【短編】女の敵は女、果たしてそうでしょうか?
「レイラ・フォード公爵令嬢、貴様を嫉妬深さから虚偽を流布した罪で婚約破棄する!」
「えっ……」
舞踏会のさなか、王太子ローリーの突然の宣言に周囲は騒めいた。
王太子が婚約破棄を宣言したことと、その理由の両方に。
当然宣言された私レイラ・フォードも唖然とする。
けれど私が驚愕した理由はそれだけでは無かった。
時間は半年前に遡る。
王命で婚約した私とローリーだが、少し前から二人の仲は宜しく無かった。
理由は簡単で、男爵令嬢カーラがローリーに付き纏うようになったからだ。
私とローリーは普段貴族学園に通っているが生徒は皆平等という建前を利用しカーラはローリーに接触を重ねていた。
先日など家庭科の授業で作ったというクッキーをプレゼントしていたのだ。
相手は婚約者のいる男性、更に王太子だ。
流石に私はカーラを呼び出し、彼女に身の程を弁えろと厳重注意をした。
すると何故かローリーから今度は私が嫌味交じりの注意をされた。
未来の王妃となる女が堂々と差別的な行動をするなと。
正直意味がわからなかった。
けれど彼を溺愛している王妃にも更に注意され私は何もできなくなった。
みっともない真似をするな、嫉妬深い女は醜い。そう鼻で笑われて「女の敵は女」だと私は思った。
しかもその後、当てつけのようにローリーはカーラと校内で仲良くし続けた。
カーラは私を見ると肩を震わせるがローリーが慰めると安心したように微笑んだ。
「これでは私が悪役じゃないの……」
「実際お姉さまは下級生徒達から悪役令嬢と呼ばれてますわよ」
中庭でのお茶会。
そう容赦ない言葉を返すのは一つ下の妹シンシアだった。
「私は間違ったことなんてしていないわ!」
怒り混じりに言い返すとシンシアは紅茶をゆっくり味わってから口を開く。
「果たして、本当にそうでしょうか?」
シンシアは我が妹ながら才女として名高い。
実際、幼い頃から不思議と達観して大人びたことを言う娘だった。
「女の敵は女……よく耳にいたしますが、私はそれだけでは無いと思っています」
「……どういうこと?」
「何故男爵令嬢ごときが王太子殿下にそこまで気安く接触が出来るのでしょう」
「それは……殿下がそれをお許しになるから?」
自分で口にしてハッと気づく。
妹を見つめると彼女はにっこりと微笑んだ。
「一年前、隣国の王太子が慰問の際に孤児に扮した刺客に襲われた事件がございましたわね」
なんでもその犯人は逃走して見つかっていないとか。
当時は騒がれていたが今は忘れ去られた事件をシンシアは告げる。
つまり、それを利用しろということか。私は頷いた。
私は父に頼み、公爵家のツテを使って国内に隣国から逃げた刺客が潜入している「可能性」があると流布して貰った。
そして私は我が子を溺愛している王妃に王太子の警備を厳重にするよう進言した。
元々が平和だとはいえ緩すぎたのだ。
王太子には授業以外では常に護衛騎士がつくようになった。
流石にそんな彼に気安く近づく生徒はいない。カーラも流石にそう言った空気は読めているようだ。
卒業まであと半年と少しだ。このままの状態を維持すれば王太子と男爵令嬢は一線を越えずに済む。
そう安堵した私が甘かったのか。
「嫉妬深いとは、何のことでしょうか」
「貴様が俺を女生徒と近づかせない為に国内に刺客が潜入しているとデマを流布したことはわかっている!」
「そんな……決して嘘などではございません」
隣国の王太子を襲った刺客は逃走し行方不明なのだから本国に潜入している可能性は当然あるのだ。
調べたところその刺客はある狂った宗教の信者という話だ。つまり隣国に恨みがある訳では無いのだ。
「逃げた刺客は、教義によって高貴な者の心臓を食らうと来世は同じくらい高い身分になれると信じている可能性があるのです」
「知るか、居るか居ないかわからない狂人を利用して貴様は俺を束縛しているだけだ。こんな者と夫婦になどなれるか!」
そう王太子は私を怒鳴りつけるともう一度婚約破棄を宣言した。
こうなっては覆すことは出来ない。王命だろうと無理だろう。
私もそこまでしてこの男と夫婦になりたくもない。
未来の王妃という地位もそこまで欲しくはなかった。
もう、うんざりだ。
「婚約破棄の御命令、承りました」
私は王太子にそう告げ礼をすると舞踏会の会場を後にした。
父に報告すると叱られもせず、寧ろ王太子に対し呆れていた。
「お前は悪くない。だが王都には居づらいだろう」
そう言われ、私は王都から離れた別荘で療養することになった。
私は卒業間近な為通学自体は大分前から不要だ。
しかし一つ下の妹まで休学してついてきたのは意外だった。
「だって巻き込まれたくありませんもの」
「上手く出来なくて、ごめんなさいね」
別荘の中庭で薔薇を愛でながら言うシンシアに私は謝った。
彼女は首を振りにっこりとこう返す。
「お姉さまの件ではございませんわ」
その時の私は妹の言葉の意味が良く分からなかった。
けれど数か月後、その意味を知る。
『王太子殿下、卒業式の日に惨殺される』
『犯人はカーラ・ノーティス男爵令嬢』
『匿っていた外国籍の男に唆されたとのこと』
『犯人の男女二名は自害、王太子の心臓食した跡有』
食堂で本日届いた新聞に踊る恐ろしい見出しを見詰め私は震える。
王都から数日遅れで届いた新聞に目を通すのは朝食前の日課だったが、こんなものを見た後で食事など無理だ。
「お姉さまおはようございます、どうかいたしましたか?」
「シンシア……王太子殿下が」
食堂に入って来た妹に震える声で告げ、新聞を指差す。
食後にするべきだったかと後悔したがシンシアは軽く驚いただけだった。
「きっと学園の教師も生徒も王家からの盛大な八つ当たりを今頃受けているのでしょうね」
「シンシア、貴方……」
「お姉さまを悪役令嬢呼ばわりして、男爵令嬢を後押ししたのですもの自業自得かしら」
そこまで予想していたからこそ、シンシアは学校から離れる決断をしたのか。
そう口に出し確かめることを何故か私は躊躇ってしまう。
ねえ、お姉さま。そんな私に彼女は呼びかけた。
「今回の件、やっぱり女の敵は女ではございませんでしたわね」
そう微笑んでシンシアは笑顔で湯気を立てるスープを飲んだ。




