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その日のウルトの行動は、どこかおかしかった。
唐突に呼びつけるのも変だったのだが、それ以上にいつに無く真剣な表情で私にこう言ったのだ。
「弟の様子がおかしいんだ。だから、どんな小さなことでもいい。分かったら教えてくれ」
そもそも、私にこう言って来ることからしておかしかった。
いつもなら自分から聞きに行く。
それも酒瓶片手に。
単純な方法だ。
相手を酔い潰す寸前まで飲ませ、それから話を聞き出す。
フェディはウルトほど酒に強くは無かったから、この方法を使えば聞きたいことは聞きだせるはずなのだ。ま、それができないのか、したくないのか。どっちかは聞かないことにしておこう。
あいつの場合、他では色々とあくどい方法を使って話を聞きだしていたときもあったな。
……いや、それは無理だったな。
ほとんどフェディが考え出した方法だ、あれらは。思い出しただけで怖気が走る。
自己紹介が遅れた。
私の名前はリウォール。リウォール・アディエス。
一応この国の騎士だ。蛇足として、国王直属、という肩書きがついている。
騎士としては父親のある意味スパルタ教育のおかげで、そこそこの腕前だ。
父親がこの国の貴族で、小さいころ何度か城に一緒に連れて行ってもらっていたときに、偶然国王兄弟と出会った。
年が近いこともあって、二人とは仲良くなったのだった。
その後つるんで色々とやったが、ほとんどこっちが振り回される形となったな。
……ふっ、今となっては懐かしい思い出だ。
そこまでは別段、問題は無かった。
……不満の有無は別として。
何事は色々とあったが、そんなこんな何気ない日々を過ごしていた。
一年前まで。
ちょうど一年前、ウルトが国王となった。
そのときのことはいやでも覚えている。
今思い出しても、あれはまさしく罠だったといえるだろう。
なんだかんだと言っている間に、気付けば何故か国王直属という肩書きをつけられたのだ。
はっきりいって、あれは一種の罠だったと言えるだろう。
あの兄弟と過ごした日々を思い返してみると、当然の結末だったとも言える。あの兄弟は利害が一致すると喜んで手を組み、どんなことをしても目的を達成してきた。
そんな彼らに振り回され続けてきた日々を思い出すと、思わず涙がこぼれそうになる。
弟が計画を練り、兄がその計画を実行する。
それでまず失敗することはあまり無かった。
城を抜け出して冒険をしていたとき、あの兄弟がタッグを組んだことが何度かあったのだが、どれほど恐ろしいかがよく分かった。まさか人のよさそうなフェディが、あれほど悪辣な計画を練るとは思いもしなかったが……。
ついでに言うならそのとき分かったのだが、私よりウルトの方がはるかに腕が立つ。……腹立たしいことに。
現在では、立場上あまり剣に触ることはなくなってしまっているが、それでもまだ私は彼の腕には届かないだろう。
なら、国王直属の騎士という私の存在の意味は、一体……。
ウルトは心許せる存在が一人でも多く欲しかった。
今ならそういう理由があったのだと理解は出来る。納得は……諸々もあって、色々諦めた。
あの当時、ウルトが国王になるということで、私の友人という立場も終わりを告げることは分かっていた。
その現実に、少しさびしい思いも感じなかったわけではない。反面、縁が切れることの喜びが無かったわけでもない。
まあ、そんなこんなと色々と思い悩んだ時間はまったくの無駄になったが。
いまさら過去を恨めしく思っても、変えようが無いので現実を見るようになった。
それにしても、と思う。
ウルトの唐突さはいつものことだったが、今回はさらに唐突過ぎる。
何かよからぬことを企んでいるのではないだろうか。
そんな考えが脳裏をよぎったが、確かにここ最近、彼の弟フェディの様子がおかしいことには気がついていた。
やれやれ、とは思いながらも話を聞くために、フェディの部屋へと向かった。