9-5.早朝鍛錬の爽やかさが悪い
リューク様は、私の2歳上。
こうして小さな体のリューク様を見ていると、それを実感します。
ゲーム本編ではずっと、17歳だったリューク様。
その幼い姿をこうして見ているのかと思うと、不思議な気分。
リューク様の村の場所はわからないから。
序章を飛ばして、本編が始まるところからストーカーする気満々だったし。
序章12歳以前のリューク様をじっくり見られることが、とても貴重に思える。
ミヒャルトから借りてきていて良かった、遠眼鏡。
軍事用って前振りに違わぬ、高性能。
でもなんで軍事用なのに、オペラグラスの形をしているんだろう。
そこがちょっとわからなかった。
引き続き、お祖父ちゃんの家の樹上にて。
双子ちゃんをお膝で遊ばせつつ、リューク様の修行風景を拝見中のメイちゃんです。
村生活:2日目
日々の日課をこなす為、リューク様は健気に素振りを繰り返しておいでです。
時々ラムセス師匠に指示を受けながら、素振りを交えて型の動きを繰り返すリューク様。
なんていうのかな。
こういう如何にも『正統派!』って感じの訓練、私にとっては逆に新鮮。
前にもこういう光景を見たことはあるけど、やっぱり見慣れない感じ。
だっていつもの、自分達の修行じゃ差し挟まれない工程だもん。
ヴェニ君の強さは訓練に寄らない、完全に個人の資質によるもの。
つまり、我流。
その弟子である私達への指導も、好きなように動かせておいて後付けでびしばし無駄を省いていくって感じだし。
定められた型なんて存在しない、流派なんてない。
でもこうやって基礎の基礎から、ちゃんと指導の行き渡った訓練も良いね。
最初から、無駄な部分に走らないよう管理された訓練。
見ていて、勉強になります。
勿論、1番の注目ポイントは修行している師弟がリューク様とラムセス師匠ってところなんだけど!
「メイちゃん、アレ見てて楽しいのかい?」
「うん! だって見てるだけで勉強になるもん」
うっきうきしながら、熱心にオペラグラスを覗きこむメイちゃん。
木にへばりついて遊ぶ、ユウ君とエリちゃん。
……あれ? 今、メイちゃんに話しかけたの誰だ?
ぴょこっと、耳を跳ねさせて。
オペラグラスから目を離し、視線を巡らせると……
「めっ?」
「おはよう、メイちゃん」
「ぱ、パパ!?」
我が家の最終兵器が隣に座っていました。
い、いつの間に……
隣にいることにも、近づいて来たことにも気付かなかった。
気配がなかったよ、パパー!?
メイちゃんの座ってる枝、全くしならなかったんだけど!
どうしてどうしてどうやったのー!?
驚きに、目を丸くするメイちゃん。
だけどパパは、そんなメイちゃんの驚きを気にした様子もなく。
ただ困ったような……ううん、困った子を見るようなお顔。
……いや、今まさにメイちゃんを困った子だと思っていそう。
そんなお顔で苦笑を溢し、メイちゃんの頭を撫でてきます。
「メイちゃん、おはよう」
「お、おはようパパ」
「髪の毛が跳ねちゃってるね。後でブラッシングしてあげようか」
「めー……」
あぅ。
そう言えば、朝からリューク様達の修行風景が見られるってわくわくし過ぎて、身嗜みが超おざなりだった気がする。
……うん、寝ぐせですね。
身嗜みに駄目だしされても否定できないや。
「メイちゃん、朝起きたらまずはパパとママに顔を見せにおいで。何も言わずにいなくなったら、みんなが心配するだろう?」
「あ、あう……ごめんなさい、パパ」
「ユウ君と、エリちゃんも。パパ達を心配させないで」
「ごめんなしゃい……っ」
「ごめんしゃいー……!」
小さな子供を持つ親なら、して当然の心配。
これは親馬鹿だからとか、そんなんじゃなくって。
メイが悪いのは明らかです。
私達3人は、木の上だけどパパに深く頭を下げました。
「お祖父ちゃん達も凄く心配していたよ。3人はちゃんとみんなに謝ること! 良いね?」
なんだかパパが真っ当な親に見えました。
いや、普段が真っ当じゃないって言うつもりじゃないけど。
パパはちゃんと『おとうさん』なんだなぁって。
「それでメイちゃん達は、こんな朝早くから木の上で何をしていたのかな?」
「あ、それは……」
「あのね、あの、あれをね!」
「おねえちゃん、アレみてたの……」
私が言い繕うよりも、早く。
双子が指さした先では、剣をふるうラムセス師匠とリューク様。
……そもそも声をかけられるより前に、オペラグラスを覗いているところ見られちゃってるし。
それを思えば質問はただの確認で、もう気付かれているのかもしれないけれど。
パパはきっと抜かりなく、メイちゃんがオペラグラスで何を見ていたのか察しているに違いない。
黙り込む私と、見下ろすパパ。
沈黙の間に、お隣さん家の師弟が木剣で打ち合うカンカンカンという堅い音が響いていた。
「メイちゃん?」
「その、観稽古のつもり……ってことで。でも近くに行くのは、あのオジサン怖いからー……」
昨日、お祖父ちゃんの家に到着する段階で散々怯えさせられた後です。
だから、メイがこう答えても何ら不思議はないと思うんだけど……。
メイちゃんの日頃の行いを鑑みても、いかにもありそうな答えだと思うけど。
「メイちゃん……お祖父ちゃんのお家に来てまで、修行かい?」
「そういうパパは、鍛錬しなくていーの? パパ、軍人さんだよね!」
鍛錬しないと、なまるよ。パパ!
「…………」
無言のまま、微笑み顔で何かを思案するパパ。
一体何を考えているのか……
やがて顔をあげたパパは、私達の頭をふわっと撫でました。
「……一理あるかな」
「め?」
「メイちゃん、見ているだけだね?」
「え、うん!」
「そうか……じゃあ、このまま此処にいなさい。ついて来たらいけないよ」
「え? パパ?」
「パパは今からお隣さんに行ってくるから」
「えっ!?」
ぱ、パパが予想外なことを言い出しました!
一体何を言ってるのかな!?
動揺する私にはお構いなしだけど……まさか、ラムセス師匠と決着をつけに!? 直接対決!?
流石に家まで乗り込むのは、モンスターペアレンツでもやり過ぎだと思うのー!
頭の中は、混乱しまくり。
だけどパパを止めろ!と、脳内指令がやっと出て。
慌てて引き留めようとしたけれど……Oh.
残念! 時は遅かった――!?
パパは、物音ひとつ立てることなく。
掛声ひとつ、漏らすことなく。
私が反応するだけの猶予も、隙もなく。
結構な高さにある樹上から、跳躍した。
お隣さん家の、敷地に向かって。
ぱ、パパーっ!?
思わず絶叫しそうになったのを、口を塞いで何とか我慢。
両手でこう、ぱふっと。
だけど目を見開かずにはいられない。
何やっちゃってるの、あの親馬鹿!
驚愕するメイちゃんが目で追う先で、パパは大きく弧を描いた空中……きりきりきりと、5回転。
え、無駄に凄い。
それだけじゃなく、パパは成人男性。
軍人らしく背も高いので、体重もそれなり。
スピードタイプの戦士だから、無駄な筋肉は付けてないけど。
それでも引絞ってあるだけで、アレです。細マッチョってヤツ。
そんなパパが跳躍したんだから、当然……足場にされた木には、それなりに反動があって然るべきなんだけど。
……同じ枝にいた、子供達に気遣ったのか何なのか。
枝どころか、葉っぱ1枚揺れてないんですけど。
え、これどうやったの。
完全に衝撃を殺した……ってレベルの芸かな、これ。
全く微動だにしない、枝の上。
パパの無駄に卓越した技量を何気ないところで見せつけられる。
茫然とするメイちゃんは、完璧に置いてきぼりです。
私の心情など、知らぬ顔で。
パパはお隣さん家の敷地内……ラムセス師匠とリューク様のすぐ側に、音を立てることなく着地した。
結構な飛距離ですね、すげぇ。
驚きに目を丸くする、リューク様。
表情豊かな子供らしさが可愛い。
一方、まるで動じていないラムセス師匠。
ちらりと此方に視線を向けてきたし、これ気付かれてた?
まずいまずいと冷汗を垂らす、メイちゃん。
だけどパパは娘の気持ちも知らないで。
「おはようございます。朝から精が出ますね」
普通に挨拶したよ、あのひと。
昨日の決着をつける、って意図した訳じゃないんだろうけど。
メイちゃんが見下ろす遙かな眼下では、何故か木剣で打ち合うパパとラムセス師匠。
えっと、なにこの状況。
「パパー、がんばれー!」
「パパー!」
無邪気に応援する、双子ちゃん。
まだ朝も早いから、小さな声でね?
だけどパパにはちゃんと聞こえているらしく、偶に手を振ってくる。
あのラムセス師匠と打ち合いしながら、そんな余裕な真似が出来るパパが凄い。
やっぱり、パパってメイちゃんよりずっとずっと格上なんだなぁ……
……って、そんな染々している状況かな。メイちゃん?
こっちまで声は聞こえなかったんだけど、別にラムセス師匠と険悪な雰囲気はなかった。
昨日の気まずい件は、両者互いに忘れて水に流すことにしたらしい。
ただ、状況の推移を見るに。
どうやらパパが、朝の鍛錬への参加を申し出たらしい。
ラムセス師匠の方も、願ってもないって感じで快く迎え入れていたよ。
多分、普段とは違う刺激を加えることで、リューク様の励みになるって思ったんじゃないかな。
同じ相手に慣れきった修行を続けるよりも、時には違う猛者の指導を受ける機会も必要だよね。
同じことの繰り返しだけじゃ、得られないことってあるし。
パパとラムセス師匠の打ち合い見ているだけでも、観稽古になるしね!
メイちゃんにとっても、ためになります。
っていうかパパ、槍以外の武器もかなり使えるんだね。
ラムセス師匠と、木剣で打ち合って。
かなり良い勝負をして。
リューク様の近くで、その剣筋を指導して。
キラキラした瞳で、リューク様に見上げられて。
普段から部下の訓練をしているせいか、どうも指南も的確だったっぽい。
みるみる内に、お隣さん家の師弟の信頼を勝ち得ていくパパ……!
め、メイちゃんにはやれない、出来ないことを易々と!?
正直、かなり羨ましい。
いいもん、いいもーん。
メイちゃんはメイちゃんで、自分の仕事をするだけだもん。
誰にも褒められないけど、縁の下の力持ちで頑張るんだもーん。
自分で、若干拗ねた自覚はあります。
だけどこういう感情って、まだ8歳のメイちゃんに制御は難しいよ。
わかっていても、やっちゃうんだから。
「さ、メイちゃん待たせたね。朝ごはん食べに行こう?」
「メイ、ユウ君とエリちゃんと行くー。さ、2人とも行こ」
さくさくと双子を抱き抱え、パパの笑顔の横を素通り。
あ、パパの笑顔が凍った。
「おねえちゃん?」
「パパはー?」
不思議そうに首を傾げる、我が家の双子ちゃん。
そんな2人からもそっぽを向きつつ、メイは一言。
「メイ、知らないもん」
「メイちゃんっ!?」
なんかパパが慌ててる気配がしたけど、メイ知らない。
とりあえず、やるべきことは早めに済ませるべきだと思うし。
朝ごはんを食べたら、今後の下見も兼ねて。
この村と村周辺の地形調査にでも向かおうかなー。双子も一緒に。
全部の景色を見て回っちゃおう!
人はそれを、『探検』と言います。
あ、勿論パパは連れていってあげないけどね!
メイちゃんパパは軍属10年以上のベテランさん♪
新人訓練をはじめ、格下を鍛えるのはお手の物。
もちろん、相手のレベルに合わせて手加減だってお手の物。




