表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

微笑みの裏で糸を引く

作者: 白昼夢

王立学園の卒業記念舞踏会は、私――セレスティア・フォン・ルーヴェンにとって、長い仕込みの終着点だった。


 絹のドレスを揺らしながら、私は完璧な淑女の微笑みを浮かべる。

 周囲の貴族令嬢たちは、憐れみと蔑みの混じった視線を私に向けていた。


「まあ……あの悪役令嬢が、まだ王太子殿下に縋っているなんて」


 ひそひそと聞こえる声に、私は心の中でくすりと笑う。

 ええ、そう見えるでしょうね。

 あなたたちの目には、私は“婚約者の座に固執する、嫉妬深い悪役令嬢”に映っているのだから。


 ――けれど。


(本当に愚かなのは、誰かしら?)


 私の視線の先には、王太子アルベルト殿下と、彼の隣で可憐に微笑む平民出身の少女、リリアーナがいた。


 学園に入学してきたその日から、彼女は“聖女のように純粋で優しい少女”として持ち上げられ、いつの間にか私からすべてを奪っていった存在。


 ええ、表向きは、ね。



 私が「悪役令嬢」と呼ばれるようになったのは、リリアーナが泣くたびだった。


「セレスティア様に、ひどいことを言われました……」


 その一言で、周囲は私を糾弾する。

 証拠など必要なかった。

 私は由緒正しい公爵令嬢。

 彼女は健気な平民の少女。


 物語は最初から決まっていた。


 けれど私は、声を荒げることも、露骨な反論もしなかった。

 ただ、微笑みを崩さず、丁寧に頭を下げた。


「もし私の言動で傷ついたのなら、申し訳ありませんわ」


 そのたびに、彼女は少しだけ安堵したような顔をした。

 ――私が何も気づいていないと、信じて。


(腹黒なのは、どちらかしら)


 リリアーナは確かに計算高かった。

 けれど、詰めが甘い。


 私は彼女が“わざと誤解を招く言い回し”をしていること、

 人前では善意を装い、二人きりになると別人のように振る舞うこと、

 そして、王太子殿下に同情を誘うため、涙の出る角度まで研究していることに、とうの昔に気づいていた。


 だから私は、記録した。

 すべてを。



 舞踏会の途中、アルベルト殿下が突然、楽団に合図を送った。


 場の空気が変わる。

 ――来たわね。


「皆に、発表がある」


 殿下はそう言って、私をまっすぐに指さした。


「セレスティア・フォン・ルーヴェン。君との婚約を、ここに破棄する」


 会場がどよめく。

 リリアーナは私の背後で、かすかに息を呑む音を立てた。


「そして私は、リリアーナを新たな伴侶として迎えたい」


 拍手が起こる。

 感動的な恋の成就。

 ――表向きは。


 私は一歩前に出て、深々と礼をした。


「承知いたしました、殿下」


 そのあまりに落ち着いた態度に、殿下は一瞬言葉を詰まらせる。


「……だが、君はこれまでリリアーナに数々の嫌がらせを――」


「その件でしたら、説明の機会をいただけますか?」


 私はにこやかに言った。


「え?」


「殿下のお言葉通りなら、私は断罪される立場。ですが、罪には証が必要でしょう?」


 ざわめきが大きくなる。

 私は懐から、小さな魔導具を取り出した。


「こちらは記録用の音声魔導具です。ここ一年分、すべて残っていますの」



 再生された音声は、会場を凍りつかせた。


『……本当に、あなたって鈍いのね。少し泣けば、みんな私の味方なのに』


『セレスティア様? ああ、大丈夫ですよ。あの方は、私が泣いても何も言い返せないもの』


 ――リリアーナの声だった。


 続いて、複数の場面が流れる。

 彼女が自作自演で誤解を誘導する様子。

 周囲の令嬢を扇動する言葉。

 そして、王太子にだけ見せる、計算された弱さ。


 リリアーナの顔から、血の気が引いた。


「ち、違います! こんなの、作り物で――」


「魔導具は改竄できませんわ」


 私は静かに告げた。


「殿下。私は、あなたが真実を見ようとしないことも、すべて理解した上で、ここまで待ちました」


 アルベルト殿下は、愕然としたまま立ち尽くしている。


「あなたは“都合のいい聖女”を求め、私は“邪魔な婚約者”だった。それだけのこと」


 私は微笑んだ。


「――ですから、婚約破棄は願ったりですわ」



 その後は、まさに転げ落ちるようだった。


 リリアーナは虚偽と扇動の罪で学園を追放。

 殿下は王位継承権を大きく下げられ、政治の世界から事実上外された。


 そして私は。


 公爵家の後継として正式に認められ、

 他国との外交を担う立場へと進んだ。


 舞踏会の夜、テラスで夜風に当たりながら、私は一人、息をつく。


「……ようやく、終わったわね」


 腹黒?

 ええ、そうでしょう。


 でも、先に嘘をついたのは誰?

 人の善意を踏みにじったのは誰?


 私はただ、微笑みを武器に、理不尽を返しただけ。


 月明かりの下、私はドレスの裾を翻し、前を向く。


「さて。これからは、私の物語ですわ」


 すべてを取り戻した悪役令嬢は、もう誰にも利用されない。


――すっきりと、幕は下りた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ