせいで太っているように錯覚する。
なんとなくサンタクロースを連想するせいだと思う。
100歳くらいは余裕で越えていそうな深い年輪を感じさせるお顔には、常に穏やかな遠い眼差し。
ぴんと背筋の伸びた大柄な体は、帽子とお揃いの緑のローブで手首以外が全然見えない。
短い丈のケープは透明な石と銀糸で縁取りがされていて、笑い声に合わせて体が揺れる度、太陽光を弾いてキラキラしていた。
『ゲーム本編』の頃と、微塵も変わらぬ外見の……トーラス先生。
つまりは、リューク様の師匠キャラの片割れ。
めっちゃくちゃガチで『ゲーム』メインキャラの1人です。
トーラス先生は、いつも微笑んでいるような、好々爺然とした垂れ気味目元のお爺さん。
実際に温厚で、常は『優しいおじいちゃん』って感じだけど。
今は鋭く細められた険のある目が、私を注意深く見詰めている。
正確な状況判断に最適化した、冷徹な観察する目。
『敵』を相手に、自分の大切なものを守る為。
好々爺の顔を隠し、覚悟を決めた老兵の顔がそこにある。
相手がメイのような子供とわかっても、気は緩められない。
「――羊のお嬢ちゃんや。このふざけた呼出しの主は、お嬢ちゃんかのぅ」
「うん、私だよー」
否定することなく、素直に答えた私に。
トーラス先生は意図的に距離を取る。
魔法使いの、間合い。
だけど、ここは素直でいるつもりなんてない。
メイはトーラス先生がわざわざ取った距離を台無しにするべく、軸足に力を込めた。
勿論、機先を制して飛びかかり……ご老体のトーラス先生を捕獲する為に!
さて、さてさて。
なーんでこんな展開になってるの?って話だけど。
あの羊姿でリューク様に御同道しちゃった日の、夜。
いつもとおんなじ、夢の中のこと。
今後の予定をよくよくセムレイヤ様と打ち合わせたんだけど、ね?
リューク様を幸せにして、メイちゃんの胸が痛まないように話を進めるには、どうにも私1人だと限界があるねって結論が出ました。
うん、それ当り前だね。
そもそも8歳の小娘いっぴきに何ができるのって。
序章の展開にこっそり介入するにしても、内部に協力者が必要じゃないかと。
当初はその『内部犯』はセムレイヤ様でどうかって思ってたんだけど……現状『鳥』に過ぎないセムレイヤ様が、そんな大きな役割を担える筈もなく。
それ以前に、目立つ動きを繰り返して『敵』に存在を気付かれちゃったらどうするのっていう。
子羊メイちゃんと神様とで色々と話し合った、結果。
魔法使いのトーラス大先生を共犯者に引きずり込もうという結論に至っちゃいました。
本当なら、トーラス先生もメイにとっては観察対象なんだけど……
背に腹は代えられない。
これは大事の前の小事。
今は小義を捨ててでも、大義を得なくっちゃ駄目なんだよ。
そう、トーラス先生の観察を諦めることで、他のもっと大事なことを円滑に進めるの。
リューク様の観察とか、メイちゃんの罪悪感やらの緩和とか。
うん……ごめんね、トーラス先生!
メイちゃんは、利己的だけど自分の為にトーラス先生を巻き添えにします!
そんな訳で、こんな訳で。
善は急げとメイちゃん達はトーラス先生の捕獲大作戦に走りました。
決行は、翌日の夜更け。
つまりは村への滞在3日目深夜から4日目早朝にかけて。
お呼出しの為、メイちゃんは真心を込めてお手紙を書きました。
白羊さんから、魔法使いさんへの脅迫状です。
頑張って書いたお手紙は、竜神という名の鳥さんが運んでくれました。
読まずに食べられちゃわないか、メイちゃんドキドキ☆
ついでに布団に潜って、寝たふりするにもドキドキです。
なんで『親』って、子供の寝顔確認に来るんだろうね?
可愛がられている自覚はあるので、何となく理由も察するけど。
双子ちゃんと3人、枕を並べてぐーすかぴぃ。
ユウ君やエリちゃんにぴったりくっついて、2人の寝息に呼吸のリズムを合わせてぐぅぐぅ。
ちびっ子の高い体温に、くっついてると段々眠くなる。
下手するとマジ寝しちゃいそうになるけど、何とか現実の端に意識を引っ掛けパパとママを待ち構える。
今夜こそ、メイ、パパとママを巧みに騙し通してみせるもん……!
狸寝入りメイちゃん、始動!
「マリ、メイちゃん達は寝てる?」
「あら……うふふ♪ 可愛いお顔よ、あなたも見て」
「……ああ、確かに可愛いね。うちの天使ちゃん達は」
うふふ、あはは、と。
パパとママは夫婦で肩を寄せ合い、微笑みを浮かべて温かくメイちゃん達の寝顔をじっくりと眺めまわす。
うん、心の中の冷汗が止まらない。
どうかどうか、上手に騙せますよーに!
やがてメイちゃん達の寝顔をじっくりと眺め回した後。
パパとママは順番にメイ達の頭を優しく撫でて立ち上がります。
どうやら、寝顔確認は終わったみたい。
椅子から立ち上がり、扉に向かう気配。
だけど、ドアから出る前に。
笑みを含んだ、ママの声がした。
「それじゃあメイちゃん、なるべく早く寝んねするのよ」
………………。
……わあ。バレテルー。
ちぇっ……未だかつて、2人を嘘寝で騙せた試しがありません。
今回こそって思ったのに、メイもまだまだ修行が足りないよ。
前、ヴェニ君が達人は気配で意識の有無がわかるって言ってたけど……パパとママなら、出来てもおかしくないかも。
完璧な狸寝入りをマスターする為には、脳波や心拍数まで意識的に調整出来るようにならないといけないのかな!?
でもそれって、どうやってマスターしたら良いんだろう?
ちょっと、メイには難易度が高すぎるよ……。
メイちゃん史上最高の出来だった狸寝入りは、パパとママの達人スキルを前に敗北しました。
メイちゃん、ちょっとしょんぼり凹んじゃう……。
我ながらがっかりです。
でも、どれだけやる気が落ちたとしても。
それで今夜の予定は変わらない。
窓の外で、ぱささっという鳥の羽音。
窓から身を乗り出すと、やっぱりそこに竜神様がいた。
夜に鳥姿で飛ばれると不審極まりないけど、地上で行動するには色々と制約のかかるセムレイヤ様には仕方ないこと。
現役神様も不自由が多くて大変たいへん。
『メイファリナ、準備はよろしいですか』
「うん、ばっちりだよ!」
私は今まで自分が寝ていた寝台を、セムレイヤ様に見せる。
そこには、メイちゃんがさも寝ているかのような膨らみが!
ぬいぐるみとクッションを突っ込みまくって膨らませたんだけどね!
『確かにこれなら、遠目にメイファリナが寝ているかのようですね。……念を入れて、メイファリナの【気配】を移しておきましょう』
セムレイヤ様がそう言って、すぐ。
毛布の膨らみが一瞬、ぽわっと光って。
……なんだか誰かがいるような気配がする。
前世でよく聞いた怪奇現象っぽい……。
でもこれなら、パパとママが再確認に来ても騙せそう!
流石、竜神様……メイには出来ない、あの2人を騙せる小技を易々と出してくる。うっかり尊敬しちゃいそうだよ。
『メイファリナの気配を此方に移したことで、今の貴女には【気配】がありません。この状態なら、シュガーソルトが如何に鋭敏な気配察知能力を持っていようと欺くことが可能でしょう。何といっても、察知するべき【気配】がないのですから』
「わあー……なんて隠密行動に便利! セムレイヤ様、メイもこの技術覚えられるかな」
『……残念ながら、人間には難しいかと』
「難しいってことは、不可能とは限らないんだよね? 今度教えて、セムレイヤ様!」
『そうですね……努力だけしてみましょうか。ですが習得できなくても気落ちすることはありませんからね?』
「挑戦するからには、メイ、全力で頑張るよー!」
そうして、私達は。
子羊メイちゃんと、竜神セムレイヤ様のリューク様後援会メンバーは深夜のバロメッツ牧場を脱走しました。
トーラス先生を絡め取るべく、捕獲☆大作戦の決行です!
トーラス先生を呼び出したのは、村の大道具倉庫裏。
呼び出すのに使った手紙の文面は、こんな感じだよ。
――果たし状
魔法使い『斑兎』のトーラス殿
草木の悉くが眠る刻限、大道具倉庫裏にて貴殿を待つ。
貴殿が姿を見せない場合、貴殿の『孫娘』の身柄は保証しかねる。
彼女の健やかな毎日を今後も望むのであれば、一人で参られよ。
うん、今日のメイちゃん、めっちゃ悪役っぽい!
ちょっと書いている内に興が乗っちゃって、ノリノリで書いたらこうなりました。
どうしよう、ミヒャルトに毒され過ぎかな?
でもこうでも書かないとトーラス先生だけじゃなくってラムセス師匠まで来ちゃいそうな気がしたから……!
トーラス先生の『孫娘』。
それはトーラス先生の最大の弱点です。
もうトーラス先生の血縁は、彼女だけ。
だからこそトーラス先生絡みで利用されたり害されたりすることのないよう、敢えてわざわざ繋がりを隠し、遠くの街で暮らさせている。
そんな彼女の名前でも出さないことには、素直に応じてくれる気がしなかった。
勿論、これでトーラス先生が呼び出しに応じなかったからと言って、彼女に何かする気は少しもないんだけどね。
そんなことは、言わないとわからないと思う。
取敢えず頭に血の昇った状態で、冷静な判断が出来ない状態で現れてくれたら……一笑に付されて仕方のない話に引きずり込むんです。強制的にお話合いに巻き込むんです。だったら、冷静にモノを考えられない状態でいてくれた方がやり様はある。
そうして、トーラス先生は。
私の目論見通り、怒髪天状態でやって来ました。
わあ、いつもの穏やか好々爺な姿が嘘みたいー。
うん、見るからに怒ってる。
だけど、怯むことなく。
相手は偉大な魔法の使い手で、無茶苦茶な実力者で。
魔法なんて問答無用の武力を自在に駆使する化け物だけど。
何事においても、機先を制するのは事を有利に運ぶ第一歩だよね?
早速を尊ぶヴェニ君の薫陶を受けて、メイは腕を磨いてきました。
そしてヴェニ君は、いざ魔法使いと戦う時の心得も教えてくれた。
ようは魔法なんて使わせなければ良いんです。
そうしたら、相手はただの好々爺。
身体能力で差のある相手なら、少しも怖くなんてない。
トーラス先生の間合いは、魔法を使う人のソレ。
少し遠いけど、私の足なら問題ない。
呪文の詠唱が終わる前に……足止め要員も、ちゃんと配置済みだもん!
そして、メイちゃんは。
足のバネに力を溜めに、溜め。
タイミングを見計らう。
完膚なきまでの完勝を得る為。
トーラス先生(ご老体)の身柄を、完全に確保する為に――!
アタック:勢いと打撃力が大事。




