Case2-5+決意
一年が過ぎた。
少女はひたすら自殺屋の本を読むことに没頭していた。
本を読むことが、少女の生甲斐のひとつになったと言っても過言ではないだろう。
自殺屋の店主はなんの変わりもなく、そんな少女の姿を見ていた。
「こんにちは。」
「ああ、いらっしゃいませ。」
少女は店に入り、にこやかに男に挨拶をした。男も同じように、微笑んで返す。
持っていた本を棚に戻すと、新しい本を手に少女はカウンターの前に置いてある椅子に座った。
男がじっと少女を見ると、少女はにっこり笑って話を始めた。
「私、もう一度学校に行くことにしたんです。」
「おや、そうですか。」
「ずっとこのままでいるわけにもいかないし、城田さんや自殺屋さんに勇気を貰った気がするから。私、自分で自分が変わったと思うんです。」
「ええ。私もそう思いますよ。貴女の心からは大分自殺の影が薄れていっています。良い傾向ですね。」
「ありがとう。でも、もう少し、この店の本を読みきるまで借りていてもいいですか?」
「もちろんです。是非読みきってください。」
男がこくりと頷くと、少女は嬉しそうに笑った。
一年前の少女の姿は、もうどこにもない。
椅子から元気に立ち上がると、男に笑顔で「また。」と告げ、本を持って外に飛び出していった。
「城田さん!」
少女が帰りがけに向かったのはカウンセリング。
学校のことで忙しく、ここに来るのは一週間ぶりであった。
はしゃぎながら部屋を覗き込むと、城田は少女に気づいて手招きをした。
「久しぶり。元気そうだね、よかった。」
「うん!私、学校に行くの。」
少女がそう報告すると、城田は心から喜び祝福をしてくれた。
しばらくすると、少女をソファに座らせ、正面に座って真面目な面持ちになった。
真っ直ぐに少女の目を見つめ、口を開く。
「俺、君のことが好きなんだ。本気だよ。歳は離れているけど、絶対に後悔させない。付き合ってくれないか。」
城田の突然の告白に、少女は戸惑った。
次いで嬉しそうにはにかみ、強く頷く。
「嬉しい。ありがとう、城田さん。」
その時、少女のかばんが倒れ、中から五冊の本が崩れ出た。
ごとりと本が床にぶつかる音がして、少女は慌てて本を拾い上げた。
その様子を見て、城田は不思議に思った。
只の本を、なぜそんなにも焦って隠すのかがわからなかった。
「それ、なんの本?」
城田に尋ねられて、少女は少し困った顔になった。
頭の中で、自殺屋の男の声が廻る。
『この店のことは誰にも話さないでください』
その忠告を忘れたわけでは当然ないが、少女は自殺屋の話を城田にした。
自殺屋との出会い、店主の人柄、本の内容。所々で城田に誰にも言わないよう念押しをしながら。
全てを話し終わると、城田はあまり良い顔をしなかった。
「あまりその店、行かないほうがいいかもしれない。」
「どうして?」
「何か変な感じがしない?ちょっと怖いよそれ…」
「でも自殺屋さんは凄く良い人なの。きっと大丈夫だよ。」
城田は嫌な予感がしていた。
その予感がそれほど時間をおかずに現実になる。