9-1.それはどこかで見た村
今回から新しい展開、ですが……
メイちゃん、ストーカーの意義をかけたピンチ。
突然ですがメイちゃんには、父方母方合わせて2人ずつのおじいちゃんとおばあちゃんがいます。
うん、誰にでもいると思うけど。
特殊な生まれ方をした……そうだね、ホムンクルスとか以外。
ママのご実家は、峻厳な山々が連なる山岳地帯。
山羊さんとか鳥(猛禽系)とか、羊さんの獣人が共に暮らす山里にママの方のお祖父ちゃんと伯父ちゃん達がいます。
残念ながらママのママ、お祖母ちゃんはもう亡くなっているそうです。
それで、パパの方。
パパの実家は、深い森に抱かれたのどかな田舎村。
人間さんとか、獣人さんが一緒に暮らしている。
場所はアルジェント領じゃなくって、そのお隣の貴族さんが治めている土地にあるんだって。
……で、なんで突然そんな話をしているのかというと。
現在、メイちゃんは……ううん、メイちゃんと、家族みんな。
かっぽかっぽとお馬さんの引く幌馬車に乗って、遠い距離を移動しました。それは何故かって言うと……私達、なんと!
パパの実家がある、森の村に向かっているんです!
時期は初級学校の長期休み。
成績の悪い子は補習と追試に追われて学校通いだけど、成績の良い子は結構長々とお休みを貰えます。
そんな、時期に。
狙ったんだと思うけど、パパが長期休暇をもぎ取って来ました。
「パパ、そんなにお休みして大丈夫なの?」
「大丈夫だよ、メイちゃん。この前、伯爵様の御息女をお嫁入り先まで護衛したのは覚えているね? アレを無事に遣り遂げた見返りに伯爵様からお休みをもぎ取ったんだ」
「もぎ取ったの……!?」
それが、言葉通りの意味に感じられて仕方がない。
でも長いお休みと旅行は嬉しい!
パパのお仕事は忙しいし、こっちの世界に纏まった長期休暇のシーズンとか別にないし。
こういう家族旅行って、今生じゃ生まれて初めてだもん。
それで行く先がお祖父ちゃんの家というのもわくわくです。
お祖父ちゃんとお祖母ちゃんは、メイが生まれた時と双子が生まれた時の計2回、アカペラの街に遊びに来てくれました。
でもそれ、つまりその2回しか会ったことがないってこと。
お祖父ちゃんお祖母ちゃんって言っても、ほとんど知らない人です。
パパの両親だから、悪い人な訳ないって思うけど。
でもどんな人なのか……ちょっとドキドキしちゃう。
聞いた話じゃ牧場? 農園? 何かそんな感じのお仕事をしているそうだけど。
メイちゃんの頭の中では、牧歌的なカントリー風景が広がっていました。
こういうのんびりした空気も、偶には悪くないかも!
この時、メイちゃんは知りませんでした。
これが最近、前にもまして危険行為にひた走る長女に焦りを感じたパパによる、「田舎のスローライフを通して穏やかな日常を再発見しよう!」というテーマに基づく平和な生活の素敵さPRだったとは。
パパのプレゼンだと知っていたら、視点が変わっていたかも。
更に更に、メイちゃんはこれも知りませんでした。
まさかパパの地元に、あんな想定外の事実が転がっているなんて……
色々と思いもかけない事態に遭遇して、困ることになるなんて。
この時のメイちゃんは、全然知らなかったんです。
「ほら、見てごらん。メイちゃん、ユウ君、エリちゃん」
「3人とも、パパの村が見えてきましたよー」
両親に促され、馬車の中で遊んでいた私達はぱたぱたと移動します。
御者台に座る両親の間から、姉弟3人ぴょっとお顔を出しました。
「ママ、あれがパパのムラ?」
「……ユウ、おもいの」
「あらあら、ユウ君! エリちゃんを潰しちゃ駄目よ?」
生まれて初めての、遠出。
双子はアカペラの街を出発した時から、ずっときゃいきゃいはしゃいでいました。
今も目的地が見えたとなって、興奮に頬を赤く染めています。
可愛い。
うん、可愛いんだけど。
でもメイちゃんは今、それどころじゃなかったって話。
「ん? メイちゃん、どうしたんだい。急に静かになって……」
「………………パパ」
「メイちゃん?」
「アレがパパの故郷って、本当……?」
様子のおかしい娘に、怪訝な顔のパパ。
だけど正直、今のメイにそれに構っている精神的余裕はない。
だって、村が。
パパの故郷だっていう村の、ビジュアルが。
どっかで見た『背景』にそっくりだった。
うん、『風景』じゃなくって『背景』に。
肉眼で見る実際の風景と、液晶の中に見る人工的に作成された『グラフィック』という違いはあったけれど……見える景色は紛れもなく、同一のモノ。
なんということでしょう。
私には、確信が持てました。
持てちゃったことが、私の動揺を激しく誘います。
そう、わかってしまったんです。
あの村には、確実に今『ゲーム主人公』がいる――!!
『ゲーム』のチュートリアルを兼ねた、本編開始前の序章で。
または『ゲーム』終盤の、ラストダンジョン直前で。
しっかりとした存在感と共に出てくる、村。
『主人公』が人間の義両親に拾われ、幼少期を過ごした故郷。
森の木々の間から見えてきた村は、その村に恐ろしいほどそっくりでした。
やべぇ。
この村に滞在する予定は、15日間。
その間……神はメイちゃんにどうしろというのでしょう。
狭い村だったと思うんだけど、逃げ隠れるにも限界があるよね……?
メイちゃんとしては、物陰からこっそり憧れのキャラ達の幼少期&私生活を覗き見ることに否やはないんだけど。
でも、距離が近すぎます。
余所者の存在も、知れ渡り過ぎている。
ストーカーがストーカー対象に遭遇しちゃうとか。
そんな事態になったらどうすれば良いんだろう。
それにメイは、既に2人くらいシナリオクラッシュしちゃったかもしれないという闇の実績があります。
混沌とした状況、何とか避ける術はないものでしょうか。
村を囲う深い森には、多数の魔物が出るという。
どれが魔物で、どれが動物なのか。
そんな判別をするまでもなく、生息数は魔物の方が圧倒的に多い。
そのような状況下で、食肉を得る為の狩りは成り立たない。
では村の食料自給率(肉)は、何によって支えられているのか?
その答えは、村の奥。
広い敷地を持つ、『バロメッツ牧場』にある。
育てば生きた羊を実らせる、伝説の植物バロメッツ草。
その生態は長く謎とされていた。
バロメッツ牧場には、伝説の植物バロメッツ草の栽培方法を確立させた馬獣人の一族が住んでいる。
うん、パパの実家。
馬獣人なのになんで『バロメッツ』なのかと思っていたけど、何のことはありません。
世界で唯一バロメッツ草の栽培を手掛ける一族ということで、それがいつしか家名になった……という流れだった。
今でもパパの実家では、生きた羊を実らせるバロメッツ草の栽培が朝から晩まで行われている。
でもね、メイちゃん……思うの。
『バロメッツ牧場』っていうけど、やっていることの多くは植物の育成。
実った羊を熟成させるのに、暫くお世話したりもするらしいけど。
結局パパの実家って牧場なの? 農園なの?
メイちゃんには謎すぎます。
滅多に村の外からお客さんとか来ないんだろうな。
物珍しそうな村人さん達の視線を集めつつ、村の馬車道をごとごと進む。
進むごとに見えてくる『景色』に、メイちゃんは頭を抱えたい。
でも本当に頭を抱えたら、家族が心配するから表面上はにこにこ笑顔。
頑張って、膝の上の双子と同じような反応を心がけます。
うきうきわくわく楽しい筈の家族旅行がなんてこったい!
ほのぼの感とは程遠い緊張感と焦燥で冷汗だらっだらだよ。
素直に「わぁーリューク様の子供時代とか日常生活とか垣間見れるかもー♪(犯罪)」なんて喜べもしません。
だってこんな堂々としすぎていたら、マジで遭遇の危機です。
ストーカーは物陰からこっそりひっそり、対象に悟られないように身を潜めて観察することにこそ意義があると思うんです……!
なのに道行く人に知り合いを見つけては、パパが御者台から手を挙げて挨拶する。
物凄く、めっちゃ目立っています。
村の単調な生活に退屈して暇を持て余した子供なら、ダッシュで見物しに来そうなくらいに目立っています。
け、見物人の中にリューク様とか、エステラちゃんとか混ざってないよね……?
子供は好奇心の塊だから、遠からずメインキャラの誰かが接触してくるかもしれない。
わあ、見つかったらストーカーの名折れだよー……。
どうやって、身を潜めよう…………。
やがて順調に進む馬車の先に見えてきた、敷地の広そうな……
……『バロメッツ牧場』。
パパの実家を見た瞬間、しかしメイちゃんは更なる戦慄に包まれました。
……って、リューク様ん家のお隣さんだよ!?
この村には今、主人公であるリューク様を筆頭に複数の『ゲームキャラ』がいる筈です。
メインヒロインだった(過去形)、幼馴染のエステラちゃん。
リューク様に突っかかる、村のガキ大将アッシュ君。
それから予言の終末に備え、再生の使徒であるリューク様を鍛える使命を帯びて村に滞在している2人の師匠。
老境の凄腕魔法使い、トーラス先生。
大人渋いベテラン戦士のラムセス師匠。
狭い村の中にこれだけのキャラが勢揃いしているんだから、何とも美味しい状況ではあります。
その観察が、容易であれば。
そう、視点を変えれば状況的には美味しいんだよね……。
問題は、如何にして隠れ潜むか。
どうやったら彼らに発見されることなく、一方的に観察できる状況を整えられるのか。
好奇心旺盛な子供の目と、戦場経験も豊富な鋭い戦う男の視線。
それらをどうやって逸らし、私に向けることなく位置取るのか。
かなり難易度が高いのは、確かです。
見つかったら、かなりリスキーな状況に陥るのも確か。
いま、メイちゃんには重大な課題が寄せられている。
ゲームキャラに見つからないように隠れ潜むこと。
その上で彼らの私生活に影響を与えることなく、観察に徹すること。
ちなみにお祖父ちゃんの家に引籠ってストーキングしないという選択肢はありません。
かなり危ない橋だけど、渡らずにはいられない。
将来、『彼ら』のストーカーを成し遂げるという欲望の為に。
ここで引き下がるようなら、その夢に挑めるはずがない。
まだ私は発展途上で、修行中の身だとしても。
ここで挑戦できない臆病者が、救世の旅に付き纏えるはずがない!
いま、メイちゃんの基礎能力が。
これまでに培った、隠密スキルが。
その全てが、試されようとしている――!!
勝手に固く覚悟を決めて。
決意のままに無謀な挑戦に打ち込もうとして。
でもメイちゃんのちょっと臆病な部分が、心の中で付け加える。
――「明日から、頑張ろう」。
だけどそんなメイちゃんの惰弱を、嘲笑うように。
ハプニングは向こうからやって来た。
来ちゃった。
メイちゃんが何かするまでもなく、来ちゃったんだよぅ。
「そこの馬車、止まれ!」
朗々と響くは、耳の奥に打撃を与える重低音。
経験に裏打ちされた、実力豊富な歴戦の勇士による声。
ひしひしと伝わってくる険が、私や双子の毛をそわっと逆立てた。
うわ、怖っ。
ママのお膝でごろごろしていた双子諸共、馬車の中に思わず退避!
早業で畳んでいた毛布をばふっと広げると、双子がメイちゃんの懐に飛び込んでくる。
こわいのこわいの、強くて怖いのがいるの!
猛者を前にした草食獣の本能なのかな、これ。
子供3人、団子になってお耳ぴるぴる。
多分、純粋に私達がまだまだ全然まだ弱いから、声の威圧に耐えられなかったんだと思う。
だって見てよ、パパとママを。
真っ向から声を掛けられたのに、平然と御者台に座ったままだから。
あの余裕が羨ましい……!
どれだけ修行したら、メイちゃんもあの領域に辿り着けるんだろう。
「……私達に、何か?」
いつも家族には温和なパパの声が、低く聞こえる。
鋭く、感情を削ぎ落とした、軍人の声。
軍人として思わず答えちゃうような相手が、そこにいるんだね。
うん、目を逸らしても仕方がない。
誰がそこにいるのか知っているのに。
声を聞いて、メイちゃんは察しました。
メイちゃん達に何の用ですか、ラムセス師匠―っ!
ゲーム主人公の武術面師匠キャラvs.ひとり機動兵




