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愛を知らない無能な聖女は、隣国の王に娶られる  作者: イオ未李


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5/5

5:迎える夜



 城までの道のりを抱き上げられたまま、笑顔で手を振り続けて戻る。

 満面の笑みを携えて歩く私たちの姿は、きっとこの世の誰よりも幸せな姿に映ったことだろう。瞳を輝かせて見つめる幼い少女たちには、絵本のように大恋愛の末結ばれた二人に見えているのかもしれない。


「おめでとうございます!」

「ロッキードに末長く幸あれ!」


 私の耳に繰り返し届く言葉に、何度も頷きながら微笑み続ける。

 ラウディール様は「ありがとう」と何度も返事をするけれど、私にはそれが出来なかった。

 祝いの言葉を絶え間なく捧げてくれるのは、心からありがたいと思うのに、どうしても、自分がそれを裏切り続けているようで、胸が痛んだ。


 私たちが城へ到着すると、ゆっくりと城門が閉じられる。ラウディール様は大股で城の中へと入り、ようやく私は降ろされた。


「ありがとうございます。まだドレスは慣れなくて、歩き辛かったので助かりました」

「寒くはなかったか?」

「お陰様で。マントもありがとうございました」


 自分の下半身を寒さから守っていてくれたマントを改めてラウディール様に差し出す。けれど、彼はそれを一瞥したものの、受け取ってはくれなかった。


「あ、洗ってお返しすべきでしたよね。申し訳ございませんでした」


 そうだわ、一度使ったものだもの。そのまま突き返すなんて失礼だったわよね。

 私は深々と頭を下げて、自分の非礼を浴びると、ラウディール様はすぐに頭を上げるように言う。


「そういう意味じゃない。……まだ冷えているだろう。夜取りに行くからそれまで使ったらいい」

「あ、ありがとうございます。有り難く使わせていただきます」

 

 私が深々とお辞儀をすると、ラウディール様はマントを手に取って毛皮のコートの上からかけてくださった。


「ドレスの上に流石に二枚は重いか」


 ラウディール様は、私の肩が沈んだ様子が面白かったのか喉奥でくつくつと笑う。


「平気、です……」

「そうか。じゃあ、また夜に。オレは執務室に戻る」


 そう言い残して、ラウディール様は去っていった。


「アリーシャ様、お部屋に向かいましょう」

「え、えぇ。そうするわ」


 ソアラは私のヴェールを器用に巻き取り、ティアラを外す。引き摺る布の量が減り重たかったティアラが無くなったことで、ずっと動きやすく感じるわ。


「ありがとう。行きましょう」



 先ほど支度した部屋に戻ると、侍女たちが顔を綻ばせて駆け寄ってくる。

 部屋の中は暖炉の火で、暖められていて私はホッと一息を吐き出した。


「アリーシャ様、お疲れ様でした。大変だったでしょう。早くお寛ぎ出来るようにしますからね」

「ゆっくりで大丈夫よ。こんなに多くの人たちに温かく迎えて頂けるとは思ってなかったから、まだ少しドキドキしてるわ」

「ふふ、皆がアリーシャ様がいらっしゃるのを心待ちにしていましたからね」


 マリーが柔らかく笑い、自分もずっと首を長くして待っていた一人だと言う。


 まるで、国民はずっと私を待っていたような口ぶりだ。

 でも、そんな訳ないのよね。私がここに来ると決まってから、ほんの三日ほどしか経っていないのだし。あぁ、でもあんなに早く馬車が迎えに来たんですもの、聖女が迎えられるのは、もう少し先に決まっていて、教会側が私に白羽の矢を立てるのがギリギリだっただけの可能性はあるわね。


 きっと前任の聖女様が亡くなってから、ずっと次の聖女を待っていた、という意味だわ。

 それがこんな無能な聖女だなんて、彼らは全く思ってないのよね。


 いつかは明るみに出ることだと分かってる。私は何の役にも立たない。それは紛れもない事実。

 打ち明けるなら早い方がいいとは思うけれど、今じゃないわ。

 今真実を知れば、国民は心底ガッカリするだろう。心の内に灯る禍根は私ではなく、私を選んだ王族や教会に向かうかもしれない。そうなれば、私の責務である国交は悲惨なことになってしまう。


 せめて私だけに非があると誰もが思う、そんな状況になるまでは自分からは黙っていよう。


 私は静かに決意を固めた。



「次は、お渡りの準備ですね」


 ソアラが澱みない声で言い、マリーたちも首を縦に振る。


「お渡り……?」

「そうですよ。夜にこのマントを取りに来ると仰っていたではないですか」


 ソアラの言葉に、他の三人が感嘆の声を上げた。

 確かにソアラの言う通りだ。ラウディール様はこのマントの為に夜に部屋に来ると言っていた。けれど、その言葉がお渡りという耳慣れない単語とは結び付かず、私はもう一度首を傾げることとなった。


 私の反応にいち早く気付いたのはマリーだ。そっと私に近づくと、エメラルドのネックレスなどの宝飾品を取り外しながら「初夜のことでございます」と耳打ちする。


 しょ、や……しょや……しょやって、初夜?

 ……初夜ですって?


 私は自分の頭の中から馴染みのない単語にようやく行きつき、その意味を知る。

 渡るってそういうことなの?

 そうよね、夫婦になったんだもの。まだ数えるほどしか言葉を交わしていなくても、今日は特別な意味を持つ夜になるのね。

 初夜、つまり夜伽ということ。

 どうしてそのことを失念していたのかしら。

 例え見知ったばかりだとしても、夫婦というのは形だけの契約ではないのに。


 例えば、私がどこぞの令嬢だったなら、夜伽に関する知識や作法、初夜に対する心構えを教わることもあったのかもしれない。

 でも、私は辺境の田舎娘で、その後の教会での生活でも、肉欲に溺れることは当たり前のように禁忌とされていた。夜伽の知識なんて無いに等しい。

 どうしよう。


 不安に駆られて強張っていた私の肩をマリーは優しく撫でてくれた。


「アリーシャ様、大丈夫ですよ。初めは誰しも不安なものです。身を任せておけば大丈夫。例えラウディール様でも、取って食やしませんよ」

「そ、それは……そうであって欲しいわ」


 苦し紛れに返事をすると、マリーは眉を下げ今から準備する流れを事細かに教えてくれるた。

 この後、ドレスを脱いだら軽めに夕飯を食べること。その後、もう一度湯浴みをして髪や肌を磨き上げ、用意してある寝巻きに着替えれば、後はラウディール様が渡って来るのを待つだけだということ。


「待っているだけって、一番緊張するわ」

「ラウディール様は忙しい方なので、きっとお見えになる時間は遅いはず。だから、寝てしまっても大丈夫ですよ」

「……そんなに神経太くあれたら良かった」


 思わず本音が溢れて、私が慌てて口を塞ぐと侍女四人は顔を見合わせた後、柔和な笑みを浮かべた。


「私たちの前では遠慮する必要ないんですよ」


 優しいマリーの言葉に他の三人も頷いてみせる。


 なんて温かい人たちなのかしら。さっき顔を合わせたばかりなのに、私に寄り添ってくれる。物心ついた時には教会で冷遇されていた私にとっては、こんなにも胸が熱くなるのは初めての経験だった。

 そうよね、この三人だって今日出会ったんだもの。民衆も優しかったし、ラウディール様も国民に慕われている様子だった。

 きっと大丈夫だわ。


「ありがとう。何とか乗り切るわ。準備をお願いします」


 私は静かに覚悟を決めて四人にそう告げ、夜伽に必要な準備を整えて貰う。


 用意された夕飯は、何だか胸がつっかえて思うようには進まなかったけれど、どれも手が込んだ料理ばかりで、作ってくれた料理人の気持ちを思うと無碍には出来ず、無理に詰め込んだ。

 教会では硬いパンと野菜クズの煮込まれた冷めたスープが多かったから、彩りまで気遣われた料理を見る機会は殆どなかった。年に一度、新年を祝う会だけはそれなりの料理が並んでいたっけ。



 すっかり芯が冷えていた身体はたっぷりと時間をかけて指先まで温められ、式の前に使った華やかさを感じられる香油とは違う、夜に見合った落ち着いた香油を髪に纏う。


「この香り、好きだわ」


 先ほどまでの華やかな香りも嫌いではないけれど、少しムスクの混じった匂いはどこか懐かしい気がして、私は目を閉じて香りを楽しんだ。


「ふふ、良かったです。今度街に出てアリーシャ様がお好みのものを買い溜めしておかないと」

「買い溜め?」


 ソアラは大きく頷き、明るい声で言う。


「ここは雪が深いでしょう? だから頻繁には商団が来られないんです。なので、欲しいものは出来るだけ買い溜めておくんです。これがこの国の鉄則ですよ」


 この国は様々なものを自給自足しようと試行錯誤しているけれど、この気候のせいでどうしても難しいものが多く、商団に頼むしかない。しかし、雪山を越えてやってくるせいで品物は高額になってしまうらしい。

 正直、足元を見られていると感じる時もあるが、それでも、普段お目にかかれない品物を見るだけでも楽しく、毎回商団が来るのを民は首を長くして待っているのだと言う。


「ソアラはいつもどんなものを買い溜めしているの?」

「まず塩ですよ! それから砂糖! 貴重なので、塩や砂糖は取り合いです」


 意外な答えだった。十代の女の子が一番に挙げるものとは思えない。私が目を丸くしていると、ソアラは慌てて「そうじゃないですよね! あとは、メイク道具も買います! 中央で流行りの染料を使ったものはすぐ無くなっちゃうので」と捕捉する。


「ここの土地の傾向が知れて嬉しいわ。商団は、いつも決まった所が来るの?」

「そうですね。カミラ商会と、トレージュ商会が一緒に来ますよ」

「一緒に?」

「えぇ、雪山を越えるのは大変なので、協力して来ているらしいですよ」


 なるほど、二つ分の商団が一気に入ってくるんであれば、確かに物凄く賑わいそうね。もっと頻繁に出入り出来ればいいんだろうけど、確かにあの雪と険しい山だもの、簡単じゃないわ。


「商団はロッキードで作っている工芸品や毛皮、あとは氷を仕入れて戻るんです」

「氷を? 溶けてしまうでしょう?」

「えぇ。でも、南方では水が貴重らしいんです。ロッキードの氷はとても純度が高いので、重宝しているそうですよ」

「そうなのね。じゃあ、次はみんなで一緒に行きましょう。それぞれ買い溜めリスト考えておいてね」


 私がそう言うと、ソアラが「じゃあ、お給金無駄遣いしないように取っておかなきゃ!」と声を弾ませた。




 全ての準備が整うと侍女たちは深々と一礼して、部屋を出ていく。


 ベッドに身体を横たえると、ずっしりと重たい疲労感が全身を回っていく気がした。ずっと気を張っていたから気付かなかったけれど、かなり疲れてるわ。

 着いて早々、慣れない人たちに囲まれて挙式までしたんだもの。疲れて当然だわ。


 こうやって一人部屋に残されると、部屋の広さに驚かされる。ベッドだってそう。教会で私が暮らしていた部屋は、かろうじて個室だったけれども、木製の簡素なベッドと据えつけのクローゼットがあるだけの部屋だった。

 寝具もこんなにふかふかと柔らかかったことは一度もないわ。


 着せて貰ったネグリジェもそう。生地の肌触りが良くて何度も触れてしまう。初夜の為か胸元が大きく開いているのは気になるけれど、寝具の中に潜り込んでしまえばいいことだわ。


 

 深くベッドに潜り込んで、重苦しい息を吐く。

 ラウディール様はいつ訪れるのかしら。マリーは寝ていてもいいと言っていた。疲労感もたっぷりある。けれど、不思議と眠気は襲って来なかった。

 慣れない寝具だから? 部屋の空気が乾燥しているからかしら。

 本当の理由に気付きながら、私はいくつも違う理由を探す。


 そうしているうちに、時間が経っていたのか、ギイと木が軋む音が響き、同時に部屋の扉が開いた。


「起きているか?」


 落ち着きのある低い声と共に、大きな体躯が部屋へと踏み入った。






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