Case1-3+理由
朝目が覚めると、枕元には五冊の本がしっかりと置いてあった。
昨夜のことが夢ではなかったのだと確信する。
憂鬱な朝が来た。
憂鬱なのは少年にとって、だが。
のろのろとベッドから体を引き摺り出し、着替えを済ませる。
母親が呼ぶ声にだるそうに返事をし、食事も摂らずに玄関を出た。
「お前来るのおせぇよ!早く来て俺の代わりに週番の仕事しろって言っただろ!」
教室に入るなり今日一番の罵声が少年に浴びせられた。
無視をして自分の机に向かう。
「ちょっと私の近く通らないでよ!」
「こっち見ないで気持ち悪い!」
どれもこれもなぜそんなことを言われなければならないのか理解に苦しむことばかりである。
全ての声を意識の外に追い出し、少年は席に着いた。
すぐにクラスメイトが寄ってきて少年の机を前方から蹴り飛ばす。
机は、少年ごと勢い良く倒れた。
机の中身が教室に飛び散り、それを近くにいたクラスメイト達が一斉に避けた。
「お前何してるんだよ!早く片付けろよ!!」
少年がやったことではないのにも関わらず、罵声と文句は全て彼に向けられた。
どうしてこんな扱いを受けなければならないのか少年にはわからない。
少年に何か問題がある訳ではないのだ。クラスメイト達がこんなことをする理由がわからない。
否、理由などないのかもしれない。
彼らはストレスの吐き捨て場が欲しいだけなのだから。
たまたまその場が少年だっただけの話なのだ。
泣き出しそうになるのを、少年は唇を噛んでぐっと堪えた。
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「いらっしゃいませ。」
「こんにちは。また、貸してください。」
「どうぞ。」
男が用意していた五冊の本を受け取ると、少年はそのままそこに立ち尽くした。
俯いた少年を椅子に座らせ、男はそっと話しかける。
「…辛そうですね。」
「え?」
「私に話してはくださいませんか。何があったのか。何があなたをそこまで追い詰め苦しめているのか。」
優しく聞いてくれるのに対して、少年は数回首を横に振った。
「いいえ。聞いてもらうのも…情けないですから。」
「そんなことは無いと思いますがね。」
少年が無理して笑うのを見て、男はため息をついた。
次いで、少し微笑む。
「どうしても耐え切れなくなったら話してください。ここはそういう店でもあるのですから。」
男の言葉に頷くことはせずに、少年は店を後にした。