Case1-5+大凶
一枚のカードがパチンと音を立ててカウンターに置かれた。
「どうなさいましたか?」
男が尋ねる声に、少年は俯いたまま答えた。
「この店、返します。」
その一言だけ言った少年に、男はもうひとつ尋ねた。
「…自殺をするのですか?」
男の問いに、少年は頷くことだけをした。
それ以上は口を開かない。
男は黙って少年の震える手に触れた。
冷えきった手の甲で、火傷の痕が痛々しい。
「話しては頂けませんか。あなたを追い詰めているものが、一体何なのか。」
「話して何になるんですか。もう、いいんです。」
ぎゅっと閉じた少年の目から、涙が溢れた。
男は一度ため息をつき、次いで少し笑った。
少年を向かいの椅子に座らせ、カウンターの中から三枚のカードを取り出した。
それを何度か混ぜ、カウンターの上に伏せる。
そして、少年を促した。
「一枚選んで裏返してください。」
「なんですか。」
「いいですから。」
少年は渋々右端のカードに手を伸ばした。
その場で表向きにする。
そこには、赤い文字で大きく『大凶』と書いてあった。
「…なんなんですか。」
少年は強く男を睨んだ。男はふふと笑う。
「これは今の貴方を表しています。」
その言葉に、少年はさらに睨む目に力をいれた。
椅子から勢いよく立ち上がり、男に怒りをぶつける。
「今の僕の状況が大凶だって言うんですか!」
「おや、違いますか。」
「…っだったら何だって言うんですか!いい加減にしてください!」
凄い形相で自分を罵倒する少年を、男は静かになだめた。
「落ち着いてください。『大凶』ということは、もうこれ以上落ちることはないのです。もう地面に足がついているのですから。そう考えると、あとは上がるしかないのですよ。そうは思いませんか。」
「…上がらないかもしれないじゃないですか。」
「ええ、ですが上がるかもしれません。それが生きるということですよ。」
そういって、男は全てのカードを表にした。どのカードにも、『大凶』の文字。
少年が眉間に皺を寄せると、男は笑った。
「すみません。実はこれ、全て『大凶』なのです。」
「馬鹿にしてるんですか!」
少年が怒るのを半ば無視して、男は少年が選んだものだけを残し、残りの二枚を破り捨てた。
そして、最後の『大凶』を裏返しに戻す。次いで少年の手を引き、カードの上に乗せた。
「貴方が変えようと、変わろうと思えばこの状況はいくらでも変わります。」
男が言い終わってから手の下のカードを裏返すと、ついさっきまで『大凶』だったカードは『大吉』へと姿を変えていた。
少年が目を見開く。
「不思議でしょう?生きるとはこういうことですよ。一瞬あとには何が起こるかわからない。だからこそ面白いのです。今のまま終わっていいのですか。貴方の未来が、いえ、一時間後がどんなものかも知らずに命を絶ってしまうのですか。」
男が静かに話し続けるのに、少年は俯いたまま答えない。
「あの本棚、どこまで続いているか気になりませんか。最後の本がどんなものなのか知らずに終わらせてしまうのですか。最後の本、手にしてみたいと思いませんか。」
全てを言い終わって黙ると、少年はぱっと顔を上げた。
その目に、もう涙は無い。
「やっぱりもう少しこの店貸してください。最後まで、見てみたいです。」
瞳の中にもう迷いは無かった。
男はにこりと笑った。そして、カウンターの下から新しく五冊の本を取り出す。
「早くお帰りなさい。夜が来ます。ちゃんと手、治療してくださいね。」