そのカエル 怒り心頭につき
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
この世に意味のないことは、ない。
しばしば耳にする言葉だと思う。意味がないと思うことは、単に自分ひとりあるいは限られた目線の中での考えの話。世界全体で見たならば、どのような行動も現象も、どこかしらに影響を及ぼし続けているわけだ。
何もしていなくても、その場にいるだけで他の物質からの干渉にさらされる。何かしているならば、もはやそこには劇的な作用が生まれ続けているはずだ。
だから、我々は注意していなければならない。人間に限らず、あらゆる動物が行っている動作には何かしらの意味がある、と考えてね。それを明らかにしようとする研究は、すでに長年続けられているが、謎はまだまだ多い。
最近、父からも不思議な挙動に関しての体験を聞いてね。そのときのこと、耳に入れてみないかい?
生き物のおしつぶされた死骸。おそらく、街中でも見かけた人はいるんじゃないかと思う。
車道でつぶれていれば、十中八九、車によってやられたのだろうなあと思う。人間でさえ、まともに食らったら命を落としかねない鉄のかたまり。その高速移動を可能とするタイヤに踏まれたとあっては、形をきれいに保った最期になるかも怪しいところだ。
歩道にあっても、まあ自転車がやったんじゃないかと思うかもしれない。本気で漕いでいる自転車も、自動車ほどではないが相当なものだ、この質量攻撃を食らってなんともないやつもなかなかいないだろう。
しかし、何年も前の父のまわりでは、各家の敷地内において小動物の圧死体が見つかることが、ちらほらと起こったらしいんだ。
父がはじめて自分の庭で見たときは、夏休みだったという。
宿題のひとつであった、ヘチマの成長記録。早朝に起きて、すぐに庭へ出たところ、その死体を目の当たりにして「おお」と、つい足を止めてしまったらしい。
おそらくハトであったものは、かろうじて灰色の表皮を残し、あとはほぼ肉のかたまりと化していたものの、驚くべきはその図体が数センチも深く、庭の土へ埋まっていることだった。
ぬかるんだ地面であったならともかく、日頃の暑さで乾き、カチコチになっているだろう土の中へ数センチ。仮に人間が思いきりジャンプしたとしても、いささかも跡をつけることはできない状態だった。
杵などの道具を使わねばまず難しいところだが、そもそも家族がこのような所業に及ぶとは思えない。もし、知らない誰かが入り込んで行ったなら、それはそれで気味が悪いことだ。
しかし、ヘチマ記録の直後に行ったラジオ体操の集まり。その終わり際に話した近所の子の話だと、ちょっと珍しい光景を見たとの話だった。
昨日の日暮れ前、外出から帰る途中の曲がり角で、ふと自分の顔すれすれを飛び去るハトの姿があったそうだ。それだけなら、たいして記憶にとどめるようなことでもなかったものの、問題はハトが大きいカエルをくわえていたとのことだ。
くちばしからおおいにはみ出す、大きめのカエルだったという。すり抜けるわずかな間にもさかんに手足をばたつかせていて、不機嫌さをまったく隠そうとしない。
ハトもカエルを食べるようなことを聞いた覚えがある。きっとこれから、ハトのお腹の中へおさまってしまうのだろうなあ……などとぼんやり考えていたとか。
庭のハトのことを考えてしまう父。
やがて夏休みが明けるが、ほかの家の敷地や畑などといった、人様の土地にて圧死する生き物たちが話題にのぼるようになる。
小さいものはネズミから、大きいものは中型犬あたりまで。
いずれも数センチ地面へめり込む、恐ろしい圧を受け、「壊れる」ほどに埋まっている。
死んでいる、という言い方をするにはいささかむごい終わり方だったからだ。あたかも、生命だったものを容赦なく損壊せしめている。相当に恨みなりこだわりなりを持った犯人であろう……などと話していたのだが、何人かはこうも話している。
圧死体が発見される場所で、それよりも前の時間に、カエルが一匹その場で跳ねているのを見かけたと。
進む意志を見せず、ただその場でぴょんぴょんと跳ねあがる。そのように、奇妙な動作をしていたのだと。
いったい、いかなるカエルなのだろう。
夏休みに聞いた、ハトにくわえられたカエルの話が父の頭の中で、ぴんとつながった。
ひょっとしたら、庭のハトをあのような目に遭わせたのも、カエルだというのだろうか。命を落としかねない目に遭ったカエルの意趣返しだと。
そうなればハトを狙うのも分からなくもないが、だとすると他の生き物の犠牲はどうしたことだろう。父の知らないところで、彼らもまたカエルの恨みを買うようなことをしていたのだろうか?
父は例のカエルを一度見てみるべく、話に聞いた場所を順番にめぐっていったものの、目にすることはできなかったらしい。しかし、それはあくまで伝聞で知った場所に関してでのこと。
父がじかに目にした場所で、それを見る。すなわち、自分の家の庭でだ。
あのヘチマを観察したときと、大差ない時間に目覚めた父は、あのときのように庭へ赴こうとして、それを見た。
この家の敷地と外の道路を隔てるブロック塀の上で、一匹のカエルが跳ねている姿を。
例の子から詳しい容姿は聞いていなかったが、カエルの右腕は先っぽから数ミリほどがちぎれてしまっているのが、ガラス越しにも分かったという。
バンザイには届かない、半バンザイ。その器用な格好でもって、カエルは小さく何度も跳ねていたのだそうだ。
父はそれを最初は興味深げに見守っていたらしい。そして、もしそれがこれまでの被害を生み出してきたのなら、今度はどのようなヤツが遭うのだろうと。
けれども、カエルはひたすら跳ねるのみで、新しい生き物がそこへ現れる気配はない。しかも、父は自分のいるあたりの柱がやたらきしみ出すのを察し、次を悟ってしまったんだ。
父がそこを逃げ出すのとほぼ同時に、父の立っていたあたりの屋根がいっぺんに崩れ、瓦礫の山と化していた。あと少し遅かったら、埋もれてぺしゃんこになっていたかもしれなかったところだ。
冷や汗をかきながら顔をあげたとき、かのカエルの姿はもはやどこにもいなかったらしい。
もし、あのカエルがジャンプによって強烈な圧をかけるすべを身に着けたとしたら、今後なにが狙われ、なにを為すのか。父はときどき不安になるのだとか。