Case4-4+休
いつの間にか青年の目から涙が溢れていた。
頬を伝って、ソファに落ちる。
「その人は……今でも生きているんですか。」
「ええ、苦しみと闘いながら、それでもしっかりと生きています。」
心身共に苦しみながら生きるというのは、どんな気分なのだろうか。
自分よりも苦しんでいる人がいる。そう思うと、涙が止まらなかった。
「…自分の苦しみを、他人のものと比べることはありません。苦しみの重さは、人それぞれです。どっちの方が辛いだろうということは関係ありません。ですが、自分だけが苦しんでいるとは決して思わないでください。程度はどうであれその方にとっては重い苦しみを、誰もが持っています。そしてそれを抱えて生きています。」
男は小さな声で話しながら横たわる青年に近寄った。
そして、正面にしゃがむ。
「生きることをやめないでください。疲れたら休んでもいいのです。苦しければ足を止めて下を向いても構いません。そこで無理をしても、もっと苦しいだけです。けれども、また必ず立ち上がってください。前を見てください。苦しみの闇を抜けた時の光の眩しさ、喜びを知ってください。あなたになら、出来ます。私が保証致しましょう。」
言い終わって見せた男の笑顔が、青年には酷く悲しそうに見えた。
それでも、その眼差しはなんとも表しようのない、優しさに溢れている。
青年は、小さく頷き、体を起こした。
「気分はどうですか。」
「……大丈夫です。なんだか凄く体が楽になった気がします。今のは、俺にとっての休憩になったのかもしれません。ここからまた、前を見ます。」
青年が男に笑ってみせると、男はゆっくりと頷き、立ち上がった。
着物を羽織りなおす。
「今までこれ程喋ることがなかったものですから、少々疲れました。私は奥で少し眠ってきます。ここで読んでいきますか。」
男の質問に、青年は一度頷いて答えた。
それを確認して、男が軽く頭を下げ、身を翻す。
「あ、あの、ここって閉店時間何時ですか?」
後ろから投げられた質問に、男は半身だけ振り返って口を開いた。
「閉店時間はございません。この店は、あなたが訪れた時が開店時間であり、あなたがお帰りになる時が閉店時間です。好きなだけ読んでいって構いませんよ。」
言い終わると、再び歩を進め、店の奥の闇へと姿を消した。
客が来た時が開店時間で帰った時が閉店時間。
普通の店ならば逆である。やはり不思議な店だと少し首を傾げながら、青年はふと店の外を見た。
知らぬ間に雨が降っていた。そういえば微かに雨の匂いがする。
音のしない、静かな雨である。
天気予報で雨が降るとは言っていなかった。故に傘など持っていない。
雨が止むまでは何にしてもここで本を読むしかないようだと、青年は本棚に向かった。
手に持った本を棚に戻し、次の一冊を手にとる。
その時、どこからか鈴の音が聞こえた気がした。しかし、周りを見回してもそこには静寂が広がっている。
「気のせいかな……」
青年は呟き、ソファに戻った。黒いハードカバーを捲る。
『自殺のすすめ』
***************
自殺のすすめ 始めに
自殺の方法は様々である。
方法はどれでも構わない。
道具を使おうが、谷底に身を投げようが構わない。
しかし覚えておいてほしい。
自殺が何も生み出さないことを。
自殺をすることで、自分の周りの人間が悲しむことを。
どんなに孤立した人間であってもその死を誰一人悲しまないことは決して無い。
それだけは疑うな。
それでもなお苦しい、死にたいと思うならば誰にもそれを止める権限は無い。
自殺をお薦めしよう。
一応ですが、本気で自殺をすることをすすめているわけではありません(汗)
小説の中の本ですので、ご了承ください。
本気にする方はいないと思うのですが、一応。
この文章で嫌悪感を覚えた方がいらっしゃいましたら、申し訳ありません。