Case4-1+薬物
自殺とは
死は恐れるものではない。
死は万人に平等に訪れる。
自殺は運命である。
自分が決めるものではない。決められているものである。
人間の運命はこの世に生まれ、泣き声をあげたその瞬間にすでに決まっている。
自殺をする人間の寿命が、自殺をするときである。
自殺は命を縮める行為ではない。
自殺は「逃げ」ではない。
自殺は「敗北」ではない。
自殺は「愚かな行為」ではない。
「哀しき運命」である。
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この「哀しき運命」を、神に逆らい、一つ一つ変えてゆこうと、消してゆこうと。
この世に存在する店がある。
自殺屋
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風車が、からからと音を立てて回っていた。
蝉の声が体の芯に響く。
日差しが強く照りつけ、道路に蜃気楼が広がっている。
そんな中で、黒い服を着、着物を羽織った男が歩いていた。
あまりにも季節はずれなその姿。
それでも、彼を振り返る人間はいない。
まるでその存在が、そこにないように。
「ああ、暑いですね。」
格好と全く合わない一言を呟き、男は公園の中を見た。
子供達が元気に走り回っている。
微笑ましい光景だが、男はそれを悲しそうに見つめた。
しばらくすると、持っていた包みを抱えなおし、細い路地に向かって歩を進めた。
店の前に、一人の青年が立っていた。
背広を着て、革の鞄を持った、サラリーマン風の男である。
そっと背後に近づくと、咄嗟に振り向き、身構えた。
「ああ、驚かせてすみません。どうかなさいましたか。」
男が笑って尋ねると青年は眼鏡を左手で少し上げ、困ったように視線を游がせた。
「あ、あの……自殺屋って……ここの店の人ってどんな人ですか…」
「私が自殺屋の店主ですが。」
青年の質問ににこりと笑んで答えると、彼は驚いたように目を見開き、気持ち後ろにあとずさった。
間合いを取り、帽子に隠された男の顔を覗きこむ。
「も、もっと化け物みたいな人なのかと……思ってました…」
「いたって普通の人間のつもりですが。」
くすくすと笑いながら言うと、青年はほんの少し安心した様子で、笑ってみせた。
猫背のせいか、酷くびくびくした臆病な印象の青年である。
人が良さそう、というのはこういう人間のことを言うのだろうか。
「ところで、なぜここに?」
男が聞くと、青年は急に真剣な顔つきになった。
そういえば、少し顔色が良くない。
「……自殺を…したくて…。」
そう言った青年の顔が、見る見る青ざめていく。
そのうちに、がたがたと体が震えだし、力が抜けたようにがくりとその場に座り込んでしまった。
鞄を抱え込んだままうずくまってしまった青年に、男がそっと声をかける。
「大丈夫ですか?お体の調子がよろしくないようですね。どうぞ店で休んで行ってください。」
青年は男に支えられ、俯いたまま店に入った。
ソファに座り、体を横たえる。
「鞄をお置きになったらどうですか?盗ったりしませんよ。」
しっかりと抱きしめたままの鞄に手を伸ばすと、青年は反射的に男の手を振り払い、体を起こした。
「あ…その……」
「安心してください。私は貴方の役に立ちたいのです。」
男が優しく話しかけると、青年はようやく鞄を体から離し、それを開けた。
中から出てきたのは、数本の注射器と小さな瓶に入った液体。
「……ドラッグですか。」
「三年前に一度……知り合いに貰ったのがきっかけなんです…。一度使ったら…やめられなくなって……。」
「ドラッグはそういうものです。人間の心を蝕む。」
「でも……親にも迷惑をかけ、金銭面でももう限界なんです…。」
「それで、死ぬしかないと?」
小さく男が言うと、青年はこくりと一度首を縦に振った。
そしてそのまま泣き出してしまう。
レンズの向こうで、涙腺が壊れてしまったように涙が溢れた。
「……楽に、確実に死ねる方法をお教えいたします。」
男は青年の頭を掴み、右に傾けると、その首筋にすっと爪を当てた。
「ここを、鋭い刃物で深く切ってください。よく切れる刃物ならばさほど力も要らず、簡単に切れます。一気に血液が噴出して、すぐに死ねますよ。手首を切るよりも数倍確実です。」
そう言って、青年の手首のシャツを捲る。そこには蚯蚓腫れのような傷痕があった。
いわゆるリストカットというものである。青年は驚いた顔をして、手を引き、傷痕を隠した。
その青年をしばらく見つめ、男が口を開く。
「ですが、貴方はまだ死ぬべきではありません。先程貴方は笑ったではありませんか。
笑えるということは、まだ生きる力が残っているということです。
諦めるのは早いのですよ。ドラッグなどに負けない心を作ればいいのです。
それには、ドラッグ以外に真っ直ぐ心を向けること。
手をお貸し致しましょう。貴方が生きる為に。」