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惚れ薬を消すために必死で解毒剤を作ったけれど、夫は最初から正気だったらしくて溺愛が止まりません

作者: たまユウ
掲載日:2025/11/29

 公爵邸の食堂は、今日も静寂と美しさに満ちていた。

 

 磨き上げられた銀食器が朝の光を反射し、花瓶に活けられた白百合が芳醇な香りを漂わせている。


「クーデリア。顔色が優れないようだが、昨夜はよく眠れなかったのか?」


 報告書を読んでいた夫、マリウス・フォン・ベルンシュタイン公爵が、その青灰色の瞳を私に向けた。


 「氷の貴公子」とあだ名される彼は、その冷徹な美貌と辣腕ぶりで国中の令嬢の憧れの的だ。そんな彼が、私のような地味で取り柄のない男爵令嬢を、狂おしいほどに溺愛している。


「……いいえ、マリウス様。少し、季節の変わり目で体が重いだけですわ」


「そうか。無理はしないでくれ。君が倒れでもしたら、私は生きていけない」


 彼は自然な動作で私の手を取り、その指先に口づけを落とす。



 甘い言葉。熱い体温。



 側仕えのメイドたちが、羨望のため息をつくのが聞こえる。

 男爵令嬢という低い身分でありながら、国一番の公爵様に溺愛される。それは、側から見ればお伽噺のようなシンデレラストーリーだろう。



 けれど、私にとっては、残酷な拷問でしかなかった。



 私は知っているからだ。



 この愛が、――「偽物」であることを。




―・―・―




 半年前。王宮で開かれた夜会のことだ。


 薬草学を趣味とする私は、友人から「片思いの相手を振り向かせる薬」を頼まれていた。


 本当はこういうお薬を作るのは友人のためにも良くないと思ったけれど、「一生のお願い」と泣きつかれ、断りきれずに古文書を参考に『特級魅了薬(ラブポーション)』を調合した。


 それは、飲んだ相手に一時的な好意を抱かせるだけの、他愛ない気休めの薬のはずだった。


 けれど、恋愛を冒涜するような薬を作ってしまった私に対して、罰が下ったのだ。



 それは会場で起きた。


 私は不運にも給仕とぶつかり、あろうことかその小瓶の中身を、近くにあったグラスの中にこぼしてしまったのだ。

 そして、そのグラスを手に取り、一息に煽ったのが彼、マリウス公爵だった。


『……ん?甘い香りがするな』


 彼は眉一つ動かさずに飲み干した。


 私が青ざめて謝罪しようとした瞬間、彼の瞳がとろりと揺れ、熱を帯びた。


『……見つけた。私が探していたのは、君だったのか』



 そこからの記憶は曖昧だ。



 沢山の人達が周りにいる中でのいきなりの求婚。公爵家からの強引な釣書。あれよあれよという間の結婚式。


 私は何度も「あれは間違いです」、「薬のせいです」と叫ぼうとした。けれど、彼のあまりの剣幕と、実家の両親の狂喜乱舞する姿に、真実を告げる喉は塞がれてしまった。



(ごめんなさい。ごめんなさい、マリウス様……)



 私は朝食のパンを小さくちぎりながら、心の中で懺悔を繰り返す。


 薬の効果はとっくに切れているはずなのに、彼の愛は冷めるどころか増すばかりだ。

 もしかして私は、調合を間違えて、永続的な効果を持つ『禁忌の呪い』を生み出してしまったのだろうか?


 もしそうなら、私は彼の一生を奪った大罪人だ。

 本来なら、私のような地味な女など、彼の視界に入るはずもなかったのに。


「クーデリア、今日は王宮の温室でお茶会があるのだろう? 送っていくよ」


「い、いえ!公務でお忙しいマリウス様の手を煩わせるわけには……」


「妻を送る以上に重要な公務などないさ」


 彼は優しく、しかし有無を言わせぬ強さで微笑んだ。

 この優しさが、私の心を締め上げる。



 私は半年前に決めたのだ。



 私の持つ薬学知識のすべてを賭けて、この呪いを解く『解毒剤』を作ることを。



 彼を正気に戻し軽蔑され、捨てられることこそが、私に許された唯一の贖罪なのだから。




 王宮のガラス温室は、むせ返るような花の香りと、貴婦人たちの香水の匂いが混じり合っていた。

 私は極力目立たないように、壁際の席を選んで腰を下ろした。


「あら、皆様ご覧になって。噂の『地味公爵夫人』がいらしたわよ」


 その声に、会場の空気がピリリと凍りついた。


 扇子で口元を隠し、大輪の薔薇のようなドレスを纏って現れたのは、ビクトリア・フォン・クロイツ侯爵令嬢。

 燃えるような赤髪と、勝ち気な猫のような瞳を持つ、社交界の華だ。


 そして――彼女は、以前から「次期ベルンシュタイン公爵夫人」の最有力候補と目されていた方でもある。


「ごきげんよう、ビクトリア様」


「ごきげんよう。……ふふ、近くで見てもやはり地味ね。色気も華やかさもない。マリウス様がなぜ貴女のような方を選んだのか、不思議でなりませんわ」


 ビクトリア様の取り巻きたちが、クスクスと意地悪な笑い声を上げる。


 私はドレスの裾を強く握りしめた。

 悔しいけれど、言い返せない。彼女の言葉は真実だからだ。本来なら、彼女のような美しい方が、彼の隣に立つべきだったのだ。


 ビクトリア様は私の沈黙を「勝利」と受け取ったのか、さらに一歩近づいてきた。

 その瞳には、侮蔑だけでなく、焦燥のような色が滲んでいる。


「まさか、何か卑怯な『魔法』でも使ったのではなくて?」



 心臓が、早鐘を打った。


 血の気が引いていくのが分かる。



「……え?」


「あの方のような完璧な殿方が、貴女ごときに夢中になるなんて不自然ですもの。巷では噂になっていますわよ?男爵家の娘が、怪しげな術で公爵様をたぶらかしたのではないかって」


 彼女の勘は、鋭利な刃物のように核心を突いていた。


 そうだ。私は卑怯な魔法を使った。

 否定しなければ。けれど、言葉が出てこない。


 私の蒼白な顔を見て、ビクトリア様は確信したように目を細めた。


「図星ね。……許せない。わたくしは幼い頃から、公爵夫人に相応しい女性になるために血の滲むような努力をしてきたのよ。それを、ぽっと出の地味な女に横取りされるなんて……!」


 彼女の手が震えている。


 その時、ふと違和感を覚えた。

 彼女から漂う香水の奥に、奇妙な甘ったるい匂いが混じっている。アーモンドのような、腐った果実のような、独特の香り。


 それに、彼女の肌。

 遠目には透き通るような白磁の肌に見えたが、至近距離で見ると、厚いファンデーションの下に、赤い斑点が隠されているのが見えた。


「ビクトリア様、その……」


「何よ、黙りなさい!わたくしはまだ負けていないわ。貴女の化けの皮を剥がして……っ!?」


 言いかけた瞬間、ビクトリア様の体が大きく揺らいだ。

 彼女は自分の喉を掻きむしるように押さえ、その場に崩れ落ちた。


「ビクトリア様!?」


「きゃああっ!ビクトリア様が倒れたわ!」


 温室はパニックに陥った。取り巻きたちは悲鳴を上げて逃げ惑うばかりで、誰も彼女に触れようとしない。


 私は反射的に駆け寄り、彼女の上半身を抱き起こした。

 呼吸が浅い。脈が異常に速い。そして、首筋に浮かぶ赤い発疹。


(この症状、この匂い……間違いない)


「『ベラドンナ』と『月光草』……それに微量のヒ素?」


 私は彼女のドレスの襟を緩めながら、自分のドレスのポケットを探った。

 常に携帯している、薬草師としての七つ道具が入った巾着。



「さ、触らないで……!わたくしは、平気よ……ただの貧血……」


 薄れゆく意識の中で、なおもビクトリア様は私を拒絶しようとした。

 その目には涙が溜まっている。



「放っておいて……。化粧が崩れる……見ないで……醜いところを、見ないで……!」


 その悲痛な叫びに、私は悟った。

 彼女が服用していたのは、闇ルートで出回っている『美姫の秘薬』だ。一時的に肌を白くし、痩身効果をもたらすが、内臓を蝕む毒薬。


 彼女は知っていたのだ。それが毒だと知りながら、それでも「完璧な美」を維持するために飲み続けていたのだ。


 公爵家に選ばれなかった自分を責め、もっと美しくならなければと、自分自身を追い詰めて。



(……私と同じだ)



 私も、薬という嘘にすがって今の地位にいる。

 彼女もまた、薬という嘘にすがって自分を保とうとしていた。


「いいえ、放っておけません!」


 私は強い口調で言った。

 取り出した中和剤の粉末を、テーブルの水差しに溶かす。


「飲んでください、ビクトリア様!死にたいのですか!?」


「いや……っ、ごほっ」


「貴女のその美しさは、こんな毒で作らなくても十分です!命を削ってまで誰かに愛されようとするなんて、そんなの間違っています!」



 私は無理やり彼女の口に薬を流し込んだ。

 それは、彼女への言葉であると同時に、私自身への叫びでもあった。



 愛されたいからといって、嘘をつき続けることへの怒り。




 薬を飲んで数分後。

 激しい咳き込みと共に、彼女の呼吸が落ち着き始めた。

 顔色はまだ悪いが、命の危険は脱したようだ。


「……はぁ、はぁ……」


 ビクトリア様は虚ろな目で天井を見つめ、それからゆっくりと私を見た。


「……なぜ、助けたの?わたくしが死ねば、貴女を脅かすものはいなくなるのに」


「苦しんでいる方を前にして、敵も味方もありません。それが薬草師の誇りです」


 きっぱりと答えると、彼女はポカンとして、それからふいっと顔を背けた。


「……お節介な女。……でも、貴女のその手、温かかったわ」


「え?」


「ふん。礼は言わないわよ。……でも、一つだけ教えてあげる」


 彼女は私の耳元に顔を寄せ、小さな声で囁いた。


「貴女、自分のことを地味だ無能だと思っているでしょうけど……その薬の知識と、人を助ける時の迷いのない瞳。……案外、悪くないわよ」


「ビクトリア様……」


「マリウス様が貴女を選んだ理由、少しだけ認めてあげるわ。……悔しいけどね」


 

 彼女はふらつく足取りで立ち上がると、取り巻きたちに支えられながら去っていった。



 その背中は、毒の抜けた体のように、少しだけ頼りなく、けれど憑き物が落ちたように軽やかだった。





 屋敷に戻った私は、自室の実験台の前に立ち尽くしていた。


 手元には、半年かけて完成した小瓶がある。

 魅了の魔法を打ち消し、精神を正常化する解毒剤――名付けて『真実の雫』。


 ビクトリア様の姿を見て、私の迷いは消えた。

 彼女は毒を捨て、素顔の自分と向き合う道を選んだ。

 ならば私も、嘘を捨てなければならない。

 たとえその結果、愛する人を失うことになったとしても。



「……さようなら、素敵な夢」


 私は小瓶を握りしめ、夕食の席へと向かった。

 ダイニングルームには、いつものようにマリウス様が待っていた。


 彼は私の姿を見ると、椅子を引くために立ち上がる。その優雅な所作、温かい眼差し。すべてが私の胸を締め付ける。


「お帰り、クーデリア。お茶会はどうだった?」


「……ええ、少し騒ぎはありましたが、無事に終わりました」


「そうか。君が無事ならそれでいい」


 彼は私の手を取り、手の甲に口づける。

 この温もりも、今夜で最後だ。


 私は震える手で、赤ワインのボトルに『真実の雫』を静かに注ぎ入れた。

 無色透明、無味無臭。

 これを飲めば、彼の瞳から「愛」という名の魔法が消える。


「マリウス様、今夜は私が注ぎますわ」


「ほう、それは嬉しいな。君が注いでくれる酒は、どんな銘酒より美味そうだ」


 彼は疑う素振りもなく、グラスを受け取った。

 揺れる赤い液体。

 それが、私たちの結婚生活の終わりの砂時計に見えた。


「乾杯しましょう、マリウス様」


「ああ。愛するクーデリアのために」


 彼は微笑み、グラスを傾けた。



 ごくり、と喉が鳴る。

 


 私は目を閉じた。



 数秒後、彼の中から魔法が消え去り、氷のような冷徹な公爵が戻ってくる。彼は困惑し、次いで私を軽蔑の目で見下ろすだろう。


 どんな罵倒も受け入れよう。離縁され、修道院に入れられても構わない。



 私は、彼を自由にしたいのだ。




「……ふぅ。良い香りだ」


 満足げな声が聞こえた。

 私は恐る恐る目を開けた。

 そこには、変わらぬ優しい瞳で、愛おしそうに私を見つめるマリウス様がいた。


「え……?」


 なぜ?

 解毒剤は即効性のはず。なぜ彼は、まだ私を見て微笑んでいるの?

 調合を間違えた?

 それとも、あの時の魅了薬はもっと強力な、解くことのできない禁術だったの?


 パニックになり、後ずさる私。


 そんな私に、マリウス様はゆっくりと近づき、逃げようとする私の手首を掴んだ。


 その力は強く、しかし全く痛くはなく優しかった。



「クーデリア。……君が混ぜたのは、カモミールと竜の涙を煎じた『解呪薬』だね?」



 心臓が止まるかと思った。

 思考が真っ白になる。


「な、なぜ……」


「温室から漂う独特の香りで、君が何かを研究しているのは知っていた。……それに、昼間にビクトリア嬢から手紙が届いてね」


「ビクトリア様から?」


「ああ。『貴方様の奥方は、貴方様が思うよりずっと優秀で、お人好しの愚か者ですわ。早く安心させてあげてください。でないと、彼女は罪悪感で押しつぶされてしまうわ』……と、随分な剣幕の抗議文だったよ」


 あのビクトリア様が、私のために?

 驚きで言葉を失う私に、マリウス様は苦笑し、私の頬に手を添えた。



「だが、残念ながら解毒剤は効かないよ、クーデリア。……だって、私は最初から『魔法』にかかってなどいないのだから」




 時が止まったようだった。




 私は彼の言葉を反芻する。魔法にかかっていない? 最初から?


「……嘘です。だって、あの夜会で……私が落とした薬を、貴方は飲んで……」


「ああ、あの甘ったるいシロップのことか? あれはただの砂糖水だろう?」


「砂糖水……?」


 そんな馬鹿な。私は確かに魔法薬の調合書を見て……。


 あ。


 思い出した。あの古文書の最後のページに、『※魔力を込めなければただのシロップになる』という注意書きがあったような……。


 そうだ。魔力は最後に友人にこめてもらう予定だったんだ。あの時はあまりに気が動転していて、すっかり頭から抜け落ちていた。つまり、私が作ったのは、ただの甘い水だった?


「待ってください。じゃあ、貴方は薬の効果ではなく……?」


「正気だよ。最初からずっとね」


 マリウス様は、私の手を取りご自身の左胸に当てた。

 シャツ越しに、力強い鼓動が伝わってくる。ドクン、ドクンと、それは嘘偽りのない命の音だった。


「クーデリア。私が君に求婚したのは、薬のせいじゃない。……ずっと前から、君を見ていたからだ」


「ずっと……前から?」


「ああ。君は覚えていないだろうね。二年前、領地の森で私が落馬して怪我をした時のことを」



 記憶の底を探る。

 ……そういえば。


 薬草採取をしていた時、怪我をしてうずくまっている騎士様を見つけたことがあった。泥だらけで顔もよく見えなかったけれど、私は必死で止血をし、手持ちの軟膏を塗った。


「君は、私が誰かも聞かず、ただ黙々と傷を洗い、『痛くありませんよ』と優しく声をかけ続けてくれた。……その優しさと、真剣な眼差しに、私は一瞬で心を奪われたんだ」


 彼はまるで初恋を語る少年のように、耳まで赤くして視線を泳がせた。


「それからずっと探していた。だが、君は夜会でもいつも壁の陰に隠れているし、私のような堅物が話しかけても怯えさせるだけだと思って、声をかけられなかった」


「そ、そんな……」


「あの夜、君とぶつかったのは偶然じゃない。君が近くにいると気づいて、話しかけるきっかけを探してうろついていたんだ。そうしたら、君が何かを落として……」


 彼は恥ずかしそうに口元を覆った。


「それを飲んで、会話の口実にしようと思った。けれど、飲んだ後に思い出したんだ。君が友人のために惚れ薬を作っているという話を執事から聞いていたことをね」



「公爵家の情報網は凄いんだよ」とマリウス様は微笑んだ。



「だから、最初は惚れ薬にかかったと思わせれば、求婚しても断られないんじゃないかと思ったんだ。……卑怯だと分かっていたが、君が欲しくてたまらなかった」


 氷の貴公子と呼ばれた彼が、そんな子供じみた画策をしていたなんて。



 薬じゃない。魔法じゃない。



 彼は、正気で、自分の意志で、私を選んでくれた。

 この半年間の甘い言葉も、優しいキスも、すべて本物だったのだ。



 目頭が熱くなり、涙が溢れ出した。

 安堵と、喜びと、そして彼への愛しさが爆発して、止まらなくなる。


「……ずるいです、マリウス様」


「ああ、私はずるい男だ」


「ずっと、怖かったんです。いつか魔法が解けて、捨てられるんじゃないかって……私が、貴方の人生を狂わせてしまったんじゃないかって……」


「狂わせられたのは私の理性の方だよ。……魔法なんて解けない。私が君にかけた愛の魔法は、一生解くつもりはないからね」



 彼は泣きじゃくる私を強く抱きしめた。

 その体温が、今度は痛いほどに温かく、心地よかった。


「愛している、クーデリア。薬なんてなくても、私は君に夢中だ。……ビクトリア嬢の手紙に感謝しなければな。君がそこまで思い詰めているとは知らなかった」


「……私も、お慕いしております。マリウス様……!」


 私は彼の背中に腕を回し、シャツをぎゅっと握りしめた。

 

「解毒剤なんて、二度と作りません。……これからは、貴方を元気にする薬だけを作ります」


「それは頼もしいな。だが、今の私に必要なのは薬じゃない。君のキスだけだ」



 彼は悪戯っぽく笑い、私の唇を塞いだ。


 

 それは、今までで一番甘く、とろけるような口づけだった。





 数日後。

 公爵邸の庭園で、私とビクトリア様はお茶を囲んでいた。

 彼女の肌は、私が処方した軟膏のおかげですっかり綺麗になり、本来の健康的な美しさを取り戻している。


「あら、相変わらずマリウス様は貴女にベタ惚れね。執務室の窓からずっとこちらを見ているわよ。見ているこっちが恥ずかしくなるわ」


 ビクトリア様が呆れたように、ティーカップを傾ける。

 私は顔を赤らめて、小さく手を振り返した。


「も、申し訳ありません……」


「ま、今回は譲ってあげるわ。貴女が調合したこのハーブティー、肌に良いみたいだし」


 そう言って、彼女はふと思い出したように口を開いた。


「そういえば、貴女に薬を頼んだというお友達の恋はどうなったの?


「あ、それが……」


 私はクスリと笑った。


「あの日、私が作った『魔法薬(結局ただのシロップだったもの)』を受け取れなかった友人は、自分の力で恋を成就させたそうです。『今思うと薬に頼って手に入れた恋なんて、きっと自信が持てなかったと思う』って言ってました」


「まあ、殊勝な心がけね」


「ええ。そう言って自分の言葉で想いを伝え、見事に騎士団長の彼と婚約したという手紙が昨日届いたばかりです」


「結局、私たちの中で最初から薬を使わなかったのは彼女だけだったわね」


「ふふ、そうですね」


 ビクトリア様は苦笑し、残りの紅茶を飲み干すと、優雅に立ち上がった。


「さて、わたくしはもう行くわ。……いつまでも邪魔をしていたら、あの窓際の公爵様に睨み殺されそうだもの」


「えっ?」


 彼女の視線の先には、執務室の窓を開け、待ちきれない様子で庭へ降りてくるマリウス様の姿があった。


「ありがとう、クーデリア。……またお茶に付き合いなさいよ」


「はい、喜んで!ビクトリア様」


 彼女は背中越しに手を振り、颯爽と去っていった。

 入れ替わるように、マリウス様が私の元へと歩み寄ってくる。


「やあ、クーデリア。話は終わったかい?」


「はい、マリウス様」


「寂しかったよ。君が誰かと楽しそうに話しているのはいいことなんだけど、私にもその笑顔を見せて欲しいと思ってね」


 彼は子供のように唇を尖らせ、私の腰に手を回した。

 その体温の温かさに、私は自然と微笑んでしまう。


「もう……マリウス様ったら」


「分かっているけれどね。……君の笑顔を独り占めできるのは、夫である私の特権だろう?」



 彼は私の髪に口づけ、耳元で甘く囁いた。



「愛しているよ、クーデリア」



「……私も愛しています。マリウス様」



 庭園の白百合が、風に揺れている。



 偽りの薬から始まった私たちの物語は、解毒剤でも解けない真実の愛となって、ここから新しく始まっていくのだ。



 いつまでも、いつまでも。



ここまでお読みいただきありがとうございました!

惚れ薬って、昔から定番な材料だなと思っていたのですが、今まで惚れ薬をテーマに書いたことがなかったので今回作ってみました!


よろしければ評価してくださると励みになります!

よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
失礼いたしました、闇ルートであって、隣国ではありませんでしたね。……何故そう思い込んだのやら、本当に書庫裏めはおっちょこちょいでございました。
 読後感すっきり、溺愛物ですが糖度もちょうど良くて、絶妙にハーブとフルーツシロップを組み合わせたノンアルコールカクテルのようなお話だと思いました。最後に大団円というのも良いですね。  しかし、隣国から…
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