幕間 ロキシーちゃん繁盛記
久々にロキシーちゃんのターンです。商売繁盛!
我が家の駿馬シュガーソルト号の足は、風の如しでした……。
今までメイちゃん、足に自信があったけど……パパのこの速度を体感しちゃうと、自信がみるみる萎んでいくよ。
一応、ご領主様からの依頼で街を離れていたので、学校は公休扱い。
でも行こうと思えば行けるなら、ちゃんと行くべし、と。
パパが尤もなことを言いました。
だから今、メイちゃんとミヒャルトは馬型になったパパの背に乗り、一路アカペラの街を目指すの!
入院中のスペードは、学校なんてとうの昔に卒業したヴェニ君が看ていてくれることになりました。
恐らくゆっくり戻ってくるはずのジゼルお嬢様達御一行に混ざって、2人は体に負担をかけずゆっくり戻ってくる予定。
初級学校は義務教育扱いなだけに、アカペラの街に住む色々なお宅の子が入学します。
だから、通っている子達の事情も様々。
中にはのっぴきならない事情で長くお休みを取らないといけないって子もいて、出席日数はそれほど重視されてないみたい。
学力や技術の習得状況の進捗で留年することはあっても、休みすぎたからって理由で留年にはならない。
実践重視っていうのかな。
ちゃんと学ぶべきことを覚えていれば進級できるので、こういう風に何日も出かけなくっちゃいけなくなった時はとても助かるよ。
そうして、メイちゃんは。
アカペラ第一初級学校に帰ってきたぞー!
「みんな、おっはよー!」
「あ、メイちゃん!」
「メイちゃん、おはよう!」
「やあミヒャルト、相棒の姿が見えないようだけど……」
「スペードはどうしたんだ?」
「アイツだけいないとか、どういう状況だよ」
「スペードなら入院中だよ」
「「「「何があった!?」」」」
元気よくいつものようにご挨拶。
でも残念ながら、みんなの相手ばかりも出来ません。
朝1番に顔を出したミルフィー先生のところで、休んでいる間の補修プリントをどっさり出されてしまいました……。
ミヒャルトと2人、額を突き付け合わせてお勉強。
……と、いきたかったんだけど。
ミルフィー先生ったら手の込んでいることに、私とミヒャルトのプリントはそれぞれ内容が同じでも設問が違うという手の込みよう。
しかもそれぞれが、どちらかと言えば苦手な部類の問題克服に重点を置いたものになってるし。
メイもミヒャルトも、今のところ初級学校で習うお勉強で遅れているものはありません。遅れるどころか、テストでは何とか毎回素敵な点数を取り続けています。
それでも内心で、少し苦手に思っていた分類を巧妙に突いてくるなんて……普段は泣き虫で頼りなく見えるけど、ミルフィー先生も流石は先生といったところだよね!
課題の量はたっぷり。
だけど問題を解いている内に、なんだか挑戦されている気分になってきた。
よーし、こうなったら、今日学校にいる間に仕上げてしまうよー!
メイちゃんは大張りきりで、机にかじり付きました!
だけど妨害意思のない妨害者が、メイちゃんの邪魔するの!
「メイファリナさん、少しよろしいかしら」
「ロキシーちゃん、改まってどうしたの?」
「ロクシアーヌです。でも、良いわ。聞いてほしいことがあります」
「え、聞いてほしいこと?」
「はい、実は……メイファリナさんのご協力を得て稼いだ金額が、当初の目標金額に達しました」
「え、ええぇ……! こんな朝っぱらのこんな何でもない時に、そんな重要なことさらっと言っちゃう!?」
何でもない雑談のようなシチュエーションでさらっと言われて、メイちゃん目ん玉飛び出るかと思った。
飛び出なかったけどね!
全然飛び出なかったけどね……!
「あ、あんな大金……そんなさらっと稼げちゃうの!? ロキシーちゃんが活動を開始してから、まだ1年だよ!?」
「ええ、1年で何とか私の身代金含め皆さんに配当金として分配できるだけの纏まった額をご用意できました。それも全部、メイファリナさんのお陰よ」
「しかも明らかにメイの想定よりも大金稼いでいそうな空気……ロキシーちゃん、やり手だ」
口で聞くだけじゃ、実感できない。
でもロキシーちゃんの性格を考えると……本当に達成したんだろうなぁって信じられる。
一体どうやったら、あんな途方もない金額を用意できるの?
なんだか、ロキシーちゃんが魔法使いに見えてきた……。
「ええと……だったら、これでロキシーちゃんは自由なんだよね!」
「えっ?」
「えっ? ……って、そのきょとんとした反応が凄く怖いんだけど」
「メイファリナさん、何を言っているの?」
「ロキシーちゃんが何を言っているのかな!?」
「私は、額を揃えることができた……と言っているだけですよ?」
「それってとても『だけ』って言える偉業じゃなさそう。それで、そのお金でロキシーちゃんの進路自由を買うんだよね?」
「メイファリナさんはそう考えたのね……」
「えっと、なに? その如何にも他の道が……みたいな言い方」
「稼いだからと言って、いきなり全額使っては立ち行かなくなるでしょう? 稼ぎはしましたが、このお金は……新商会設立費用の足しに致します」
「ほけきょっ!?」
な、なんか初耳の重大事項がー!
メイちゃんの頭は、ロキシーちゃんにかき混ぜられて。
一気に、課題どころじゃなくなった。
ロキシーちゃんは野望に燃えていました。
凄く、燃えていました。
今のロキシーちゃんはご実家であるローズメリア商会の一員として、商会の伝手や販売能力を使って商売をしている状況です。
今は試練の一環という形で、商会内の野心溢れる誰かに妨害されたり、利益や業績をかすめ取られたりすることもなく順調な商売が続けられている。
でもそれも商会の長であるお爺さんや、重職に付くお父さんからの影響力によるものです。商会内には手出し無用のお達しがあり、他商会の妨害をアカペラの街でも強い力を持つ商人であるお爺さん達がブロックする。
本人の資質を見る為に、手助けだろうと妨害だろうと過度の干渉によって、本人の能力がわからなくなる事態を避ける為だとか。
本来は手助け禁止によって苦労する場合の方が多いらしいけど。
ロキシーちゃんの場合は、妨害を望む人が多すぎて良い方に転がりました。
それを今、自分の自由を買う為に身代金を払ったりしようものなら……
ロキシーちゃんは、深刻な顔で言います。
「確実に試しの期間は終わったものと判断され、商会内の誰かに蹴落とされ、わたくしの築き上げた業績丸ごと販売利権を奪われます」
商人さんの世界は、油断したが最後らしい。
この短期間で新商品の数々を紹介し、実績を上げたロキシーちゃん。
競争意識の激しい商人達の中で、それは目を見張る功績だけど。
……その分、商会の内外問わず他の商人達に妬まれたり、目をつけられたりしているように感じているらしい。
話を聞くと、それ絶対に気のせいじゃないってメイも思う。
「自分の成績を上げる為に他人の足を引っ張るのは当たり前、成功するには抜け目のなさが必要……そう求められる風潮が商人にはあります。私の提示した新商品の数々は威力があり過ぎましたわ。老獪な年配の商人達まで、私を追い落して利益を奪おうと考えている有様です」
「うわぁ……ロキシーちゃん、なんかごめんね?」
大成功は嬉しいけど、それが原因で苦境に立たされる……とかさ。
ロキシーちゃんの才覚なら、独力でも結果を出せたと思う。
でも私が前世の記憶を頼りに無作為乱舞させたアレとかコレとかを思うと……すっごい売れたらしいけど、それが原因で商会に身の置き場所が無くなったりするのは、なんだか責任を感じます。
メイがやり過ぎたせいで、ロキシーちゃんはお家に居場所がなくなっちゃったんじゃないかって。
「そんな深刻な顔をしないで、メイファリナさん。私の家は生粋の商売人です……他人の商いにあれこれ口を出すような不心得者は、家族にはいません。むしろ良くやったと充分に褒めてもらえました。これもメイファリナさんのお陰よ」
「ろ、ロキシーちゃん……」
にっこりと晴々しく、でもどこか優しく微笑むロキシーちゃん。
出会ったばかりの頃は、あんなにツンツンしていたロキシーちゃんが……!
何だか感動です。感無量です。
「問題は中々成績を出せず、年々焦りを募らせている半端者達です。才覚がないのは仕方ありませんが、抜け目のなさばかりは高いのが困りものですわね。ああ、当然ながら当家の人間にそのような才能のない半端者はおりませんわよ?」
「ロキシーちゃん、言葉に容赦ねえ。ね、実はものすご~っく怒ってたり?」
再び、ロキシーちゃんがにこりと微笑みました。
今度の笑みは……可愛い笑顔なのに、獰猛な鷹を連想したのはなんでだろうね! メイちゃん、わっかんないや!
まあ、そんなこんなの事情もありまして。
ロキシーちゃんの一族がトップで率いているとはいっても、商会を形成するに家族だけという訳にもいかず。
商会に所属する家族以外の人間が、ようは問題らしい。
後は一族の人間と言っても従弟とか再従弟とか……分家の子。
自分の身代金稼ぎに焦りながらも、才能を見つけられずにいる子達にも、大きすぎる大成功を収めたロキシーちゃんは色々な意味で注目されている……とか。
人間関係や感情も大きく影響する問題がすぐに解決するはずもなく。
このままロキシーちゃんが何事もないような顔で商会に所属するのは、かえって不和の原因になる……という状況のようです。
そこでロキシーちゃん、野心を燃やした。ぼうぼうと。
それならば煩わしい人間関係の一切から離脱し、ローズメリアの名から抜けて自分の好きなように出来る新商会を立ち上げようと思ったそうな。
思い切りが良過ぎるよ、少女起業家さん……。
「もう構想は大分整っていますのよ。設立の暁にはメイファリナさん、代表として商会長の座をお願い致しますわね」
「メイが!? なにそれ初耳part2!」
「ローズメリアの名を下手に残したり、私がトップに立ってはローズメリア商会の人間から余計な干渉を受ける余地が残ってしまいますもの。実績など何もない設立当初は良くても、業績が伸びてくれば確実に手を出す者が出てきます。一族以外にも重職につく者はいますし、祖父が代替わりでもすれば何が起きるか……」
「黒い黒い黒い……! メイ、いま8歳児には不釣り合いな黒い世界に巻き込まれつつあるよぅ!」
「それにこれから設立する商会は、メイファリナさんの……『アメジスト・セージ』ブランドの商品を専門に手掛ける予定で準備中ですから。それもあって、代表者はブランドを立ち上げた『アメジスト・セージ』にすると1番納まりが良いんです!」
「メイちゃん、完全なる事後承諾! メイ、今までそんな話1回でも受けたことあったっけ!? 何か色々と初耳過ぎて混乱してきたよぅ!? っていうか、それだと実際に商会を切り盛りしているロキシーちゃんはどうなるの!」
「そこは、メイファリナさんを完全なる名前だけのリーダー……つまりは覆面リーダーという扱いにして、私自身は総支配人なりなんなり実務面で取り仕切る役職を作って納まるつもりです。そう、メイファリナさんは代表として名前を使わせて下さるだけで良いのよ? 後は全部、私がやりこなしてみせます」
「わぁいやったぁ、これってメイ完璧に傀儡だよね!?」
「今まで1度も公に顔を曝したことのない、『アメジスト・セージ』はその画期的なアイデアも相まって神秘的な人物と一目置かれていますから……その神秘性とカリスマは、むしろ姿を曝さないからこそ人々の興味と関心を惹き立てることでしょう」
「そう言って商売が失敗したら、メイに責任負わせてトンズラしたりしない?」
「私を見くびらないで下さい! 誰が商売で失敗などするものですか」
「そっち!? 自負して見せるのはそっちなの!?」
久々に会うロキシーちゃんは、色々と容赦なかった……。
商売関係の話で昂っている時は、本当に容赦ないよ!
なんだかんだで最終的に、メイが商会長の名を負うことを頷かせられるのは……抗い様のない未来だった。
これはメイちゃん(の、名前を使ったロキシーちゃん)が巨万の富を築く、大きな飛躍1歩前のお話。
まあメイも、商会長の肩書きに釣り合うだけの富と、商品のアイデア料やら特許による何やらで、気付いたらロキシーちゃんにえらい額の貯金作らされることになるんだけどね……わぁい働かずに大金持ちだ、やったー……。
「ですが」
「え、ですがって……他に何かあるの? いま、メイすっごく混乱しているけど……後に持ち越されるくらいなら、纏めていま聞きたいかなぁ」
「私はまだこんな小娘ですから……商売は実力の他に面子やはったりも大事です。私のように若い駆け出しは往々にして舐められ、下手をすれば取り合ってすらもらえません」
「それは……深刻だね。やっぱり代表はメイ以外の方が!」
「ですので」
「……で、ですので?」
「どなたか信頼のおける、どっしりとしたオーラのある大人を顧問、相談役、などの肩書きをつけて商会に迎え入れたいところなのですよね。これが著名な方なら更に言うことなしです。名のある方でしたら、それだけで商売が進みます」
「だ、だったらやっぱり商会長に……」
「そこで、メイファリナさん」
「はいっ!」
「メイファリナさんのお父様を紹介していただけませんか? 『ひとり機動兵』の勇名であれば申し分ないと……」
「それだけは絶対に却下!!」
メイちゃんは、即効で頼みを拒否りました。
色々とまだまだ問題が山積みらしい、商会設立。
ロキシーちゃんも問題解決ついでに、いくつか考え直してくれないかなぁ。
主に、商会長を誰にするのかとか、ね!
後に、実現する話。
ロキシーちゃんは初級学校を卒業して後、1年の準備期間をおいて新しい商会……『アメジスト商会』の設立を実現させた。
新しい商会で、部下に舐められてはならないという理由で、初期の商会員は厳選に厳選が重ねてロキシーちゃん自らが選んだ理解のある精鋭ぞろい。
ロキシーちゃんがローズメリア商会から引っ張ってきた人員に加えて、ロキシーちゃんやメイの事情に通じる、融通の聞く若者達……セージ組の同級生だった子の多くが雇い入れられる。
そう、メイちゃん達の始めたことが、同級生の雇用に大きな影響を出しちゃったんだけど……メイちゃんはその悉くを、流されるまま見続けることになった。
あ、ちなみに最初の商談から協力体制にあったカルタ君とウィリーは、当然の如く商会の幹部に組み込まれていたよ!
この2人も、半ば事後承諾で頷かされたっぽい。
本当、商売が絡むとロキシーちゃんって押しが強いよね。
書いている内に本編とはあまり関係の無い話で長くなりました。
あまりの脱線にこれは……と小林が思いまして。
その「あまり関係の無い」部分を削って活動報告の方にお引越ししてもらいました。そっちでは新たな商売を広げようとしているようです。




