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自殺屋  作者: 桶十芭
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Case3-3+日常

店の中は、外から見るよりは多少明るかった。

もっとも店の奥は暗闇で何も視認することは出来ないが。

噂通り、店内の壁伝いに大きな本棚が並んでいる。

三つ目の棚までは見えるのだが、そこから先は暗闇に覆い隠され何も見えない。

この店の奥の壁は、どこにあるのだろうか。

「こちらへどうぞ。」

じっと店の奥を睨んでいた少年に、男が声をかけた。

振り返ると、小さなカウンターに男が座っている。

その手が指した場所には、黒いソファがあった。

革製の、少々値が張りそうなソファである。

なんだかそれが店の雰囲気に合わなくて、少年は怪訝そうな顔をした。

黙ってソファに座り、正面の男を見つめる。

相変わらず深く被った帽子で口元しか見えない。

少年が気になって顔を覗き込もうとすると、男の口角が微かに上がった。

「私の顔が気になりますか。」

「え、あ……すみません。」

「いえ、構いませんよ。別に隠さなくてはならないほど恐ろしい顔ではありませんから。」

そう言うと、男はゆっくりと帽子をはずした。

予想以上に整った顔である。この容姿ならば、世の女性は十人中七、八人は格好良いと言うに違いない。

しかし、漆黒の瞳に光は無い。

「さて、あなたはこの店を探していたのですね?」

「……はい…。」

「なぜですか?」

たった一人の男に見られているだけなのに、百匹の虎に睨まれているような感覚。

冷や汗が少年の頬を伝った。

言葉を発することを拒否する喉を無理に開き、声を絞り出す。

「自殺ってどんなものなのか、知りたくて……。」

恐る恐る消え入りそうな声で呟いた少年をまじまじと見つめた後、男はすっと立ち上がり、少年の背後に歩み寄った。

すうっと肩に手を置かれ、少年が身を固くする。

その手は酷く冷たい。本当に血が巡っているのか疑ってしまう。

「自殺がどんなものか、ですか。」

「………。」

「自殺とは決して逃げではありません。当然自殺をする人間には個人個人それぞれに理由があります。他人にとってはくだらないことであっても、その人本人にとってはとても重いこともあります。それに耐え切れず、死を選ぶこと。それが自殺です。」

「それが、逃げじゃないんですか?」

「あなたは自殺は弱い人間がするものだと思っていませんか?」

「え、まあ…。」

「それは間違った認識です。この世で生きる人間は、誰もが弱いのです。本当に強い人間など、一人も存在しません。」

そこまで言い終えると、男は本棚に向かい、その中から一冊の本を取り出した。

それを、少年に見せる。

「この店に貯蔵してある全ての本には、自殺に関わることが記載されています。自殺がどんなものなのか、どんな人間が自殺をするのか、その自殺の理由など様々です。きっとあなたはこれらの本を読めば、自殺がどんなものなのか知ることができますよ。」

「自殺がどんなものなのか…。」

「ですが、この店を借りることはあまりお薦め致しません。」

男は少年から目を逸らし、本を棚の隙間に戻した。

ことりと、本と棚のぶつかる音が異常に大きく店内に響く。

少年は男の言葉に、わからないという風な表情をしてみせた。

男は少年の側に戻り、もう一度口を開いた。

「あなたのように興味本位でこの店を借りた方は今までにもいました。ですが、そのような方達は皆、自殺をして亡くなっていらっしゃいます。この店の本の影響に、負けてしまったのです。」

想像してみれば、絶え間なく自殺ばかりについて書かれた本を読むのだ。

気がどうかして自殺をしてしまってもおかしくないだろう。

その話を聞いて、少年は俯いてしまった。

この店について、自殺について知ることを、迷う。

自殺屋に会ったというのは全て夢だったと自分に言い聞かせ、家に帰ってしまえばいつも通りの生活が待っている。

何も知ろうとしなければ、今までと何も変わらない幸せな日常が続く。

それでも、自分の知らないことを知りたいと思うのは、人間故の性だろうか。

「……わかりました。後悔はなさいませんね?そこまで言うのでしたらお貸し致しましょう。」

じっと黙った少年の様子を見て、男は小さな溜め息と共にそう言った。

その言葉に、少年が間をおいて頷く。

男はカウンターの中に戻り、引き出しから一枚のカードを出した。灰色のしっかりしたカードである。

ぱちんと音がして、カウンターの上に置かれたそのカードには何も書かれていない。

四角く名前を書く欄があるだけ。

男はその欄を指差す。

「ここに手を置いて、名前を思い浮かべてください。」

言われたようにすると、段々とその欄の中に名前が浮かび上がった。

「いいですか、これから守って頂かなくてはならないことを話します。しっかり覚えてお帰りください。」

   

「ただいま。」

「おかえり。すぐにご飯になるわ。」

「うん、少し部屋にいるよ。用意できたら呼んで。」

家に着くと、母親がいつ通り迎えてくれた。

少年は返事もそこそこに階段を上り、廊下の突き当たりの自室に入った。

心なしか元気の無い息子を心配そつつ、母親は台所に戻る。まもなく、家の中に包丁の軽快な音が響いた。

少年は部屋の左隅に置いてある机の上に鞄を適当に投げ、向かいのベッドにゆっくりと腰を下ろした。

しばらく置いた鞄を見つめ、そのまま後ろに倒れた。

ぼすんと音がして、鼻を太陽の香りが掠めた。おそらく母親が布団を干したのだろう。

目を閉じると、耳の奥で男の言葉が自然と繰り返された。

「いいですか、本は必ず棚の左上から借りてください。それから、読むときには一文字も飛ばさないでください。一文字も、ですよ。」

説明された規約の中でもっとも頭に残っている部分。

一文字飛ばしたからといって、それをどう調べるというのだろうか。

現実的に考えればどうやっても無理なことだが、少年は男に尋ねることはしなかった。

しばらく寝転がったまま考え事をし、起き上がって鞄の中から本を取り出す。

ハードカバーの分厚い本を開く。

綺麗に並んだ文字を読んでいくうちに、いつの間にか引きずり込まれるように没頭していった。

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