デスではなくエロを拾った跡継ぎ令嬢は五年後に母親が妊娠しラッキーイベントを起こそうとして最後の文字が書きたいだけなのにその相手が邪魔して書けないまま家を乗っ取ってやるからと叫ばれる
「あ、なんだろあれ」
「今時子供でも拾わないのに拾うな!」
拾ったことを怒られたのは、もう五年前になる。
きっちり持ち帰ったものは、あーるじゅうはちな本かと思っていたら、ちょっと方向性の温度差に風邪を引きそうなものだった。
デスではなく、エロティシズムな本ではあるけど、デスではない。つまり、名前を書くとラッキーなイベントを起こせるらしい。
ふむ、そうなると嫌な相手を社会的に殺せるってことか。これは、普通に亡くなるより業が深いのでは?
殺してくれと、思ってもどうにもならないものなのでは?
闇がふきゃい。心の中なのに舌を噛むほど拾ったときに、テンションがぶち上がっていた。
「くっ、これで堅物系オカンをラッキーイベントで好意を抱かせることもできるかもしれない」
鏡に向かって自問自答。ノートも共に映っていて、幽霊的な本ではないらしい。見た目はボロいのだが、試しに父と母に使って五年間使用した結果、今年めでたく母親の妊娠が発表された。
生まれた時も、使い始めたときもまあラブラブでもあつあつでもない、ツンデレ同士の性格である両親。
お互い結構好きなんだよなと思っていたが、両親の恋愛なんぞ地面にあるゴミより興味なんてないから、放置していた。
よくぞ己は生まれたなと思ったけども。犬も食わないが、ゴミ箱だって逆流炎起こすから。もし、生まれる子供である弟が妹が最悪だったら、このノートで人を見ると体が震えるトラウマを植え付けられる自信があるので、どうか歪まないでほしい。
この世界にツンデレの概念がないもんで、周りは普通に仲の悪いギスギスした夫婦仲と思っている。幼い己の弟か妹が勘違いしてリーゼント並みにグレても、まあ、おかしくないってこと。そんときゃ、ノートに一筆書くのみ。
両親の名を。
そんなことが起きたら、真っ先に書いてやるんだ〜。
実験は成功。つまづいて、転けてそこに男がいてたまたま肩を掴んだり。うっかり薬と媚薬を飲んで、我慢していたら、妻がうっかり薄着でちょっと優しめに心配したり。
「私たち、夫婦なのよ……よし、今夜はこの台詞で決まった」
妻がそんなことを、苦しくて息も辛い時に囁いてみろ。朝になっていますが、なにか?ってな感じで五年間研究したら成果は上場。
思っていたより、妊娠遅かったな〜と思ったが、どうやら父親の気遣いで遅れたようだ。
うっかりのくせして理性強すぎる。の割に、性格ツンデレでだれ得なのか。その理性をさ、頭が弾け飛ぶくらい理想で一目惚れした妻に使おうよ。話す時にツンデレの不器用さにさ、鋼の精神使おうよ?
使い所間違ってんじゃん。母親も母親だが、令嬢としてはまあ、普通の具合のレベルのツン。デレはミスリアスと話す時にくらい。
ミスリアスちゃーん、とかいって、今日もあの人と話せなかったわー、とか涙目美人なのはわかったから。その下目遣いを夫に上目遣いしたら、それでいいやろと思う。右回れして、執務室で泣いてこれば?
ハウスだ、ハウス!
主人様のところへわんわん泣けばそれで済む。
こちらに来る前に「あなたに触られると我慢なりませんわ」と言った言葉を具体的に言ってしまえばいいのに。何度、二人の心の声がお互い聞こえる魔法誰かくれよ、と望んだものか。
いっそのこと閉じ込めてキスしないと出られない部屋を意図的に作ろうかとも、思ったがやはり興味がないので、地面に置いてある砂でも見た方が建設的。
「おい、おい」
「ん?ハッ!」
思案している間に来たみたいで、幼馴染のクール系堅物オカンが現れた。
「どうしたの」
幼馴染ゆえに顔パス。
「いや、母親から子供ができたと聞いたからな」
ひんやりする瞳を持った、意外と情に熱い男。
ドュロケ。
「え、うん。おめでただねって?」
「あー、それもあるが。男の可能性だったら、お前は家門の後継者から外れるかもしれないんだよな」
ああ、そんな法律もあるのか。
とはいえ、別にだからといって困っているわけでも、嫌なわけでもない。
「別に、構わないと思ってるし。当主とか柄じゃないから」
ドュロケも貴族だが、次男なので当主になれない。お互い、次期当主と次男坊だったが、今回から次男坊とスペアになったわけだ。研究が良すぎてどうでもよかったし、初めから興味がない。
ミスリアスはなにかをするのが好きなので、当主なんて本当はやりたくないから。なので、婚約もあまり親は積極的ではなく、今後探すにしてもいない可能性が非常に高いと、周りが気にするかも。
「そうなのか?てっきり泣いているかと」
「ヤワじゃない。泣くわけないって、未練もない」
「そうか……」
慰めにきてくれたのか。いつもより、声音が優しい。その前にちょっと一筆書かないと。
「座ってて、これを書いたら何か運ばせるから」
机の上に移動したら謎についてくるドュロケ。座ればいいのに。
「そのボロいノート、まだ持っていたのか」
「私のロマン」
「男でも拾わないものをロマンってなぁ……!」
呆れたように言うが、書き込むところを見ても取ろうとはしないので諦めているのだろう。
「おれのところも、そろそろおれに婚約者をあてがおうとしててな」
「そっちも大変だね」
「嫌だって言ってたけど、流石にもう待つと良縁もなくなるぞって言われて、もうすぐ決まりそうで」
「ふーん」
なんて書こう。お茶を飲もうとしたら服に掛かるとか?脱いだ方がいいよって、言うのもありだし。唇の近くに食べたものがついていたら、指で取るとかもきっかけになりそうでいいな。
「親も、お前のところの事情を知って驚いてた」
結婚までのゴールは決めておきたい。
「へー」
そういえば、シナリオって最後に決めて、そこへ向かって書く方法もあるな。先にゴールとカッコよく筆記体で書いておこう。
いや、そもそも大文字で書くべきか小文字で書くべきか?
それともフィン、とか、こんぐらっちゅれーしょんとか?
どちらがいいのか。
「祝い事だし、すごく喜ぶべきなんだろうが」
あれ、そもそもフィンは知ってるけど長い方の文字をなんで書くか知らない。
k?
c?
それともhappy endの方がいいとか?
ハッピーエンドならば、書いた力で上向きな状態が維持されるよね。
「お前のことを思うと素直に喜べなかったからな。そういうことなら、心からおめでとうって言えるってことか」
両親の時は句読点で終わらせていたから、そちらの実験を忘れていたというか、思いつかなかった。
「そうみたいだね、よかったね」
どれにしようか。とりあえずハッピーエンドでいいかな。はっーぴーえん。
「さっきから聞いているのか?上の空の時の返事だって、知ってるんだからな?聞けよ!」
「んどあああー!」
最後の文字を書く前に体を横に動かされて、えぬの字が横に伸びたままペンの一本線でガーっとなる。最後の一文字書き損じた!
「えぬ、えぬが!」
書き足そうとすると、腕を掴まれて書けない。この男、握力強い。握力はわかったので、離してくれ後生だから。一文字書いたら、いくらでも聞くから、本当に。
「えぬだけ書かせて、えぬだけ。でぃもちょちょっと書くだけだから」
「さっきから気になっていたが、色々書いているみたいだな。もしかして、遺書じゃないだろうな!?」
「いやいやいやいや!死ぬつもりないし!」
遺書のどこにえぬ、要素ありますか!?
「生きていけませえぬとか、のえぬなのか!?」
「ゴリ押しが酷すぎる!」
オカン系、賢いし、学園で上位のくせにテンパったらアホになる人だったらしい。近年稀に見る焦り方なので、いつもならありえないというロジックすら抜け落ちている。
冷静じゃなくとも、えぬ要素にシリアス味ないが!?
「落ち着いて!えぬの文字は一文字だから、書いたら絶対続き聞くから。あ、でも、でぃーも書かないといけないか」
遺書を幼馴染の横で書くとか、そもそもありえないことだろうと、落ち着かせていく。いつもみたいに、電動ノコギリ並みの回転させて、灰色よりも豪勢な色したゲーミング脳を煌めかせてほしい。
「もう!メイドにでも頼んで茶でも飲んでて!邪魔しないで!座っててっ」
手を取り返す。ミスリアスはえぬを書きたいので、邪魔者を排除することにした。
「なっ……わかった」
強く語気を込めればドュロケは渋々、椅子に座る。改めてノートを見ると無惨な横線が。ディーを仕方なく書き足すことにした。
はぁ、ここまでの押して返しての攻防戦で、インクが乾いたので書けやしない。文句も口から出るというもの。
「あと一文字なのに」
インクポットにペンをつけると、カッカッという音がして中を見るとインクが見事になかった。
「は?」
あと、一文字なのになにそれ?
こうなったら。指先に針を刺そう。ため息を吐いて、裁縫道具から針を出す。炎で炙れば消毒できるでしょうと、蝋燭を灯して針を炙る。
「は?なにをしているんだ」
「いや、インクなくなったから、ちょっと血液を拝借しようかと」
疲れた顔で言ったことに気付かず、幼馴染オカンは顔面が、白くなる。
「やっぱりお前、遺書書いてるんだろ!?」
「書いてないってば!」
うるさいな、この男。大人しくお茶を飲んでてほしい。イベント起こす時、目にもの見せてやるからな、と目をとんがらせる。
イライラしながらチッと舌を打つ。
「舌を打つな!」
「黙れオカンめ!のちのち泣かせてやるんだからね」
「逆ギレするなっ!針を今すぐ離せ!」
などと言って、飛びかかってきた。いつもはこんなことしないのに、乱暴な対応をされる。二人で揉み合う。
こちらは書きたくて、向こうは死なせないように。勢いがお互い強すぎて、そのままソファまで押されて、どさっと倒れ込む。力が強いので、普通に押し負けてしまう。
「そんなことはしてないってばあ!」
「いつもなら納得したが、当主交代で気が昂ってるだけなんだろ?納得できないのはわかるが、命は大切にしろ!」
つ、伝わらん!
こんなに伝わらんこと、ある??
何もしてないって言っても、聞く耳こんなに持たれんこと、ある??
こいつ幼馴染なんだから、ちょっとくらい機微さとれよ〜〜!!
必死の方向性が違いすぎて、バンドなら即日解散やむなしなほど、違いすぎる。温度差がありすぎて、翌日寝込む。
「離してってば、もう!」
バタバタ暴れるけど、相手の方が強いから無理そう。
「わかった!当主は無理だが、当主に匹敵する仕事をさせてやるから!だから、諦めるなっ」
「そうじゃないんだってば。話がそもそも違うし、勘違いだって」
ミスリアスが会話を重ねてもドュロケの中では今から死ぬらしい。勝手に殺さないでもらえます。
あなたがデスの申し子だったのですかー?
こっちはエの申し子ですがね!
あいにく、ノートは違うし一冊だし、譲れないし。
「興味ないしって言ってるのに!」
「ああ、わかってる。お前は嫌かもしれないが」
えぬかでぃーを書かせてくれ、せめて。あと一文字なんだよ。もう、と目を開いたが真面目な顔をしたドュロケがこちらを眉を顰めた、ムッとした顔をしている。
「おれと結婚すれば、乗っ取ってやってもいい」
目が点になる。エヌとディーの話が、なぜ、そこに跳ぶ?
「今は無理だが、ある程度計画を立てて、そうすれば、なんとかなるだろ。もちろん、命なんて狙ったりしない。穏便にだ」
「え」
ええええー。なにそれ、と思った。思うのも無理ない。最初から白紙のようなものなのに、急に火の無いところから煙が出てきたようなものだし。目が点になるし、関係ないのに。
「結婚が、なんの関係になるの?」
腕を押さえ込まれたまま、質問する。針を持っているから離さないと緩まらないのだろうか。
「そ、れは」
「……うん」
わからなすぎて、ジーッと見る。
「お前が当主のままだと、おれは候補にすら入らないだろ。外れたのなら娶れるしな。すぐに顔見せにこれるだろ。うちの親もお前のことを気に入ってて、嫁に来てくれたらいいのにとか、婿に行ければいいのにとか言うし」
目を逸らしながら言う。うちの親もミスリアスには家にいて欲しそうだから、顔を見せに来れる距離は喜ぶ。
ドュロケはツンデレの概念を知らないのでうちの親を冷徹な冷えた夫婦と今でも思っている。彼の家族もおそらく同じ認識だからこそ、心配しているのだろう。
「まあ、乗っ取るのは現実的じゃないかな」
両親はなんだかんだ、ミスリアスのことをだいぶ好きだしな、と思い出す。ツンデレだから理解されないのは仕方ないけど。
娘を前にした母親を見たらきっと、幻想が崩れるけどね。ミスリアスちゃんとか呼んでるし。
「だが、この家を継ぐと思って生きてきたんだろ」
「うーん。それはそうだけど、五年前から割とやめられるんなら、やめたいなって、思ってたしね」
あのノートを拾って閃いたら上手くいったのが、懐妊報告なのだ。まさか、こっちに被弾するとは予想してなかったけど。
これからというときに、なんていう邪魔をしてくれるのか。最後の文字を書かせてくれるのならば、許してあげてもいい。
あと、エヌじゃなくてディーを書くだけなので、さっきの横線に焦り、えぬえぬ、と連呼した。言いやすかったもんで。
「いいわよ、乗っ取っても」
「「えっ!」」
突然の声に二人して扉の方を見ると、母が立っていた。扉の隙間からジーッと覗いているので、二人はソファから立ち上がると扉を開く前に、母が部屋へ来る。
「ちょ、聞かれてた!え?もしかしてドュロケ処刑される?」
「……かもしれない」
青白い顔になる二人。お家乗っ取りを、聞かれていたからだ。
「心配しないでいいわ。安心なさい。それと、ミスリアスちゃんが当主じゃなくてもドュロケくんがなればいいのよ」
「……え?でも、ですね。お腹の子が」
ドュロケが汗をかきながら、コソコソと話す。それをピシャッと裁断。
「さっきも言ったけれど、ミスリアスちゃんが当主に興味がないのは知ってたもの。だからドュロケくんが継いでくれて、うちの娘が産んだ子なら、どちらでも変わらないの」
「いえ、ですからお腹の子が」
母は、やれやれとため息をついて、言い募る。
「今まで婚約者を決めなかったのは、当主になってくれる気概のある人を娘が好きに決めればいい、という方針なの」
顎に手をやり、妊婦は息を吐く。
「夫とも話し合って、この子が男の子でも女の子でも、プレッシャーをかけてまでどちらも振り回すのは、こちらの望むものではないとわかったのよ」
「えっと」
ミスリアスすら、首を傾げる。
「あ!じゃあ、私は当主にならなくていいの?」
「ええ、いいのよ。遅くなってごめんなさいね。流石に当主をしなくていいと、二児が生まれるまでは言ってあげられなくて」
首を振る。
「ううん!お母様たちの気持ちもわかるし、ならなくていいなら、もう気にしない」
何度か頷き、母はビシッと指をドュロケに突きつけた。
まだ、お家乗っ取りの気持ちが残っているせいでゴク!と息を呑むのが見える。
「あ、その」
「さっきの、乗っ取りの漢気を旦那様の前でぜひ披露しなさい。いい?うちの子と添い遂げたいのなら、当主にならせるだとかいう、言い訳を使わずに結婚したい本音を言いなさい!」
「は、はい」
喉を引くつかせて、ドュロケは辛うじて返事をした。
「ふん!いいわ。うちの子の口説く文句としては悪くなかったわよ」
そう言って、母はそそくさと部屋を去った。ぽかんとなるドュロケにミスリアスはあのツンデレに褒められてもなと、思ったが言わなかったのは、偉いと思わない?
その言葉さえ、言えずに第二子を逃していたのに、おまいう案件じゃないかな。口説き落とす言葉とお家乗っ取りを、言葉で褒められたドュロケは、わなわなと口元を震わせていた。
恥ずかしさと、死刑にされる罪人の気分が混ぜ合わさっているのだろう。黒歴史のカクテルだ。
ちら、とノートを見たが「大丈夫?」と先に心のケアをすることにした。
「い、いや、ちょっと今日はもう……帰っていいか?」
穴に入りたいのかもしれない。
「任せて、いい感じの穴を用意しておくから、入ればいいよ」
「部屋があるからいらない」
ブルブル震えつつ、のたのたと亀のように去っていく男。それを見送ると、机の上からノートがなくなっていることに気付く。迂闊だった。きゃつめ、ノートを奪って行きやがった。
「あ〜、私の秘密のエロ方面のノートがああああ」
ミスリアスの胸の中にあるものもやられた可能性も、なきにしもあらずな犯行を考え、極悪人なので指名手配した方がいいのだろうか。あんなこと、こんなことをさせたり、もうできないのだろうか。悔しくて不貞寝。
「こうなったら、婚約したら目にもの見せてやる」
ムッとなる。ミスリアスは結局、最後までノートを返してもらえないのだが。
「最後まで書けてないし〜!」
さらに言うと、第二子は妹だし、踏んだり蹴ったりな未来になるのだ。悔しさに、遺書じゃないって言っているだろうとドュロケに言うが、首を横に振る光景が繰り広げられ。
書けずじまいなのに、いつまでも書けなかった未練を残しつつ、そういえば口説かれたなと思い出して叫ぶことになることをまだ知らない。
二人に笑ったという方も⭐︎の評価をしていただければ幸いです。




