Last Case-3+悔
事故から3週間後、女は自ら命を絶った。
大事に娘の遺影を抱えたまま。
刑務所の中で知らせを聞いた男は、酷く嘆いた。
自分はなんということをしてしまったのだろうと、この世にはもういない娘と妻に謝り続けた。
そして、一ヶ月後。男も娘と妻の跡を追った。
生きて背負う苦しみよりも、死ぬときの苦しみの方が男にとってずっと軽いものだった。
「……私は、娘を殺し妻を殺し、それでも自分を殺したことを一番悔やんでいます。あの時何故生き続けようとしなかったのか」
「……何故ですか」
「……私は……死ねばすぐに地獄に堕ちられるものと思っていました。しかし、すぐ逝くことが出来ず、両親が私の葬式で泣いているのを見てしまったのです」
それを聞き、青年が何も言えずに黙っていると、男は哀しそうな笑みを見せた。
「娘と妻を殺し、悲しみを生み出してしまったことへの罪滅ぼしに、命を絶ったつもりでした。ですが、私は更に悲しみを生み出しただけなのです。何故生きて罪を償おうとしなかったのか。結局自分が一番だったのです。苦しみたくなかったのです。……愚かですね、私は」
雨の薫りが店の中に吹き込んだ。
静かな時間が流れていく。
男がすっと立ち上がり、店の扉に向かった。
青年に背を向けたまま、言葉を続ける。
「この店は、罪滅ぼしです。娘と妻への、そして両親への謝罪です。簡単に死ぬことを選んでしまったことへの、懺悔の形なのです」
「……懺悔…」
「自殺は、罪ではありません。逃げだと一概には言えません。ですが、大変勿体のないことです。悲しみを生み出す行為です。……どんな人間でも、この世で本当にたった独りで生きている方はいません。自殺をすれば、必ず悲しむ人がいます」
男が青年を振り返る。
「生きてください。辛いかもしれません、苦しいかもしれません。ですが、決してそれだけではありません。出来る限り死を選ばないでください。……後悔を、なさらないでください」
青年の目に涙が溢れた。
男の言葉に、心が締め付けられるように痛んだ。
「……もうこんな時間ですね。雨も止んだことです。今のうちにお帰りになったほうがよろしいですよ」
ぱちんと懐中時計の蓋を閉めながら、男が沈黙を破った。
辺りは昼間よりも更に静まり返り、雨の残り香が鼻を掠める。
青年の足元で黒猫が小さく鳴いた。
「……返却をしていただくと同時にこの店の記憶は全て無くなります。ですが、あなたはもう大丈夫です」
男が微笑むのに、青年も同じように笑みで返す。
ポケットからカードを取り出すと、男が一冊の本を青年に差し出した。
「長い間、本当にありがとうございました。あなたのような方に出会えて良かった。あなたが、自殺をなさる前にここを訪れてくださって本当に嬉しい限りです。これからのあなたの人生に、多くの幸があるよう祈っています」
そして、青年の意識が段々と薄れ、視界が暗闇に包まれていった。