Case3-7+別
少年が自殺屋を借りて八年もの月日が経過した。
十八歳だった少年も、すでに二十六歳という立派な大人になっていた。
しかし、少年は未だに自殺屋の本を読んでいる。
借りた本はすでに二万冊を超えた。
しかし、後半のほうは真面目に読んでいない本が多かった。
一体この店の本はいつになったら読み終わるのだろうか。
少年はほとほと嫌になり始めていた。
いくら読んでも終わりが見えない。
そのことを聞いてみようと、少年は店を訪れた。
「こんにちは。」
「ああ、いらっしゃいませ。」
この店主は、八年も経つというのに少しも変わっていない。
雰囲気も、外見も。
まるで歳をとっていない。
「……あの」
しばらく男を眺めていた少年は、口を開いた。
「この店の本、いつになったら読み終わるんですか。八年も借りていて終わらないなんて、どうかしてます。いい加減店を返したいんですけど。」
その言葉を聞いて、少しの間のあと、男は「ああ。」と気付いたように少年を見た。
その口から出た言葉は。
「この店の本、終わりませんよ。」
信じられない一言だった。
今までここに通いつめ、全て本を借りようとしてきた自分は一体なんだったのだろうか。
そう思うと、男に対する怒りが腹の底から湧いてきた。
かっとなって、男に掴みかかる。
「どういうことですか!俺は一体何の為にここの本を今まで読んできたんですか!」
「自殺のことが知りたかったのではないのですか。」
男は少年の手をぱしんと振り払い、椅子に座りなおした。
「きちんと本を読んでくださらない方に、この店の最後の本はお見せできません。あなたがしてきたことは、今まで自殺をしてきた方の人生を侮辱することですよ。」
「………っ!知ってたんですか…でも、だったら言ってくれてもいいじゃないですか!」
「言いましたよ、最初に。興味本位で借りることは薦めないと。規約のことも言いました。飛ばさないで読んでくださいと。」
自分を睨んだ男の目が、人間以外の何かのものに感じられた。
恐怖で足ががくがくと震える。
「私は同じ忠告は二度致しません。私を、規約を信用しなかったあなたが悪いのです。……残念ですね。あなたにはこんな風になって頂きたくありませんでした。」
男はそういい残すと、呆然と立ち尽くす少年を残し、店の奥へ入っていった。
自殺屋の本を読みきることはできない。
老人になった自分が、自殺屋の本に埋め尽くされる悪夢を、連日見続けていた。
夜中にうなされ、何度も目が覚める。
仕事に集中できるわけもなく、解雇される始末。
少年は、いや、青年は親にも見離され、途方に暮れていた。
いくら逃げても眠ればあの夢が自分を追い詰める。
こんな苦しみを味わうくらいならば、自殺屋などに出会わないほうがよかった。
ふらふらと街の中を彷徨する。
意識などないに等しかった。
車通りの激しい道の歩道に立ち、行き交う車をぼうっと眺めていた。
ふらりと足がその車のほうに向かっていたことに気付くことなく、青年は走ってきたトラックに衝突した。
そして、何が起きたのかを理解する間もなく、命を、絶った。
「なあ、あいつ自殺したんだって?」
「え、本当に!?」
「ふらふら道に飛び出したらしいよ。でもあいつ、もう高校卒業した頃から廃人に近かったらしいじゃん。自殺考えてたんじゃないの?」
「えー。高校の時はそんなこと絶対しなそうな人だったのにね!」
少年の高校の同級生の同窓会では、数分間だけこんな会話がされていた。
Case3+end
第三部終了です。これからもよろしくお願いします。