Case3-5+崩壊
自殺屋と少年が出会って三ヶ月。
少年の読んだ冊数はもうじき九百冊になろうとしていた。
しかし、少年の頭の中に自殺の知識が増えることと反比例して、学校の授業やその知識はだんだんと減っていった。
まるで何かに洗脳されたように自殺屋の本を読み漁った。
授業中の居眠りが増え、人付き合いが以前よりも悪くなり、少年に対する周りの印象は変わっていく。
そのことに少年は薄々気づき始めていた。
このままではいけないと何度も思うが、異常なほどに自殺屋の本を読みたくなる。
店を借りるときに店主が言っていた言葉が頭をよぎった。
『興味本位で店を借りた人間は、皆自殺をしている』
ふと自分もそうなるのではないかと思う。
そう考えていると、酷く怖くなった。
もしかしたら、もう自分は自殺への道を歩んでいるのではないだろうか。
それでも、自殺屋の本は少年を惹きつけて離さなかった。
「こんにちは。」
「いらっしゃいませ。」
いつもと同じ挨拶を交わし、少年が本棚に向かう。
すると男がその後を追いかけ、後ろから右の手首を掴んだ。
少年は不思議そうに男を見て首を傾げた。
「何ですか?」
「………どこへ、行くのですか。」
その男の言葉が意味することがわからない。
本を取りに行こうとしているだけなのだ。
特にどこへ行くわけでもない。
「本を、取りに行くんですけど…何かまずいですか?」
「……いえ、失礼しました。どうぞ。」
そう言ってゆっくりと手を放す。
少年はそれと同時に店の奥へと消えた。
男はしばらくその後を見つめ、カウンターに戻る。
そこには、少年のカードが置いてあった。
そのカードにうっすらと短いひびが走っている。
そっとそのカードを手に取り、男はぽつりと呟く。
「やはり……。」
そのひびが、少年の今の状況を指し示していた。
崩れ始めて、いた。
男の『どこへ行くのか』という問いに、意味がなかったわけではない。
少年は徐々に本人も気づかないうちに、どこか離れたところへ向かっていた。
がしゃんと店の外で派手に何かが転がる音がした。
男が店の外を覗くと、自殺屋の看板が地面に伏してしまっていた。
「おやおや。」
店から体を出し、しゃがんで看板を起こす。
すると、ネジが取れて土台の骨組みから看板が剥がれ、がらんと音を立てて倒れた。
「ああ…直さないといけませんね。」
びゅうと強く風が吹き、男の帽子が高く舞い上がった。
それを目で追い、男はすっと立ち上がった。
見上げた空は、どんよりと暗く沈んでいる。
黒ずんだ雲は重たそうにこちらを見下ろし、今にも落ちてきそうである。
「嫌な天気ですね。」
ざわざわと木の揺れる音が不気味に路地に響いた。