Case1-2+本
「ただいま…」
少年は三冊の本とカードを持って帰宅した。
本当は帰ってくるつもりはなかった家。母親がいつも通り迎えてくれた。
「遅かったわね。御飯は?」
「いらない。」
「気分でも悪いの?顔色がよくないわ。」
「平気だよ。疲れたから寝る。」
「そう?ちゃんと暖かくして寝るのよ。」
「うん」
自分を気遣う母親の言葉に空返事をして、少年は自室へと入った。
鍵を閉め、鞄から本を取り出し左上にあった本から順に読み始める。
元々少年は本を読む方ではなかった。
しかし、この本は飽きることがない。まるで本に意識を吸い込まれたかのように熱中した。
母親の声すら聞こえなくなるほど集中し、三冊を読みきったのは深夜の一時であった。
読みきってなんともいえない酷い虚無感に襲われた少年は、本を持って家から抜け出した。
向かう先はもちろん+自殺屋+。
しかし時間が時間なのだ。
普通の店が開いているはずはない。
++++++++++
店は当然のように開いていた。
扉が開いていて、中で昼間の男がぼんやりとカウンターに座っている。
少年が店の敷居を跨ぐと、宙を泳いでいた男の視線が水平に下ろされそちらへ向いた。
「おや、いらっしゃいませ。どうなさいました?こんな時間に。」
「あ…あの、読みきっちゃって…」
遠慮がちに言うと、男はくすくすと笑って言った。
「それは素晴らしい。ですがそんなに急がなくても、あなたが借りている間はどこにも行きませんよ。」
そして本棚に近付き新しく左上から五冊の本を取り出し、それを少年の持っている三冊と交換した。
「どうぞ。」
男が上着を羽織り直した風で、カウンターの上の蝋燭が揺れる。
「本を読むのがお好きですか?」
男に聞かれて、少年は首を横に振った。
「普段は読みません。でも、なんだかこの店の本は不思議なくらい飽きずに最後まで読めるんです。」
「そうですか。あなたがこの店の本を全て読み終わるのを楽しみにしています。」
男はくるりと身を翻し、本棚に三冊の本を戻してまた少年の元へと戻った。
「さあ、もうお帰りなさい。私は眠ります。」
男が蝋燭を吹き消すのと同時に、少年の意識はそこで途切れた。