【短編】新緑の老賢
一人の男が、焼け落ちた集落を歩いている。獅子のような獣人だった。だが、たてがみが抜け落ちて、やせ細っている。まだ若いはずなのに、その風貌は老人のようだった。男が歩いているその集落には、誰も残っていない。
かつてこの森を、異世界の魔王率いる軍隊が襲った。その時に、この森の集落という集落を焼き払うように命令したのだ。命じられた将軍は、疑問を口にした。
「なぜ、そのようなことをする必要があるのですか?」
魔王は、こう答えた。
「勝つためには必要だからです。詳しい理由の説明は難しいので、とりあえず片っ端から片づけて下さい。一人でも逃すと面倒なので、念入りに排除するようお願いします」
将軍は、その命令に従った。彼は逆らえなかった。軍人だし、魔王に抗議するためのルールもない。その上、魔王は人の心を読むことが出来た。逆らう方法が、無かった。
将軍は、その命令を完全に遂行した。彼は優秀だったので、本当に命令通りに遂行した。集落に住む者たちを、根絶やしにした。彼の仕事は、完璧だった。
男はその命令を遂行した将軍だった。彼は、あまりの罪悪感に、誰にも言わずに軍から去った。その将軍が、自分が焼き払った集落を歩いている。
歩いているが、何か目的があるわけではない。歩いているうちに、怒りに満ちた復讐者の手によって殺されて、そのまま死にたいと思っていた。だが、そんなことはあり得なかった。なぜなら、彼の仕事は完璧で、集落を焼き払う彼の顔を覚えている者など、誰も残ってなど居ないのだから。
男は、歩き続けた。時々、石や切り株に腰かけて休みながら、歩き続けた。森にある全ての集落の跡地を周ったが、誰にも会わなかった。彼を罰する者は、誰も見つからなかった。
男は、長い棒と、種子の入った袋を持って、焼け落ちた集落を歩くようになった。歩きながら、時々棒で穴をあけて、そこに種子を落としていく。あまりにも多くの遺体が残っているので、墓を作る場所がない。そこで、種を植えて、森を作って、それをもって墓にしようと考えた。彼らは森の木を信仰対象とする者たちだったので、それが良いのではないかと考えたのだ。
彼は種を植えながら、歩き続けた。ずっと、歩き続けた。
彼は寝る前に、木を彫って木像を作っていた。その木像は、彼が殺した住民の姿の形をしていた。ノームという、小人のような住民だった。彼は、何も見なくても、その造形で木像を作ることが出来た。なぜなら、あまりにも殺したために、魂にまでその造形が焼き付いているからだ。
男は、木彫りをしながら、かつて魔王が言っていたことを思い出した。魔王もまた、優れた造形師だったからだ。
「やはり、もっと作る対象の造形を確認しないと駄目ですね。頭に焼き付けて、目の間に居なくても思い出せるほどに焼き付けないと……」
男は、魔王が言っていたことは正しかったことが分かった。彼の作ったその木像はとても良く出来ていて、今にも動き出しそうだった。だが、木像なので動くはずなどなかった。
男は、長い年月をかけて、ずっと同じことを日々繰り返していた。男の植えた種子は、芽吹き始め、少しずつ成長を始めた。成長を始めた木々は、焼き払われた集落を覆うように、成長していった。
男の造っていた木像も、どんどん増えていった。作れば作る程、その腕は上達していった。
ある日、男が作った木像を床に置くと、奥の方にあった木像が動き出した。男は目を見張った。木像なので、動くはずなどないからだ。当然、動くはずなどない。動いていたのは、木像ではなかった。ノームが、木像に混じってそこに居た。
男は集落のノームを全て殺し切ったが、集落以外にも点在して暮らしているノームたちも居た。そう言った者たちは、根絶やしから免れたのだ。そのノームは、木像を彫っている男を、興味深そうに眺めた。
男は、そのノームを眺めていた。やっと罰が下ると期待していた。だが、ノームにそんな様子はない。そのノームは集落とは無関係だったので、男が虐殺した将軍かどうかなど知らないからだ。
男は、そのノームを追い出した。彼が求めていたのは復讐者であり、好奇心に満ち溢れた者では無い。
その日以降、時々ノームが顔を見せるようになった。並んでいる木像を見て驚いたり、同じポーズを取って遊んだりしている。来るのは最初の一人だけではない。仲間に教えたのかどうかは分からないが、どんどん数が増えてくる。その誰もが、男が虐殺者だと知らない。
男は、いい加減、口で説明しようとした。そして、気がついた。長らく誰とも話していなかった男は、完全に喋り方を忘れていたのだ。喋ろうとしても、良く分からない、モゴモゴした何かしか発音できない。
そんな男を、ノームたちは面白そうに見つめている。男は、手を振り回して、彼らを追い出した。
誰も、男を、罰してくれない。
男は、種を植え続け、木像を作り続けた。種から生えた木々は林から森へと変貌し、数多くの木像は、かつてここにあった集落を示すかのように、森の中に置かれた。
老人のような風貌だった男は、長い年月によって、本当に老人になった。
ノームたちは、相変わらず男の周りに居て、好奇心に満ちた目で見つめている。その目線には、敬意すら含まれていた。
誰も、男を、罰してくれない。
ある日、男は彫ってる途中の木彫りの木像を、胡坐をかいた足の間に置いたまま、動かなくなっていた。男は、死んでいた。自然死だった。誰も、彼を殺してくれなかった。
ノームたちは、男が死んでいるのに気がついて、悲しんだ。何となく、彼のことを賢者か何かだと思っていたのだ。誰も、彼が虐殺者だったなどとは知らない。
ノームたちは、彼の遺体を運んで、大きな木の近くに置いた。そして、何かの儀式を始めた。
その大きな木は、彼らの信仰対象だった。その木は、ノームたちの祈りに反応して、近くの者を取り込んで、植物と動物の間の何かに変貌していく。
彼らは、このまま賢者が朽ち果てていくのを惜しみ、木と一体になって貰うことにしたのだ。
信仰とは、祈る者の為のものであって、祈られるモノの為のものではない。男は虐殺者であったが、それを知らないノームたちにとっては、どうでもいい話だった。彼らにとって、男は賢者だったのだ。
男を取り込んだ木は、祈りが増えるに従って、どんどん大きくなっていく。その造形は、どこか獅子のように見えた。木は巨木となり、その獅子は、森を見下ろすまでになった。
ノームたちは、今でもこの獅子を祈っている。彼らは、この巨木のことを、新緑の老賢と呼んで、崇拝している。
死んでもなお、誰も、男を、罰してくれなかった。
私の書いている小説「冥府魔道」の番外として書いた話になります。単体で短編になりそうだったので、切り出してみました。
こんな雰囲気の小説になります。もしご興味がありましたら、読んでいただけると嬉しいです。
https://ncode.syosetu.com/n9557lk/




