8-11.リタイア
今回の依頼の内情説明回です。
そして最後に、あの人が久々に登場しますw
スペードは無茶な獣性操作による全体的な消耗。
巨大化している時には毛皮に隠れて見えなかった細々とした怪我。
数日は絶対安静を言い渡されて、入院中。
ミヒャルトは肝心要の手を負傷――これは、メイちゃんにも責任がありますが――によって、暫く武器は握れそうにない。
こっちもやっぱり疲労が激しく、数日の静養を余儀なくされました。
そしてヴェニ君は……元々私達よりも丈夫で体力もあるんだけどね。
でも、それでもどうにもならない部分があるようで。
最後の獣性強化が響いたのか、彼も身体にガタが来ているようす。
色々無茶を通した後なので、やっぱり体を休めないといけません。
結果、元気なのはメイちゃん1人……って、あれ?
なんかおかしくない?
あの襲撃の翌日には私だけピンピンしてるとか……思わず首を捻ってしまいました。
えー……メイちゃんってこんな頑丈だったっけ。
まるで私だけしぶといみたいで、ちょっと心外です。
私だけ無茶らしい無茶をせずに済んだということかもしれないけどね。
なんだか他の3人がへばっているのに自分だけ……という構図って微妙。
メイちゃんだけ突出して頑丈!みたいな感じがするんだもん。
私も色々やったはずなんだけど……身体の張り方が3人に比べてぬるかったみたい。
もっと精進しないと!
まあ、ここまで延々何が言いたかったかというと。
つまりは護衛依頼の続行が難しいということで。
まだジゼルお嬢様を目的地に運ぶことは出来ていないんだけど。
道半ばにして、4人揃ってリタイアを余儀なくされました。
でも名誉の負傷、仕事を全うした末の不可抗力。
続行が難しい状況になったのは任務に忠実だったからこそ。
これは仕方のないことで、最後までお供出来ないのも仕方ない。
一応、役目を果たしたことは確かなので、契約満了だと認められることになりました。
護衛能力を失った人を、無理に連れ回しても役に立たないしね。
お陰で問題なく報酬を受け取ることが出来ます、やったね!
おまけに怪我を鑑みて、お見舞い金まで出してもらえるんだって。
お休み期間は賞金稼ぎのお仕事も出来ないし、それを稼ぎの頼みにしている人だったら泣いて喜ぶくらい有難いお話だと思う。
今まで良く知らなかったし、今も全然知らない人だけど。
どうやらメイちゃん達の領主様は存外太っ腹な方らしい。
本当はメイちゃん、怪我らしい怪我もしてないし。
元気と言えば元気なので、私1人での任務続行もあり得たんだけど……
メイちゃん、そういえば武器を失ったばかりでした。
護衛能力が著しく下がるのは、他3人とあんまり変わらなかったや……。
怪我に消耗、武器の損失。
今回のお仕事は、私達にとっても色々と厳しい結果になりました。
でも、嬉しいことも1つ。
槍は失くしたけど、新しい槍(予定)を手に入れたんです!
それもグラベル伯爵さんちのケイン坊ちゃんが、私達の働きを高く評価してくれたから。
私達の働きに何故か凄く感謝しているそうで、新しい槍をくれるってさー……。
あの人の顔を見ると、何故だろう。
メイちゃん、すっごい複雑な気持ちになるの。
……ううん、気のせい。きっと気のせいだよ、ね?
それで新しい槍をもらえることになったんだけど。
「穂先だけ下さい、穂先……というか刃物の部分だけ!」
「なにゆえに……?」
首を傾げるケイン様から、槍(先っぽ)だけ受け取って。
メイちゃんが突撃したのは、竹林でした。
「ヴェニ君、ヴェニ君! 良くしなる資材といったら……やっぱり竹だよね!」
「お、お前……とうとう武器じゃなくて移動補助に主眼を据えやがったな!? 槍のしなりだけか、こだわる部分!」
「竹槍は素晴らしい武器だと思う!」
「せめて穂先に釣り合う柄を選べ、おい!」
竹林に突撃した……ん、だけど。
何故か追ってきたヴェニ君に盛大に止められた。
なのでメイちゃんの新武器の完成は暫く見送りとなりそうです。
残念☆
こんな風にメイちゃん達は、あの狼との激闘後をのんびり過ごしてたんだけど。
私達みたいに、そうのんびりとする訳にはいかない方もいる訳で。
お嬢様達は道行を急がねばならないらしく、襲撃の翌日にはお別れすることに。
一晩お泊りしたグラベル伯爵邸では休息も必要だと引き留められたらしいけど、ジゼルお嬢様は毅然としたお顔。
なんだかやけに覚悟の漲る姿で、人数の減った護衛さん達と旅立って行っちゃった。
よっぽど急いでたのかな?
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
これは、私の知る由もないことなのですが。
アルジェント伯爵領の、3人のお嬢様。
彼女達は今まさに、運命の岐路とも言うべき局面に立っていました。
アルジェント伯爵家は、交易都市を切盛りしていることもあって、王国内ではかなり繁栄している部類の貴族に入ります。
当然ながら発展している家の常として、結構な数の縁談がお嬢様方に寄せられているらしく、嫁ぎ先は選びたい放題のうはうは――……ではあるものの、何も考えずに選べるなんてことはない。
利権だとか、利益だとか、家の立場やら力関係だとか。
色々な兼ね合いを考えて、難しい人間関係の中を立ち回る必要があるそうな。
うん、お貴族様の家って滅茶苦茶めんどくさいね!
貿易と学問で発展したアルジェント領と繋がりを持ちたがる家が多いとか、本当に大変だね!
そんな最中で、ようやっと決まった御令嬢の、婚礼という大事。
アルジェント伯爵領が誇る運河を、船で渡って長女のお嫁入り。
次女ジゼルお嬢様と三女エマお嬢様はその婚礼に、遅れて向かわれました。
それぞれ、別のルートを使って。
それが、何を意味するのか。
メイは知らされることなどなかったのだけど。
この縁談は伯爵家の姫なら誰が相手でも……というものだった。
そこは年功序列で長女を嫁がせることになったけれど。
だけど吟味に吟味を重ねた縁談だけあって、この縁談が成立する政治的意味は大きい。
それが嫌だっていう敵も、相対的に多くなるのだけれど。
政敵さんは伯爵との対立も深まっていて、これ以上アルジェント伯爵に力を付けさせるくらいなら……と後先考えずに妨害工作に走った実績がお有りのようです。
さあ、お話がきな臭くなって参りました。
メイちゃん、ぴるぴるお耳を塞ぎたくなってきたよ!
うん、なんかご長女が狙われていたらしい。
出発前から事故に見せかけた襲撃とか、嫌がらせとか、色々。
二度あることは、三度ある。
私の前世でもよく聞いた故事成語。
つまり形振り構わないお馬鹿さんが、またやらかすことを伯爵様は警戒されているそうな。
うん、まあ……気持ちはわかるかな。
でもそこに巻き込まれたくない私達が、めっちゃ巻き込まれた……と。
貴族の面子に賭けて婚礼は盛大に行わなくてはならず。
縁談を成立させる為には、定められた期限内に花嫁を嫁ぎ先に送り届けねばならない。
余程の事情もなしに期限ぶっちぎって花嫁が来ない、なんてことになったら交渉決裂も普通に起こったりするのでしょう。
貴族の世界とか、メイちゃんにはよくわかりません。
でも難しい何かがあるんだってことは、なんとなくわかる。
だから伯爵様は政敵の妨害を案じながらも、花嫁を縁談先に向かわせたそうですが。
何か失敗があれば、この縁談自体にケチがついたと見做されかねない。
下手すれば破談……もっと悪ければ政治的に不利な状況へと追いやられる可能性もある。
だけど、まあ。
なんというか。
案の定、花嫁行列は妨害によって立ち往生したそうな。
何とか期限ぎりぎりに目的地には辿り着けそうな目算……だけど。
それでも妨害を受けている時点で、先がどうなるかはわからない。
お陰で伯爵様、怒りの臨界点突破!
無謀な賭けに打って出た!
アルジェント伯爵様は、敵の目を眩ませる狙いで次女と三女を別ルートで送り出した。
先に向かった長女は実は囮……という疑いを、敵が持つように仕向けて。
それで長女の危険がなくなる訳ではないけれど。
最悪の場合は、婚礼までに3人の御令嬢の内、1人でも辿り着けば良い。
背格好の似ている娘達のこと、替え玉として花嫁の代役を務めることも可能。
幸いにも花嫁の婚前顔合わせはしておらず、いざ摩り替っていても、露見する確率は低い。
かなり滅茶苦茶だけど……そんな手段を選ぶほど、切羽詰っていたのか。
それがアルジェント伯爵の打った手でした。
間に合うか、間に合わないか。
不確定要素の多い、この旅路。
『本来の運命』であれば、ジゼルは『重傷を負ってグラベル伯爵領でリタイア』していた。
そんな彼女が先へ……姉の嫁ぎ先へと向かうことが出来たのは、明らかに『白獣』の功績。
ジゼルが到着した時には、既に長女のステラがいるのだが、それでもジゼルが辿り着けたことに何の意味もないはずがない。
周囲に及ぼす影響までひっくるめて、全ては『白獣』の働きあってこそ。
本人達は、自分が何をしたのか気付いていなかったけど。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
メイちゃん達はロックウッドの街に置き去りとなりました。
でもアルジェント伯爵領への帰り道で拾ってもらえるそうです。
うん、ジゼルお嬢様との約束。
ケイン様も熱心に帰り道で立ち寄ることをお勧めしていたよ!
なので、多分また会えるんじゃないかな!
そんなに日数はかからない予定らしい。
だからジゼルお嬢様達が戻ってくるまでしっかり休養!
その後、おうちへ帰ることができそうです☆
……と、そんな風にメイちゃんは思っていたんだけど。
予定は未定……とはよく言ったもので。
想定していた未来が変わることなんて、往々にして良くあること。
だから、たぶん……これも、よくあること?
「めぇぇぇいちゃぁぁぁああああああああんっ!!」
どぱぁーんっと。
メイの滞在していた宿屋のドアが弾け飛びました。
おう、なんたること!?
驚きに、メイちゃんは硬直してしまいました!
吃驚して、見つめるその先。
そこにいたのは……
「パパぁ!?」
「メイちゃん!」
何故か、そこに、私の父がいました。
え? なんでここにいるの?
「メイちゃん、大丈夫かい!? 怪我したってパパ聞いたよ!?」
「パパ、どうどう……! 落ち着こ? メイちゃん、大した怪我はしてないよー?」
「本当かどうか、パパによく見せておくれ!」
「おおう……」
私を見つけるや否やダッシュで駆け寄ってきたパパは、そのままメイの両脇に手を差し入れると一気に持ち上げました。
メイちゃんを掲げたまま、くるりと一回転。
え、なにこの茶番。
「パパー、どうして此処にいるの?」
確かこの人、出張かなんかで遠方に出かけたんじゃなかったっけ。
娘の私が首を傾げるのも無理はないと思う。
だって此処、アカペラの街じゃないんだよ?
娘の疑問に父が答えてくれたのは、この後すぐ。
父は言いました。
「メイちゃんが負傷したって知らせを聞いて、全力で駆け付けたよ」
「それつまり、職務放棄?」
「違うよ、メイちゃん。パパの仕事は一応区切りがついてるから!」
話を詳しく聞いて、わかったことですが。
なんと我が家の親馬k……パパは、領地を代表する武人としてアルジェント伯爵家令嬢の花嫁行列に参列していたとか。
護衛隊長という、立派な任を与えられて。
……え?
いや、確かに日付を見れば、もう結婚式は終わってるだろうけど。
でも父よ、そんな責任のある立場で、早々現場を離脱していいはずがないと思うんだけどー……やっぱり、職務放棄だよね!?
困った我が家の父が、とうとうやらかした!
そんな疑惑に、父を凝視してしまう。
固まる私に、父は苦笑を浮かべた。
「メイちゃん、ちゃんとパパは許可をもぎ取ってきたからね?」
「もぎ取ったって辺りが不安だよぅ……」
「不安なんてどこにもないよ、メイちゃん。パパの出張は確かに終わったんだ。だから……お家に帰ろうか」
「め?」
私を抱き上げたまま、パパがにっこりと笑います。
でも、なんでだろう。
その笑顔に、うすら寒い物を感じるのは。
お家に帰るって言葉は、嬉しい筈なのにな……。
「メイちゃん? パパにひとつ教えてほしいんだけど……どうしてこんな、貴族の護衛なんて……パパに無断で危ないこと、したんだい?」
「めぅっ?!」
え、ええぇ!?
だって、だってそれ、ご領主様の強制依頼で……!
一般市民のメイちゃんにお断りとか、出来なかったし!
それに相談しようにもパパは出張中でいなかったよね!?
あわあわしながらも、何とかしどろもどろで釈明するメイちゃん。
私をぎゅっと抱きあげたまま、パパは憂いに満ちたお顔です。
「……テオボルトの野郎、敢えて俺の出立後にメイちゃんを巻き込みやがったな。帰ったら、覚えとけよアイツ……」
でも、言っていることはかなり物騒でした。
ついでにいうと、舌打ちも聞こえた気がする。
パパ、パパ! テオボルトって……誰かな!
それ、ご領主様のお名前じゃありませんでしたっけー!?
知らなかったけど、どうやら父と領主様は随分と気安い仲らしい。
家族にはいつもにっこり、優しいパパ。
軍人さんの時はしっかりかっちり、格好良いパパ。
そんなパパの新たな一面を……何だか知ってしまった気がします。
でもメイ、できればその一面は一生知りたくなかったな。
あわあわするメイちゃんは、知らず気付かず聞き逃してしまいました。
メイちゃんが帰宅準備を整える間、パパがぼそりと呟いたお言葉を。
「いっつも危ないことに飛び込んで……やっぱり1度、環境を変えた方が良いか。少なくとも、物騒なことからは少し遠ざけるべきか……?」
パパの呟き。
それは私を新たなる苦悩に導く、一種のフラグというやつでした。
ちなみに狼魔物たちに対しては、ジゼルお嬢様を危機に陥らせたお礼参りもかねてケインさん率いる屈強な野郎共が、徹底的に山狩りを行って数を減らしたりと事後処理してくれたようです。
次回、幕間一つ挟んでから新しい展開に行く予定です。
とあるキャラが再登場します。




