8-6.『ゲームキャラ』が難敵にばかり遭遇するワケ
――絶対に罠だ。
そんな予想に、違うことなく。
私達はまんまと狼達に死地へとエスコートされてしまいました。
「GaaAAAAaAAAAAAAAAAっ!!」
うん、あのね?
困ったね?
あはははは、難敵がこんなところにいたよ……。
そう、どう見てもそれは、『ボス個体』というヤツでした。
他の狼達は普通の狼サイズ。
平均より、もしかしたら少し小さめかな?
でも動物の狼だといわれても違和感のないサイズをしていました。
だけど今、目の前にいるアレはどうだろう。
もしも私の目が遠近マジックに騙されてるんじゃないなら、ね?
なんか超大型トラック並の大きさに見えるんだけどー……!
私の目がいきなり悪くなった訳じゃ、ない……よね?
メイちゃんの青いおめめが悪くなるのは嫌だけど。
今だけは、目が悪くなったって言われた方が嬉しいな。
「あはははは……うわぁ、困っちゃう。メイ、急に目が悪くなったみたい」
「現実逃避すんな。目の前の事実を直視しろ」
「ヴェニ君きびしい!」
「現実を認められねぇ奴はすぐに死ぬぞ! 生き残りたかったら、正確な事実認識なまけんな。しっかり見据えて、足掻けチビ」
「め、めうーっ!」
現実って、中々に過酷なんだね。
でもでも、でもね?
1つだけ不思議なことがあるのー……
この命がいくつあっても足りなさそうな、状況下。
とっても不思議なこと。
「なんでさっきから、ヴェニ君ばっかり集中砲火ぁぁあああ!」
「知るか……っ! なんでか昔っから俺、強めの魔物とは相性悪ぃんだよ――!!」
何故かヴェニ君に狼さん殺到。
狙い打ち状態で、ボス固体はギラギラした目をヴェニ君に熱く注いでいます。
なんかもう、ヴェニ君しか眼中にない!みたいな感じで。
お陰でボス固体の指揮する狼達は、ヴェニ君に次から次へと襲い掛かっていくんだけど……
近くにいたから、メイちゃん達も巻き添え!
神がかった身のこなしで、兎獣人の本領発揮とばかり回避行動にきらり☆輝くヴェニ君。
その近くで、ヴェニ君狙いから零れた攻撃を必死にかわしながら。
よくわからない展開に、私は理不尽さすら感じて嘆いちゃう。
必死に、無心に。
攻撃を喰らわないように忙しなく動きながら。
メイちゃんはなんでこうなったのか……ぼんやりと記憶を辿りました。
私達が狼に追い立てられ、入り込んだのは馬車1台が通過するのも一杯いっぱいの細い崖道。
崖の中腹に、岩肌にへばりつくようにして延びていた道でした。
上り崖と下り崖に挟まれ、馬車では逃げ場がない。
そして馬車を離れられない足手まといが5人。
乗馬の出来ないメイちゃんとミヒャルト・スペード、ヴェニ君。
それから御者のオジサンで計5人です。
それでもここを駆け抜けるしかない。
御者のオジサンの巧みな鞭さばきで、コースアウトしそうになりながらも何とか道を前へ前へと進んでいたのですが。
行きも戻りも出来ない事態に追いやられました。
もう引き返せないというくらい、崖路を進んだ頃合いで。
更に狼が襲ってきたんだよ。
上から。
前世の微かな記憶が訴えます。
なんか古典にこんなのあったよね。
なんていったかな、源義経の……鵯越?
個人情報に関する記憶はほとんど残ってないのに、こんな記憶ばっかり残っている。
アレとはまた状況が違うけど、何か連想するものが……。
ただしメイちゃん達がされる側、襲撃される側です。
そう、あの狼さん達……待ち伏せしてたらしくって。
崖上から、駆け下って襲撃してきたの。
ボス個体を先頭にして。
どががががががががががが…………っ
地の利を得ていた狼は、崖を下る勢い諸共。
それはもう撥ね飛ばす勢いで馬車にアタックし、そのままぎゃりぎゃりと嫌な音を立てつつ。
……馬車を巻き込みながら、崖下に一直線。
当然の如く、馬車は崖を引きずり落とされ大ダメージ。
あ、これもう走れないな、と。
誰の目にも明らかな大破ぶりです。
一緒に逆落としを喰らったお馬さん達は、馬車に繋がれていたので逃げられるはずもなく……無残なことに。
え? メイちゃんたち?
逃げたよ、当然だよ!
鼻が良ければ耳も良く、勘にも優れた獣人が揃ってるし。
どうにかこうにか、間一髪。
アタック直撃寸前に事態に気付き、なんと退避が間に合いました。
激走する馬車から飛び降りるとか、超☆危険だったけどね!!
本当に間一髪だったけどね!
馬車から跳び退った時には既に狼達の第一波がぶつかり、衝撃で宙を飛んでいました。馬車が。
このまま吹っ飛ばされる、というところでヴェニ君の指示が間に合い、私達も自慢のジャンプ力でボス個体を回避!
ものすっごいギリギリだったけど!
ボス個体の体当たりで錐揉み状態になった馬車が何より危険でした。
アレにぶつかっていたら、今頃お馬さん達みたいに挽肉と化していたんだろうなぁ……。怖っ!
ちなみに御者さんはヴェニ君が担いで一緒に退避しています。
ヴェニ君、抜かりない!
そして今、私達は狼さんの群れに包囲された状態で崖下に……。
だって馬車から飛んだ時点で、既に馬車も崖路からコースアウト状態だったんだもん。飛び降りたら後は落下するのみ。
ちょっとした小広場的な開けた空間に、特大トラックサイズの狼と、獰猛な狂気を感じさせる狼の群れ。
取り囲まれた私達。
うん、詰んだ!
これ詰んでるよ!
狼のボス個体は、狼の癖に鼠を前にして舌なめずりをする猫のような……嗜虐的な、悠然とした姿で私達を睥睨します。
今にも飛び掛ってきそうなのに、足を止めているのはなんで?
それは多分、私達をギリギリまで追い詰めるため。
逃げ場なんて全部塞いで、逃れる先を無くして絶望するのを待っている。
こっちが追い詰められてるって、理解しているとしか思えない。
「お、お前達……っ無事か!」
崖上から、かけられる声。
狼狽して、動転して、動揺しまくって。
細い道では横並びになんてなれなくて、自然と長く伸びた隊列を取っていました。
馬車の前後を守っていた、騎馬の護衛さん達。
馬車に乗っていた私達は逃げられなかったけど、あの人達は崖上から飛びかかってくる狼達を避けられた。
逃げようと思えば、彼らは逃げられる。
だって狼の本隊は、私達の方に来ているんだから。
なのに護衛さん達は崖上に留まり、襲いかかってくる狼を切り払いながら……え、ちょ、こっちに来ようとしてるよぅ!?
「き、来ちゃダメええぇぇぇぇえっ!!」
思わず叫んじゃいました。
助けてくれようっていう気持ちは嬉しい。
うん、嬉しいんだけど……巻き添えは駄目だと思うな!
だって私達を取り囲むこの数見ようよ!
どう考えても狼は過剰戦力。
私達を嬲る気満々。
そんなところに駆け付けたって犠牲者が増えるだけ、犬死にってやつです。
私達はかなり危険な状態だけど、助かれるはずの人を道連れにするほど終わってないよ!?
でも私達は、見るからに弱者。
戦闘のプロである護衛さん達にとっては、賞金稼ぎであろうと戦闘慣れしていようと、『女子供』って時点で『守るべき対象』に入るんだと思う。
だから、無理を押してでも私達を助けようとする。
その騎士道精神は別の時に発揮してください!
「来ちゃ駄目だってばー!」
「君達は、我らに見捨てろと!? そんなこと……出来る訳がない!」
「護衛さん達が加勢してくれても、事態変わんないよ!?」
「おい、オッサンども!! 優先すべきは他にあんだろ!」
「そうだぜ、オッサン! お嬢様の後追え、後っ」
「君達に何かがあって、我らが平然と後に出来ると思うのか!」
「そんなん……バロメッツ大佐に殺されるっすよ!!」
互いの主張が対立します。
なんだか平行線を辿りそうな気配。
でも結果として、それどころじゃない事態が明らかになりました。
「おいオッサンら、あれ!!」
目を丸くして、顔を引き攣らせて。
私達の中で1番動物的直観の強いスペードが、目ざとく何かに気付いたようで。
戦慄きながら彼が指さした先には……Oh.
「へ、ヘリオス……っ!?」
「お嬢さまぁぁああああ!」
なんとそこには、先に行ったはずのお嬢様が!
え、っていうか……え゛!?
状況が今一つ、掴めないので。
うんと、見たままを言ってみようと思うんだけど……
狼さん達が、がうがうと牙を剥いて吼え立てる。
取り囲まれているのは枝ぶりのしっかりした大きな木。
……木の上に登って身を縮めている、お嬢様。
そして木の下に、両手にしっかりと武器を構えて狼を蹴散らしながら、避けようもなく噛みつかれまくって満身創痍のヘリオスお兄さん。
その傍らには、首のお肉を大きく食い千切られて絶命している黒馬さん。
さて、そんな光景から読み取れる事の経緯は?
――う、うわああぁーっ!!
先に行ったヘリオスさん達も詰んでたぁぁああああああっ!
がくがくと震えているお嬢様には、幸いにも大きな怪我はないみたいだけど。
ヘリオスさんは洒落にならないくらいに怪我だらけです。
両手に握った刺又を握る力も、今にも抜け落ちそう。
それを気力だけで保っているっぽい。
意識は朦朧としているのか、同じく追い込まれている私達には気付いていなさそう……
っていうか、もう1人は?
もう1人、お嬢様の護衛に付いた人がいなかったっけ!?
「っ! へ、ヘリオス! しっかり気を持ちなさい。周りを見るのです、クライスト卿が……!」
あ、お嬢様はこっちに気付いたみたいですね。
でもそのお顔はやっぱり絶望に青く染められて……うん、無理もない。
崖の上にいるオジサン達も、あわあわしてるよ!
この場にいる誰もが、顔面蒼白です。
でもぼうっとしている暇はない。
そんな余裕はどこにもないし、足を止めたら危険な状況ってやつだと思う。
精神的にも、物理的にも。
こんな状況で、思考回路を巡らせずにぼんやりしてたら殺されちゃう!
私達の中で決断力に長けているのは、やっぱりヴェニ君で。
職業意識のしっかりした彼は、やっぱり責務を果たすことを第一に持ってくるくらいには責任感が強かった。
一瞬、私達に申し訳なさそうな目を向けたけど。
情けないお顔だけは、弟子達に見せなかったよ。
それでこそ、師匠。
「――おっさんっ!!」
ヴェニ君が覚悟を決めたような、強い眼差しで射抜く。
自分の信念と、決意を押し通す顔で。
返事も出来ずにいる鬚騎士さん達に、有無を言わせない声で。
「俺らがあの狼を引き留める……その間に、お嬢さんらを回収して街に向かえ!」
「なっ!?」
「優先順位を間違えんなよ? オッサンらには物足りなく思えるかも知れねぇがな、こちとら護衛として雇われてんだよ。その職分くらいは十全に果たさねぇと給金せびれねぇだろ!」
「給金どころの問題か!?」
「金を貰うくらいには、きっちりお役目を全うするっつってんだよ! 良いからオッサンらはオッサンらの仕事を全うしな。俺らをそんじょそこらのガキ共と一緒にしてんじゃねえぞ、あ゛ぁ゛?」
ヴぇ、ヴェニ君かっけぇ……
師匠のあまりの男ぶりに、思わず尊敬の眼差しになっちゃうよ!
騎士さん達もヴェニ君の啖呵に気圧されたのか、それとも言い分を尤もだと思ったのか。
はたまた、私達に構っている場合ではないと意識を切り替えたのか。
彼らもハッとしたような顔をして、きりりと表情を引き締めました。
私達に向けられる目には、悔恨や罪悪感があったけど。
それでも自分達の職責を全うすること、私達のことは二の次だと。
彼らもまた一流の職業人として覚悟を決めたのでしょう。
でもさ。
「ヴェニ君、あのおっきな狼さん以下諸々の群れを引きつける――……って、どうやるの?」
「…………」
「その無言、なに!?」
無言でふいっと目を逸らされた!
巷で『白獣』と呼ばれる私達の現状を再確認してみましょう。
ヴェニ君 → 御者のオジサンおんぶ中。
メイちゃん → 元気だよ!
スペード → やっぱり元気だけど!
ミヒャルト → 負傷中。(生爪はげかけ包帯まきまき)
実質まともに動けるの、メイとスペードの2人しかいないよ!?
ヴェニ君この状況でどうするの!
攪乱するとか、足止めだけならやり様があるっていっても……身動きに支障のある人が過半数だよ!?(御者のオッサン含)
不都合なことに、ミヒャルトが持参した嫌がr……妨害アイテムは既に軒並み使い果たした後。
打つ手はあるの、ヴェニ君!
先の見通しが悪すぎて、ちょっと震えてしまう。
でも、この後ちょっとだけヴェニ君の思惑に都合がよく進みました。
どんな感じに都合が良くかって?
うん……なんでかな。
「GuRuaaAAAAaAAAAAAAAAAっ!!」
「うっわぁぁぁああああああああっ」
何故かな、何故か。
一先ず此方に意識を引きつけようと、挑発がてら石を投げてみたら……ヴェニ君を注視するや否や、何故かガン見したまま視線が外れなくなりました。
もう他は見えないとばかり、ヴェニ君だけを狙って襲いかかってきたよ!
ボス個体を筆頭に、全部!!
他の人にはもう目もくれないんだけど、なんでかな!?
この時、ヴェニ君が見せた兎獣人故の逃走能力は神がかっていました。
流石はヴェニ君……メイには真似できない瞬発力!
これはヴェニ君1人を犠牲に、みんなで逃げるパターン!?
あまりのことに唖然として、私達は見入っちゃいました。
騎士さん達はこれもヴェニ君が敢えてそうさせているのだと思ったのか、この隙にとお嬢様達の救出に走ります。
やったねヴェニ君! 測らずしもヴェニ君の計画は成功だよ!
でもなんでヴェニ君しか眼中になくなっちゃったんだろ。
もしかしてえーと、ヴェニ君がうさぎさんだからなのー!?
首を傾げた私に答えを教えてくれたのは、天からの神様通信でした。
(――メイファリナ、メイファリナ、聞こえますか?)
「あ、セムレイヤさまー……?」
頭の中に響く声。
それは神様の声。
現実には聞こえないけれど、頭の中だけで会話が成立する。
だけど夢の中でもない時に呼びかけてくるのは、すっごく珍しい。
というか昼に接触してきたのは初めてかも。
……さっきの、メイちゃんを土壇場で奮起させた声が本当に神様の声だったら除いて。
でもなんで今、呼びかけてくるの……?
(メイファリナ、無事ですか? まだ生きていますか?)
――セムレイヤ様、とっても不穏な呼びかけだよ!?
(貴女に教えておきたいことがあります)
それって今、重要なことかな! ヴェニ君がすっごいピンチなんだけどー……
(そのアルトヴェニスタに関することです)
……え?
脳内に今、セムレイヤ様が話しかけてきたことには。
ヴェニ君が魔物に……それもある程度力をつけて、知能を回復させた魔物に狙われやすいということでした。
(魔物は力を封じられ、下界に落された神の落ちぶれた姿。それはメイファリナも知っていますね)
うん、ゲームの設定で。
力を失って魔物に堕ちた神々は、かつての力の復活を求めて本能的に『力』を求める。
そのわかりやすい発露として、『魔力』を有するヒト種を襲う。
肉体ごと魂を食らうことで、人の魔力を取り込もうとする。
(弱い魔物であれば、相手の選り好みをすることなく無差別に人を襲う。ですが、ある程度の力をつけた魔物は違います――彼らは獲物を選び、少しでも強い魔力を持つ人を狙って襲うようになる)
それでヴェニ君が狙われるってことはー……
(――アルトヴェニスタは特別なのです。恐らく、メイファリナの言う『ゲーム』にて重要な役割を担う故、でしょうが……彼の魔力は、凄まじく強い特別なもの。恐らく貴女の住まう街でも1,2位を争う魔力量の持ち主です)
ええぇぇぇええええええええええ?
そんなことを言われても、にわかに信じられないなって思いました。
だって獣人は、魔法適性ないんだもん。
『ゲーム』でだって、ヴェニ君のMPは底辺でした。
セムレイヤ様、ヴェニ君は獣人だよ? 魔法使えないんだよ?
(メイファリナ……魔法が使えないことと、魔力の強さや量の大小は別問題です。魔力とは人の持つ魂の力……その力は人間・魔人・獣人それぞれの種族で大きな差異はなく、種族ごとの平均値はほぼ同じです)
え、マジで。
(肉体の持つ特性が種族によって違うだけ、体外に放出し易いか否かの違いがあるのみです。魔人は魂の力を体の外に放出して扱うことに長け、獣人は体の内部に循環させて扱うことに長けている違いがあるのみ。現に獣人方の『獣性操作』は魔力によるもの。獣人の肉体は魔力を体外に漏らさない作りになっているのです)
なんということでしょう!
魔力はあるのに魔法が使えないって……酷い話じゃないかな!?
獣人は魔力がないものと思っていたから、適性がないんじゃ仕方ないって諦めたのに…………魔法、憧れるのに!
魔力はあっても使えないって!
メイちゃんは密かにショックを受けました。
体質で使えないのは仕方ないなって思いもするけど。
この身体の中に魔力があるっていうのなら……
魔法、使ってみたいのに!
この時、メイちゃんの頭の中からは。
スパーンッと『魂の力』なんて不穏な言葉が吹っ飛んでいました。
それってさ、使い過ぎたらやばいんじゃ……
そんな懸念さえ、今は浮かばなかった。
次回:ヴェニ君の奥の手
a.巨大化
b.弟子の特攻ボンバー
c.強化獣化
d.翼が生えちゃう
e.キメラ召喚
さあ、正解はどーれだ!




