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自殺屋  作者: 桶十芭
7/29

Case2-1+少女

第二部の始まりです。

また一人、自殺屋に出会います。

この世は汚れている。

テレビをつければ、親が子供を虐待しただの、誰かが誰かを殺しただのと人間の汚い部分ばかりが溢れ出てくる。

どのチャンネルを見ても同じようなことばかり言っているものだから、つまらなくて電源を切った。

   

少女は洗面所で化粧をする母の元へ行き、顔を合わせた。

鏡越しに母親が少女を見て一言だけ発した。

「今日は遅いの。」

決して自分を振り返らない母親をじっと後ろから見て、少女は「うん。」と同じように一言返した。

すると、母親は化粧を終えてコンパクトを閉じながら少女の方へと身を翻した。

「そう、私は加賀見さんの家に行ってくるわ。今日は帰らないから。お父さんには何とか言っておいて。」

やはり目を合わせることはなく、母親はすたすたとリビングへと向かった。

足音が酷く冷たい。

少女は行ってきますと言うことも、いってらっしゃいと言われることもなく玄関を出た。

   

少女は17歳。しかし、少女が向かうのは学校ではない。向かう先は、カウンセリング。

別にいじめにあったわけでも、ほかに嫌な事があったわけでもない。

ただ突然、学校という場所に行く意味がわからなくなった。なんのために学校へ行き、なんのために人と関わるのか疑問に思ってしまった。

それ以来、少女は学校へは行かなくなった。

両親は何も言わなかった。

少女が今唯一他人と関わる場所はカウンセリング。

そして、唯一関わる人間はカウンセラーの城田だけである。

   

部屋の前に着き、少女がドアをこんこんとノックすると、中から「どうぞ」と若い男の声がした。

声の主は城田。少女は中に入り、部屋の真ん中にあるソファに腰かけた。

城田はデスクから離れて少女の真向かいに座り直した。

「おはよう、今日は早いね。」

「家…いたくないから。」

俯き呟いた少女の顔を、城田が覗き込む。

堅く唇を食いしばり、じっと床を見つめている。

「今朝はお父さんかお母さんと何か話した?」

城田が優しく訊くのに、少女はこくりと頷いた。

「何を話したの?」

「お母さん、また加賀見さんの家に行くって。今日は帰らないって言ってた。」

「…そうか。」

淡々と言う少女の肩に手を置いて、城田は隣に座った。

加賀見というのは、少女の母親の愛人である。

少女も一度見たことがあるが、髪を茶色に染めた見るからに軽そうな男であった。

母親が彼に色々と貢いでいるのは知っている。しかし、それを止めようと思ったこともしたこともない。勝手にすればいい、と思っていた。

父親は彼の存在を知っている。それでも何も言わない。

少女はそんな二人に嫌気がさしていた。

俯いたままの少女の横顔を見て、城田がにこりと微笑む。

「大丈夫だよ。きっとお父さんもお母さんもいつか気付くときがくるさ。今足りていないものに。」

そんな時がくるのだろうか。

そんなことはあるはずがないと、少女は誰よりも知っている。

そんな希望はこれっぽちも持っていないが、少女は黙って小さく頷いた。

「さあ、今日はどこにでかけようか。」

城田が着ていた白衣を脱いで白い壁にかけられたハンガーにかける。

少女がカウンセリングに来てすることは、専ら城田と遊ぶことだ。

昨日は街の中を一日中歩き回った。特にすることもないのだが、こうしていることが今の少女にとっては一番いい。

生きる目的をなくしている少女にとって。

   

   

+*+*+*+*+*

   

一日中外で遊んだ少女は、城田に別れを告げ帰路についた。

足取りは重い。本当は帰りたくもない家。帰っても、誰もいない家。

帰りたくない、と思いながらぼうっと歩いていると、いつの間にか知らない路地裏へと迷い込んでいた。

はっと気付いて、一気に不安になる。

「ここどこ?帰らなきゃ。」

くるりと振り返ってみる。しかし、そこにはやはりまったく知らない道。

どっちから来たのかさえわからない。

「城田さんに連絡…」

パーカーのポケットから携帯を取り出す。しかし、その画面の電波表示は圏外。

当然だが電話は通じなかった。メールすら送れない。

「どうしよう…」

途方に暮れた少女は、コンクリートの壁に寄りかかってその場に座り込んだ。

不安は増すばかり。こんなにも一人が恐いと思ったことはなかった。

顔を伏せて、ぎゅうと身体を抱きかかえる。

   

「どうなさいました。」

   

頭上から男の声がした。

人だ。少女はぱっと顔を上げた。

しかし、男を見てそれが人間なのかと疑う。

人間の形をしているが、何かが違う。

「どこかお体の調子がよろしくありませんか?」

丁寧に聞かれ、手を差し出されて少女は慌てて立ち上がった。

「いえっ…あの、道に迷っちゃって…」

少女がおずおずとそう言うのを聞いて、男は笑った。

「道に迷うほど幼いようには見えませんが。何か考え事でもしながら歩いていたのですか。おいでなさい。道を教えて差し上げます。」

男はくるりと少女に背を向け歩き出した。

すたすたと歩いて行ってしまう男の後を、少女は急いでついていった。

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