1-8.準備期間はたっぷりと
運を天に任せ、駄目元で頼んでみよっかー…くらいの気持ちだったんだけど。
幼馴染達は協力を快諾してくれました。
頼り合える友達って良いね!
3人の中じゃ一番賢そうなミーヤちゃんが、早速とばかりに切り出しました。
「それじゃ、まず知ってることを共有しよう。ね、メイちゃん。今どんな感じ?」
「連戦連敗ー…。いつもひらりと避けられて、そのまま逃げられちゃうの」
ヴェニ君は、私の足でも追いつけない快足の持ち主です。
俊足を誇るお馬さん獣人の血、どうしたの。もっと働こう?
「でもメイちゃん、一時期情報収集だーって色んな人に聞いて回ってなかった? なんで今でも正直に真っ向勝負…?」
「聞いて回ったんだけど、メイには使いこなせない情報ばっかりなの」
本当に、集まった情報は5歳のメイちゃんじゃどうにもならないモノばかりでした。教えてくれた道場主さんも、意外に意地悪だ。
意外に小動物に弱いとか。
お母さんがいないから、似たような年頃の女の人に優しいとか。
ちいちゃな頃に初めて狩りに連れ出された森で狼に吠えられて、パニック起こした揚句お漏らし&ぎゃん泣きの醜態を見せて以来、犬や狼が苦手、とかー…
…と、いうような内容の『集めた情報』を語り終えた時。
ミーヤちゃんとペーちゃんのお顔はにっこりとしたものになっていました。
「うん、メイちゃん。なんでもっと早く僕達に手伝ってって言わなかったの」
「ああ、その弱点…モロに俺とかミヒャルトのこと前提にしてるよな」
「うん…僕らの手伝いありきのピンポイントな情報だと思うよ」
「うー? どういうこと?」
「…メイちゃん、僕は何の獣人?」
「ねこさんだよね?」
「じゃ、メイちゃん。俺は?」
「おおかみさーん」
「うん、それでヴェニ君の好きな動物と苦手な動物は?」
「小動物と、おおか………はっ」
え、つまりそういうこと…!?
――どうやら大人達は、最初っから1人でヴェニ君を捕獲できるとは考えていなかったようで。
メイ1人でやるんじゃなくて、仲の良い2人の協力前提に情報をくれたようです。
………半年もかけて、なんでさくっと気付かなかった、私…。
「油断を誘う、囮で誘う、意表を突く、裏をかく、不意打ち」
「お、おお…? なんだかいきなり不穏なこと言いだしたぞ」
「ミーヤちゃん、どうしたの?」
「ねえ、ヴェニ君は僕らのかなり格上だよね?」
「え、あ、うん」
「うんうん、だからメイも苦労してるの」
「格上の相手に正攻法に出ても、こっちが骨を折るだけくたびれ損。だから、ヴェニ君みたいな相手を捕まえようっていうんなら搦め手…小細工が必要だよね?」
そう言って首を傾げるミーヤちゃんは、とても神々しい美少年ぶりでした。
その爽やかさが、なんだかとっても、こ、怖いよ…?
空々しいまでの爽やかさを見て、私は悟りました。
――あ、ミーヤちゃんって敵に回したら駄目なタイプだ…。
味方で良かった。
「うん、メイちゃんの情報で大体の方針は見えてきたかな。それでもやっぱり、この目と体で確認しとかないと足りない点はまだあるけど」
「足りない点? えと、たとえば?」
「あれ、なんだ? まだ突撃しないの?」
「スペード…君まで、君んとこの兄弟みたいに馬鹿犬化しないでよ。僕らがメイちゃんの仲間になったって情報は、まだヴェニ君に渡ってない。それはわかる?」
「そりゃ、今この場で仲間になるって決意表明したばっかだし…」
「もう知ってたら、千里眼だよー」
「そう、知らない。これは僕らのアドバンテージだよ」
「おお? ミヒャルトがよくわからん単語を使い始めた!」
「優勢、有利って意味だよ、ペーちゃん」
「え、メイちゃんも知ってんの? 知らなかったの、俺だけ??」
いや、普通に6歳児だったら意味不明な会話だと思うよ…。
うん、ミーヤちゃんが異常に物知りで頭が回るだけじゃないかな。
「良いかな。敵はまだメイちゃんが単独じゃなくなったなんて知らない。このまま知れずに済めば、僕とスペードは『伏兵』になれるんだ。それは相手の意表を突くのに成功したら、これ以上はない利点になれる」
「ペーちゃん、ミーヤちゃんのお話って6歳児にはふつう?」
「いや、違うんじゃね? 俺、同じ歳だけど話半分しかわかんないし」
半分わかるだけでも凄いよ、ペーちゃん。
…いつも一緒にいる分、ミーヤちゃんや私との会話で鍛えられたのかな。
ご兄弟は年齢相応だったけどペーちゃんも結構賢いと思う。
うん、6歳児にしては。
「2人とも、聞いてよ。もう」
「あ、悪い」
「ごめんなさい、ミーヤちゃん。お助けしてもらうのはメイなのに、ちゃんと聞いてなくって」
「ううん、メイちゃんは良いんだよ? 全部僕とスペードに任せて!」
「ミヒャルト…ちょろい奴」
「君もね、スペード。メイちゃん限定だから別に良いでしょ」
「ねえねえ、ミーヤちゃん。もっと考えてること聞かせてー」
「あ、そうだね! ええ、と…それで『伏兵』の話だけど、僕らが手伝うなんて思ってないから意表をつけるってのはわかる?」
「うん! なんとなく!」
「なんとなくかぁ…まあいいや。おいおい実地で分かるよね。とにかく、僕らが実際にメイちゃんに加勢したら、ヴェニ君がびっくりするってこと」
「あ、それなら俺もわかるや。なんとなく!」
「君も何となくなんだね…」
「びっくりした隙に、叩きのめそうってことだよな?」
「もうそれで良いよ…。でもさ、これが1回しか通用しないってことはわかる?」
「あー…1回ばれたら、その後もそうだと思われるもんな?」
「そういうこと。相手の警戒が僕らにまで及んじゃう。だから、チャンスは1回だと思って。僕等は本当にヴェニ君の格下なんだ」
「まあ、ヴェニ君なら俺らに気付いたが最後、驚き終わったらきっちり対処してきそうだもんな。俺ら弱いし」
「そんな僕らがヴェニ君の上手を取ろうと思ったら、相手の思い及ばないことをするしかないよ」
「ああ、それで騙し打ち…」
「誰もそこまでは言ってないよ! ちょっと罠にはめるだけだよ?」
「それ、うん、十分な感じじゃないかなぁとメイ、思うんだけど…」
「罠にはめるのと騙し打ちって、何が違うんだ?」
「ミーヤちゃんの中には確固たる分類がされてるっぽいよー?」
やっぱり、ミーヤちゃんは敵に回しちゃ駄目だな…。
まだ6歳でこれなんですから、末恐ろしいなんてものじゃありません。
………というか、虫食いだらけだけど一応前世の記憶なんてものがある私と対等に話してる時点で、結構アレですよね…。
「そんなわけで、チャンスは1回! 2人とも、これは肝に銘じてね」
「内臓っていうこと聞くの? ミヒャルトの内臓は高機能なんだな…」
「ペーちゃん、胆に銘じるって慣用句…」
「取り敢えず、僕等はしばらくヴェニ君を観察するよ」
「え、手伝ってくれるんじゃ…」
「手伝うけど、前準備をしないと痛い目にあうから!」
「前準備? ええと、情報収集? それとも罠づくり?」
「メイちゃんが今までどんな風にヴェニ君対策を立ててたのか、今のでよくわかったよ。でもね、メイちゃん。良く考えて。メイちゃんはヴェニ君を追いかけまわしてるから、ヴェニ君の動きに目がついて行くよね?」
噛んで含めるような、ミーヤちゃんの言葉。
でもその意味が、私にはよく分かりました。
実感していたからです。
ヴェニ君の回避行動やら逃走する背中やらを目で追っている内に、動体視力が鍛えられてきたなぁと。
最初は見えなかったヴェニ君の動きが、最近見える様になってきましたから!
「そういうこと?」
「そうだよ、メイちゃん。僕とスペードはヴェニ君の身のこなしやスピードに体が慣れてないんだ。このままぶつかっても、逃げられるだけだよ。だからまずは、目を慣らさないといけないし、ヴェニ君の行動パターンも把握しないといけない」
「行動記録なら、メイ、絵日記につけてるよ?」
「その絵日記は後で是非とも見せてほしいけど! そういうんじゃなくって、咄嗟の時にどう動くのかとか、そういうパターンだよ」
「おお、ミーヤちゃん凄い…ちゃんと考えてるんだねぇ」
「当然だよ。だから、メイちゃん。僕らの作戦の決行は半年後」
「半年っ!? 鬼ごっこが終わっちゃうよ!」
「その終わりの、一週間くらい前が狙い目だよ。当日とか前日にすると、向こうもメイちゃんが切羽詰ってると思って警戒しているだろうから。でも半月前だったら、近づく期限を前にちょっと気が緩む頃だと思う」
「ミーヤちゃん、策略家ー…」
「感心してもらえたんだと受け取っておくよ? メイちゃんは作戦決行まで、今まで通り1人でヴェニ君に挑んでくれる? 絶対に仲間が増えたなんて思わせず、メイちゃんはずっと1人で頑張ってるって思わせるんだ」
「いつも通りの行動を心がけて、油断させるの?」
「メイちゃんは頭良いね。その通りだよ。作戦の肝は当然、伏兵の僕とスペード」
「俺は何をすれば良いんだ?」
「取り敢えず具体的な作戦はじっくり練るよ。だけどそれまで…作戦決行日まで、スペードはひたすらヴェニ君の観察」
「え、ずっと!? でもヴェニ君、えらく鋭いし気付かれるって!」
「僕が母さんから軍事用の遠眼鏡借りてくるから。もう使わないのがあるって言っていたし。それを使って、少なくとも100m以上離れた高台から、身を隠しつつ観察するんだよ。絶対に身を潜めるのを、忘れたら駄目だからね」
「それ本当に観察じゃん…。そんなんで効果出るのかよ?」
「スペードは狼の獣人だし、天性の勘はあるはず。それにスペードに限って言えば目を慣れさせるって言うより、咄嗟の時の行動パターンを覚える方に力を注いで。その代り週に2回、おばさんと個人訓練」
「うげっ 母さんと!?」
「メイちゃんの傍にいる為っていえば協力してくれるでしょ。おばさんと組手してたら動体視力は勝手に鍛えられるよ」
「うえぇぇぇ…」
「これもメイちゃんの為!」
「う、これもメイちゃんの為…!」
「ごめんね、ペーちゃん…」
………ペーちゃんのお母さんは、とってもワイルドな狼獣人。
そしてなんと言うか………リアルにアマゾネスです。
そんなお母さんとマンツーマン……………
ペーちゃん、頑張れ。死ぬな。
「そういうお前はどうするんだよ、ミヒャルト」
「僕? 僕はね……ちょっと協力者が必要だけど、ヴェニ君の誰よりも近くに接近してみせるよ。そしてヴェニ君の動きを目で覚えつつ、情を移させてみせる」
「「え…っ」」
そ、そんなことできるのー!?
どういう意味での近くなのか、わからないけれど。
ある意味とっても危険そうな任務を言い出した気がします。
でもミーヤちゃんのお顔には、自信満々。
勝算が見て取れると、そんな顔です。
これは…信じて良いんだよね、ミーヤちゃん?




