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自殺屋  作者: 桶十芭
28/29

Last Case-3+悔

事故から3週間後、女は自ら命を絶った。

大事に娘の遺影を抱えたまま。

刑務所の中で知らせを聞いた男は、酷く嘆いた。

自分はなんということをしてしまったのだろうと、この世にはもういない娘と妻に謝り続けた。

そして、一ヶ月後。男も娘と妻の跡を追った。

生きて背負う苦しみよりも、死ぬときの苦しみの方が男にとってずっと軽いものだった。

   

「……私は、娘を殺し妻を殺し、それでも自分を殺したことを一番悔やんでいます。あの時何故生き続けようとしなかったのか」

「……何故ですか」

「……私は……死ねばすぐに地獄に堕ちられるものと思っていました。しかし、すぐ逝くことが出来ず、両親が私の葬式で泣いているのを見てしまったのです」

それを聞き、青年が何も言えずに黙っていると、男は哀しそうな笑みを見せた。

「娘と妻を殺し、悲しみを生み出してしまったことへの罪滅ぼしに、命を絶ったつもりでした。ですが、私は更に悲しみを生み出しただけなのです。何故生きて罪を償おうとしなかったのか。結局自分が一番だったのです。苦しみたくなかったのです。……愚かですね、私は」

雨の薫りが店の中に吹き込んだ。

静かな時間が流れていく。

男がすっと立ち上がり、店の扉に向かった。

青年に背を向けたまま、言葉を続ける。

「この店は、罪滅ぼしです。娘と妻への、そして両親への謝罪です。簡単に死ぬことを選んでしまったことへの、懺悔の形なのです」

「……懺悔…」

「自殺は、罪ではありません。逃げだと一概には言えません。ですが、大変勿体のないことです。悲しみを生み出す行為です。……どんな人間でも、この世で本当にたった独りで生きている方はいません。自殺をすれば、必ず悲しむ人がいます」

男が青年を振り返る。

「生きてください。辛いかもしれません、苦しいかもしれません。ですが、決してそれだけではありません。出来る限り死を選ばないでください。……後悔を、なさらないでください」

青年の目に涙が溢れた。

男の言葉に、心が締め付けられるように痛んだ。

   

「……もうこんな時間ですね。雨も止んだことです。今のうちにお帰りになったほうがよろしいですよ」

ぱちんと懐中時計の蓋を閉めながら、男が沈黙を破った。

辺りは昼間よりも更に静まり返り、雨の残り香が鼻を掠める。

青年の足元で黒猫が小さく鳴いた。

「……返却をしていただくと同時にこの店の記憶は全て無くなります。ですが、あなたはもう大丈夫です」

男が微笑むのに、青年も同じように笑みで返す。

ポケットからカードを取り出すと、男が一冊の本を青年に差し出した。

「長い間、本当にありがとうございました。あなたのような方に出会えて良かった。あなたが、自殺をなさる前にここを訪れてくださって本当に嬉しい限りです。これからのあなたの人生に、多くの幸があるよう祈っています」

そして、青年の意識が段々と薄れ、視界が暗闇に包まれていった。

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