Case3-6+破
酷く気持ちが落ち込んでいた。苛々もしていた。
一ヶ月ほど前に行った模擬試験の結果がよくなかったことを、担任の教師に咎められたのだ。
「最近居眠りも増えて、生活自体が狂っているんじゃないのか。」
そんな風に言われて、これまでにないほど苛立っている。
生活が乱れているのは事実なのだが、それが自殺屋の本の為だとは口が裂けても言えない。
そんなことを言えば、頭がおかしくなったのではないかと思われてしまう。
それに、規約のこともある。
しかし正直、規約など半ばどうでもよくなっていた。
どれもこれも、調べようのない規約ばかりなのだ。
誰かに話そうが、文字を飛ばして読もうが一体それをどう調べるというのか。
少し馬鹿馬鹿しく思えた。
むしゃくしゃしていたから余計そう思ったのだろう。
家に帰ってきた少年は、鞄を乱暴に壁に投げつけ、ベッドに体を沈めた。
枕元に置いてあった本が目に入る。
少年はそれを手に取り、しおりを挟んでおいたページを開いた。
読んであるのは百二十四ページの八行目まで。
本当ならば九行目から読まなければならない。
「……馬鹿馬鹿しい!こんなの時間かけて読んでられないよ!」
ぱらぱらと適当にページを飛ばし、二百ページを開いた。
その一行目から読み進める。
別に物語ではなく、一個人の自殺理由が書き連ねてあるだけなので、飛ばしても支障はない。
自殺に対する興味というよりは、少年の気持ちは本を読みきることだけに向いていた。
それが、この少年の運命を変えてしまった。
「こんばんは。」
深夜二時に、少年が店を訪れた。
カウンターで本を読んでいた店主が顔を上げる。
「いらっしゃいませ。」
少年は男の前に本を八冊置いた。
「十冊貸してください。」
少年がそう言うと、男はその顔をまじまじと見て、すっと立ち上がった。
カウンターから出て、少年とすれ違う。
「わかりました。そこでお待ちください。今度からは私が本を棚からお持ち致します。十冊、ですね。」
少年がこくりと頷いたのを目の端で確認して、男は店の奥へと消えた。
数分して戻ってきた男の手には、十冊の本が抱かれていた。
「重いですよ。大丈夫ですか。」
「大丈夫です。」
少年は男の様子を窺いながら本を受け取る。
特にいつもと変わったところはない。
やはりあんな規約はたんなる脅しだったのだろうか。
よくよく考えれば数ページ飛ばしたくらいで何があるというのか。
本当に馬鹿馬鹿しい。
「……また来ます。」
「はい、お気をつけて。」
少年は本を抱えて帰宅した。
男がその背中を見送り、カウンターに戻る。
すると床に少年のカードが落ちていた。
「おや。」
しゃがんで拾うと、それは真ん中から真二つに割れてしまった。
手に持っていなかったほうの欠片が、床にぱたりと落ちる。
それを見て、男は悲しそうな顔をした。
「やはり…駄目でしたね。」
そして、そのカードをカウンターの引き出しにしまい、店の扉を閉めた。
自殺屋の看板が、風に揺られてキィと不気味な音を立てた。