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自殺屋  作者: 桶十芭
20/29

Case4-1+薬物

自殺とは

   

死は恐れるものではない。

死は万人に平等に訪れる。

自殺は運命である。

自分が決めるものではない。決められているものである。

人間の運命はこの世に生まれ、泣き声をあげたその瞬間にすでに決まっている。

自殺をする人間の寿命が、自殺をするときである。

自殺は命を縮める行為ではない。

   

自殺は「逃げ」ではない。

自殺は「敗北」ではない。

自殺は「愚かな行為」ではない。

   

「哀しき運命」である。

   

***************

   

この「哀しき運命」を、神に逆らい、一つ一つ変えてゆこうと、消してゆこうと。

この世に存在する店がある。

   

自殺屋

   

***************

   

風車が、からからと音を立てて回っていた。

蝉の声が体の芯に響く。

日差しが強く照りつけ、道路に蜃気楼が広がっている。

そんな中で、黒い服を着、着物を羽織った男が歩いていた。

あまりにも季節はずれなその姿。

それでも、彼を振り返る人間はいない。

まるでその存在が、そこにないように。

「ああ、暑いですね。」

格好と全く合わない一言を呟き、男は公園の中を見た。

子供達が元気に走り回っている。

微笑ましい光景だが、男はそれを悲しそうに見つめた。

しばらくすると、持っていた包みを抱えなおし、細い路地に向かって歩を進めた。

   

   

店の前に、一人の青年が立っていた。

背広を着て、革の鞄を持った、サラリーマン風の男である。

そっと背後に近づくと、咄嗟に振り向き、身構えた。

「ああ、驚かせてすみません。どうかなさいましたか。」

男が笑って尋ねると青年は眼鏡を左手で少し上げ、困ったように視線を游がせた。

「あ、あの……自殺屋って……ここの店の人ってどんな人ですか…」

「私が自殺屋の店主ですが。」

青年の質問ににこりと笑んで答えると、彼は驚いたように目を見開き、気持ち後ろにあとずさった。

間合いを取り、帽子に隠された男の顔を覗きこむ。

「も、もっと化け物みたいな人なのかと……思ってました…」

「いたって普通の人間のつもりですが。」

くすくすと笑いながら言うと、青年はほんの少し安心した様子で、笑ってみせた。

猫背のせいか、酷くびくびくした臆病な印象の青年である。

人が良さそう、というのはこういう人間のことを言うのだろうか。

「ところで、なぜここに?」

男が聞くと、青年は急に真剣な顔つきになった。

そういえば、少し顔色が良くない。

「……自殺を…したくて…。」

そう言った青年の顔が、見る見る青ざめていく。

そのうちに、がたがたと体が震えだし、力が抜けたようにがくりとその場に座り込んでしまった。

鞄を抱え込んだままうずくまってしまった青年に、男がそっと声をかける。

「大丈夫ですか?お体の調子がよろしくないようですね。どうぞ店で休んで行ってください。」

青年は男に支えられ、俯いたまま店に入った。

ソファに座り、体を横たえる。

「鞄をお置きになったらどうですか?盗ったりしませんよ。」

しっかりと抱きしめたままの鞄に手を伸ばすと、青年は反射的に男の手を振り払い、体を起こした。

「あ…その……」

「安心してください。私は貴方の役に立ちたいのです。」

男が優しく話しかけると、青年はようやく鞄を体から離し、それを開けた。

中から出てきたのは、数本の注射器と小さな瓶に入った液体。

「……ドラッグですか。」

「三年前に一度……知り合いに貰ったのがきっかけなんです…。一度使ったら…やめられなくなって……。」

「ドラッグはそういうものです。人間の心を蝕む。」

「でも……親にも迷惑をかけ、金銭面でももう限界なんです…。」

「それで、死ぬしかないと?」

小さく男が言うと、青年はこくりと一度首を縦に振った。

そしてそのまま泣き出してしまう。

レンズの向こうで、涙腺が壊れてしまったように涙が溢れた。

「……楽に、確実に死ねる方法をお教えいたします。」

男は青年の頭を掴み、右に傾けると、その首筋にすっと爪を当てた。

「ここを、鋭い刃物で深く切ってください。よく切れる刃物ならばさほど力も要らず、簡単に切れます。一気に血液が噴出して、すぐに死ねますよ。手首を切るよりも数倍確実です。」

そう言って、青年の手首のシャツを捲る。そこには蚯蚓腫れのような傷痕があった。

いわゆるリストカットというものである。青年は驚いた顔をして、手を引き、傷痕を隠した。

その青年をしばらく見つめ、男が口を開く。

「ですが、貴方はまだ死ぬべきではありません。先程貴方は笑ったではありませんか。

笑えるということは、まだ生きる力が残っているということです。

諦めるのは早いのですよ。ドラッグなどに負けない心を作ればいいのです。

それには、ドラッグ以外に真っ直ぐ心を向けること。

手をお貸し致しましょう。貴方が生きる為に。」

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