Case2-3+規約
少女が自殺屋に出会ってから一週間が何事もなく過ぎた。
しかし、一日も少女の頭の中を自殺屋のことが離れない。
少女はまた今日もカウンセリングに向かっていた。
歩いている間も、ずっと脳内で店の男の声が渦巻く。
耳の奥に残る、低い声。名前を呼ばれたときの、恐怖。
思い出すだけで冷や汗が出てくる。
下を向いて歩いていた少女は、道に立っていた誰かにぶつかった。
「あ、ごめんなさい。」
「いえ…おや。」
顔を上げて驚愕した。そこに立っていたのは、あの男だったのだ。
焦って周りを見回すと、いつの間にかそこはあの店のある路地だった。
賑やかだった街は、どこにもない。
「どうして…」
「いらっしゃいませ。またお会いできるとは。」
「来たくて来たんじゃありません!…帰ります。」
「お待ちください。やはり貴女は自殺を考えていらっしゃるようですね。」
きっぱりと言われて、少女は男に言い返した。
「そんなこと考えてません!私は自殺なんかしない!」
「試してみますか。」
男は呟いてすっと少女の目に手を当てた。
そして、にこりと笑う。
次の瞬間、少女の目の前が真っ暗になった。次に見えた映像は、カウンセリングの部屋。
そこに、少女がいる。
椅子の上に立ち、輪にした紐を顎の下にかけ 椅子を蹴った。
がくんと全身の力が抜けて、少女は男に抱きとめられた。
「貴女が自殺するのが見えましたか。」
「な、何…今の…」
「見えたのなら、それは貴女が自殺をする日です。…今とそんなに歳が変わらなかったでしょう。」
「な…」
「どうでしょう。騙されたと思って店を借りてみませんか。」
優しく男が言うのに、少女は断るのが難しくなってきた。
しぶしぶと頷き、男に連れられ店へと足を踏み入れる。
一歩入った瞬間、この間と同じ感覚に襲われる。
店の男はつかつかとカウンターの中へ行き、椅子に座った。
少女もゆっくりとカウンターの前に立つ。
「前にも話しましたが、貴女のような人は多いのです。最初は皆さん店を借りるのを拒みますが、段々と慣れますよ。」
男は言いながらカウンターの上にカードを出した。
することもなくて下がったままの少女の右手を引き、乗せる。
「貴女の名前を思い浮かべてください。」
言われた通りにするとカードに少女の名前がじっくりと浮かび上がる。赤いカードに、しろ抜きの文字。
少女は驚きと恐怖で目を見開いた。
はっきりと少女の名前がカードに記されると、男は少女の震える手から自分の手を離し、椅子に座り直した。
「さて、ここにあまり長居するのは気が向かないでしょうから、手短にこの店を借りる上での諸注意をお話し致しましょう。まず、この店の本は貸し出し用です。もっとも買いたいと言う方はあまりいませんが…一応。本は一度に何冊借りても構いません。一冊でも十冊でも、必ず返して頂ければ。本を借りる時は左上から順に借りてください。一冊でも飛ばすことのないようお願い致します。読む時は一文字も飛ばさないでください。よろしいですか、一文字も、です。それから…この店のことは誰にも話さないでください。ああ、あとそのカードはなくさない様気を付けてください。このくらいです。何かご質問はございますか。」
手短なのかと思ってしまうほど男の説明は少女にとって長かった。
頭の中で懸命に今話されたことを振り返りつつ、頷く。
話されたことの中に疑問に思うことはいくつかあった。
特に、一文字も飛ばさずに読まなければならないということ。
そんなことどう調べるのかと思ったが、この男の言うことは信じなければならない気がした。
「大丈夫…です。」
「そうですか。何か疑問点がございましたら、いつでも答えますので。くれぐれもお守り頂きますようお願い致します。さぁ、今日は何冊借りて行きますか。」
「ただいま…」
少女はバックに二冊の分厚い本を入れて帰宅した。
誰もいない家の玄関を開け、靴を乱暴に脱いでリビングに入る。
冷蔵庫から適当に飲み物を出し、ソファに落ち着いた。
しばらく見ていた一冊目の本を手に取り表紙を開く。
そこで、すっかり城田のところに行き忘れたことに気付いた。
連絡をしようと携帯に手を出すが、また後でもいいかと思い直し、本に目を戻した。