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自殺屋  作者: 桶十芭
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Case1-1+少年

自殺をしよう。


一人の少年が細い裏路地を彷徨していた。

彼の目的は、自殺場所探し。

ふらふらと歩き続けてすでに4時間。

別に家でもいいと思ったが、それでは親に迷惑がかかる。

出来るだけ誰にも見つからないように自殺をしようと、少年は人のいない場所を求めて当てもなく彷徨い続けた。

そんな彼の目に飛び込んだ、一枚の看板。

   

+自殺屋+

   

見たこともないその看板に、自然と目を惹きつけられる。

「…なんだろうこの店…。自殺を手伝ってくれるのかな?」

少年は、少し戸惑い、店の中へと足を踏み入れた。

外観では、とても小さく古びた店だが、中に入ると異常に広く、暗くなった店の奥はまったく見えない。

不思議な雰囲気に満ちた店内だが、ひとつはっきりわかることがある。

それは、大量の本が棚に並んでいること。

本屋なのか、図書館なのかはわからないが、この本をどうにかする店なのは確かであろう。

少年は一度店内をぐるりと見渡すと、ゆっくりと本棚に近づいた。

そして並んでいる本達を見て、眉間に皺を寄せる。

本の題名はどれも、自殺に関するもの。当然中身もだろう。

一番左上の本を棚から取り出し、最初のページを開く。

『自殺とは』

そう題されたその本の内容は、題名にしっかりと沿っている。

延々と自殺について書き綴られたその本は、約300ページほど。

その全てが小さな文字で埋め尽されている。

綺麗に整理された文字の羅列を、ただ黙々と読み進める。

その本には作者も出版社も書いていない。

真っ黒な表紙に白抜きの文字で題名が書いてあるだけである。

いかにも怪しいその本を飽きることなく最後まで読みきった。

なんだか妙に晴れた気分になった少年が本を棚に戻すと、背後から足音が聞こえた。

すぐに振り返るがそこには誰もおらず、かなり離れたカウンターに人間が座っている。

確かにすぐ後ろで歩く足音がした。

しかしその人間は座って、いるのだ。

一気に少年を寒気が襲った。

あれは本当に人間なのかと恐怖を感じる。

「そんなところに立ち尽くしていないで、こちらへどうぞ。」

声を発したその生き物が男だと、理解した。しかしさらに人間だと思えなくなった。

あんなにも離れたところにいるのに、声が耳元から聞こえるのだ。

低く、腹の底に響くいつまでも耳の奥に残る声音。

「さぁ。」

促されて、暫く固まったままだった少年は、一度ごくりと唾を飲み込みカウンターへと向かった。

冷や汗すら出ない。

カウンターに着くと、男はぺこりと軽くお辞儀をした。

「ようこそいらっしゃいました。」

「あ…あの、ここって何の店なんですか?」

「ここは『自殺屋』ですよ。外に看板があったでしょう。まさかわからずに入って来たのですか?」

「いえ、そうじゃなくて…どんな店なのかなって…」

少年が弱々しい声で尋ねると、男は立ち上がり、少年に背を向けて話し始めた。

「そのままですよ。ここは、自殺について知って頂く為の店です。先程本を一冊お読みになったでしょう。」

くるりと突然身を翻し、男は少年に言った。

いまいちどんな店なのかはっきり理解できない。

自殺について知る為の店とはどういうことなのか。そのままの意味なのだろうが、何せ少年はそんな店を聞いたことも見たこともない。想像は微塵も湧かなかった。

「あの、じゃあここは自殺の本を売る本屋なんですか?それとも図書館?」

その問いに男は小さく首を横に数回振った。

「どちらとも言えませんね。本をお売りするわけではありません。貸し出すのです。しかし、図書館とは異なります。一人にしか、貸し出せませんから。」

「一人?」

「ええ。」

そこまで話して、少年も男も黙った。

沈黙が、二人の間の空気にのしかかる。

男はうつ向いた少年の顔を覗き込んで声をかけた。

その質問に、少年の息が詰まる。


「自殺を、したいのですか?」


その一言を聞いただけで、少年はこの男に今までの人生を見透かされたような気分になった。

生唾を飲み込み、ゆっくりと一度頷く。

すると、男はにこりと笑ってカウンターの上に一枚のカードを取り出した。

「それではあなたにこの店を貸し出しましょう。さあ、手を出してください。」

店を貸す、という男の言葉に戸惑いながら、少年は手を出し、言われるままにカードの上に置いた。

ひやりと冷たい感覚が、掌を伝う。

「ここにあなたの名前を。思い浮かべるだけで結構です。」

そう言われて少年が自分の名前を思い浮かべると、カードに独りでに名前が浮かび上がった。

黒いカードに赤色の名前。

なんとも不気味な配色である。

「これでこの店はあなたのものです。」

「僕の…もの?あの、お金とか要らないんですか?」

「いえいえ必要ありませんよ。ただ、少し決まり事、というか注意がありますので覚えて帰ってください。」

言って、男は再びカウンターに腰を下ろした。

真っ直ぐ少年を見つめ、口を開く。

「まず、このカードは紛失しないでください。割ったりしてもいけません。紛失した時あなたの身の保証はいたしません。それから、この店のことは誰にも話さないでください。本は一度に何冊借りても結構です。ただし、必ず左上から借りてください。一冊も飛ばしてはいけません。貸し出し期限はございません。いつか必ず返しに来ていただければそれで。本を読むときは、一文字一文字丁寧に読んでください。一文字も飛ばしてはいけませんよ。そのあとどうなっても当店は責任を一切負いませんので。このくらいです。何かご質問は。」

「ええと…その、一文字一文字飛ばさずに読むっていうのは…。例えば僕が2、3文字飛ばしても、それを確認するなんてできるんですか?」

「できますよ。」

「どうやって?」

「方法は問題ではありません。あなたが信じるかどうか、ですよ。」

にやりと笑われ、少年は押し黙った。

信じるしかない、そう気付く。

「最後の確認です。この店を借りますか?」

「あ、あの、もし途中でこの店を返したくなったらカードを返せばいいんですか?」

「いえ、その必要はありません。あなたがこの店を必要としなくなるときは、自殺をなさるときですから。」

背筋を冷たいものが這った。

硬直してしまった少年を見て、男はにこりと笑った。

「そんなに脅えることはありませんよ。大丈夫です。さ、どうなさいますか?」

男が差し出したカードを、少年は戸惑いつつ受け取った。

「ありがとうございます。それでは本を持ってお帰りください。先程説明した注意をくれぐれもお守りいただきますよう。」

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