Case3-1+興味
また新しくストーリーが始まります。
今回も終わるまでにどのくらいかかるかわかりませんが、出来る限り早い更新を心がけたいと思います。
「自殺屋って知ってる?」
「ああ、知ってる知ってる。」
「自殺屋?」
「自殺の本がいっぱい置いてある店だよ。自殺しようと考えてる奴が行く店なんだってさ。」
「へえ、そんなのあるんだ。」
「まあ見たことないけど。」
「でも知ってるか?その店、色々規則があって、それを破った奴は、自殺して変わり果てた姿で見つかるんだってさ。」
こんな噂話が、最近学校で流行っている。
少年は十八歳、高校三年生。
三年といえば大学受験を控え、夏の今頃、六月にもなれば受験勉強に追われているはずである。
しかし少年は他の同級生ほど根を詰めて勉強をしてはいなかった。
なぜならば、その必要がないからだ。
彼は昔からそれほどの努力をしなくても人以上の能力があった。
両親が秀才ゆえにそうなのかはわからないが、学校で習うことは大抵授業を聞いていればほぼ理解でき、予習復習などということは滅多にしない。
考査前にほんの少しノートを見る程度で、ほとんどのテストは九十点台になる。
生まれながらにしての天才ということだ。
スポーツもその他のこともそつなく何でもこなし、容姿も整っている。
両親はどちらも立派な職業に就いていて家も裕福となれば、当然誰もが彼をうらやんだ。
進路も有名国立大学のK大学に決め、少年はなんの不幸せを感じることなく生活をしていた。
「あ、やばい俺塾行かなきゃなんだ!」
「塾?大変だねぇ。」
「お前と違って勉強しなきゃ出来ないからな。いいよな、勉強しなくてもできちゃう奴は。」
「学校で授業ちゃんと聞いてれば簡単じゃないか。」
「馬鹿、そこがお前と俺の頭の差だって。じゃあまた明日な!」
「ああ。」
塾に向かった友人を見送り、少年は誰もいなくなった教室を見渡した。
先ほどまでクラスメイト達が騒いでいた噂を思い返す。
『自殺屋』という店の存在が確かなものなのかはわからないが、少し興味は湧いた。
そもそも自殺というものがどんなものなのか、少年は考えたこともなかったのだ。
もし本当にそんな店があるのならば、そこの本を読んでみたい気もした。
「馬鹿馬鹿しいな、そんな店あるわけないじゃないか。」
たかが噂に、考えすぎじゃないかと自嘲して、少年は教室を後にした。
そんな噂でしかない自殺屋に、彼はすぐに出会うことになる。
「おっと。」
「あ、すみません。」
ぼうっと考え事をしながら歩いていると、少年は一人の男と正面衝突した。
その衝撃で、男の持っていた黒い袋がどさ、と音を立てて地面に落ちる。
少年が落ちたその袋を拾おうとしゃがむと、その中から数冊の本が姿を覗かせていた。
その内の一冊だけ、タイトルが見える。
『自殺のすすめ』
そんなタイトルは見たことがない。
少年は少し怪訝そうな顔をしたあと、袋を拾い上げ、男に渡した。
「申し訳ありません。」
丁寧にお辞儀をしたその男は、黒い帽子を深くかぶり、顔は下半分ほどしか見えない。
結構な長身で、なんだか不思議、というよりは不気味な印象だった。
「あ、いや。俺こそすみません、ぼーっとしてたから。」
「それは私もですから。…高校の帰りですか?」
「え、まぁ。」
「そうですか。お気をつけてお帰りくださいね。」
「はあ、どうも。」
現代の日本で、たかが高校生に対して珍しい話し方だな、と思いながら男とすれ違い、帰路に戻る。
数メートル歩いたところで、本のことを思い直す。
「自殺のすすめ……自殺?」
もしやと思い、すぐに振り返る。
しかしそこにはもう男の姿はなかった。
少年は少し残念に思って、もう一度家の方向に身体を向ける。
するとそこには、すれ違ったはずの男が立っていた。
「うわ!?」
「何か御用でしょうか?」
「えっ…あ、あんたなんで……さっき…」
そこに男がいるという状況が巧く理解できず、少年は少しうろたえた。
まず何を言ったらいいのかがわからない。
「ああ、すみません驚かせて。あなたが何か私に用事があるように見えたので。」
「え?」
「何もありませんでしたか?そうでしたらお引止めして申し訳ありません。」
「あっいや、あの……もしかして、自殺屋さん…?」
少年が恐る恐るそう尋ねると、男は一瞬あっけに取られたような顔をしてから、にこりと笑って頷いた。
「ええ、そうですが。よくご存知ですね?」
自殺屋などという禍々しい名前の店を経営しているわりに、優しそうな人だな、と少年は内心ほっとした。
規則を破った人間は自殺をするという噂を聞いていたので、もっと人を呪っているような人間が店主だと思っていたのだ。
「何か御用がお有りですか。」
丁寧に聞かれて、少年は困った。
特にこれといってはっきりとした用事があるわけではない。
ただ、少し興味を持った店の店主に思わぬ形で会え、思わず聞いてしまったのだ。
何をどうする、ということもない。
「えっと…その…」
「自殺を、お考えですか。」
戸惑う少年に、店主は一言尋ねた。
その言葉に、少年の顔が強張る。
店主の目が、生き物の目以外のなにかに見えた。
緊張でも恐怖でもない感覚。身体が動かない。
「違いますか。」
「ち…違います…俺、自殺なんて考えて…」
今の生活になにも不満も不安もないのだ。自殺など、考えたこともない。
ただどんなものなのか、知りたいだけ。
「…そうですか。ならばお帰りなさい。あまり私と関わっても良いことはありませんよ。」
男は少し、ほんの少しだけ微笑んで、少年に小さく会釈をし、身を翻して人混みに消えていった。
少年は一人残され、しばらくは現実とかけ離れた感覚に襲われその場に立ち尽くしていた。