Case4-6+別
前回の更新から一ヶ月も経ってしまいました。
待っていてくださった方には本当に申し訳ありません。
冬が近づき、外の空気が冷たくなってきた。
自殺屋に出会って、もうじき三度目の冬。青年の薬物中毒は、すでに回復していた。
自殺ということに対しても、思考は向かなくなっていた。
「こんにちは。」
白く上る息で挨拶をし、店に入ると、外よりは幾分暖かかった。
しかし、いつもある姿がカウンターにない。
ソファに黒猫ポチが横たわっていた。
体が微かに動いている。眠っているのだろう。
そっと近づき、横に腰を下ろして撫でると、少し顔を見てにゃあと鳴いた。
どこか寂しそうである。
「ご主人はどこに行ったんだ?」
猫の顔を覗きこみながら話しかけると、ふいと顔を反らしてまた眠ってしまった。
青年はしばらく店の外と奥を見回していたが、ソファから立ち上がり、本棚へと歩み寄った。
暗闇に続く本棚の前を歩いていく。
歩きながら、相当な数の本を読んできたのだと実感した。
「このあたりだったかな…」
つぶやいて本棚の前で止まったとき、暗闇の向こうから男が現れた。
突然のことに、どきりと心臓が反応する。
男は微笑んでいた。
その手には、一冊の本。
「あ…勝手に入ってすみません……。」
「いえ、構いませんよ。…お待ちしておりました。」
「え?」
青年が首を傾げると、男はそっと歩み寄り、手に持っていた本を差し出した。
青年は、わからない、という顔で男を見つめる。
「これが、最後の本です。」
「……最後?」
「よくここまで読んでくださいました。もう、あなたの体の中には苦しみは潜んでいません。自殺の必要はないでしょう。」
男が柔らかい表情で話を続ける。
「今まで本当にありがとうございました。」
「ま……待ってください!…これで、最後なんですか?」
「はい。………意外と少なかったですか?期間としてはさほど長くなかったと思います。ですが、あなたが考えを変えるには、十分な期間だったのではないでしょうか。」
青年は黙った。いつから自殺を考えなくなったのか、はっきりとわからない。
もしかしたらもう随分前からそんな気持ちはなかったのではないだろうか。
「あ…あの……この店を返したら、もう…ここには来てはいけませんか?」
「来てはいけない、と言いますか、来られません。あなたにはもうこの店は必要ありません。自殺を考えない方にとっては、この店は良くないのです。」
「もう………話をするのも無理ですか。」
「はい。」
男が頷くと、青年は俯き黙ってしまった。
こんなにもあっさりと終わってしまうとは思わなかった。
三年という年月とは、こんなに早く過ぎるものだっただろうか。
幾度と無く店を訪れ男と話をしたが、男は一度たりとも自身のことに触れはしなかった。
なんの理由もなくこんな店を経営するはずがないだろう。
青年は、ずっとそれを疑問に思っていた。
これで話をするのが最後ならば、もしかしたら話してくれるのではないかと、青年は思い切って口を開いた。
「あの……じゃあ最後に教えてください。」
「はい、なんでしょうか。」
「………貴方は、どうしてこの店を…自殺屋を始めようと思ったんですか。」
青年の問いに、男は俯いた。
しばらく沈黙が続き、二人は向き合ったまま微動だにしなかった。
先に口を開いたのは、青年。
「あ、その、いいんです。話したくないことだとは思うんです。だから……すみません、変なこと聞いて…。」
「…いいえ、よろしいのですよ。……面白くありませんよ。それでもよろしければ。」
言って、男は本を持ったままカウンターに向かった。
ここから最終章に入ります。
最後までお付き合い頂けたら幸いです。