第53話 死の価値観
球場に入った二人は、真っ先に売店へと赴いた。
そこでアイスクリームと飲み物をそれぞれ購入する。
受け取ったジュースとアイスを掲げて、彩は誇らしげに笑う。
「よしよし! これで目標クリアだね。この後に死んでも明日に進めるよ。つまり何があっても安心!」
「それはそうだけど……」
「ん? どうしたの?」
渋い表情の隼人を見て、彩は首を傾げた。
隼人は言いにくそうに切り出す。
「僕達、死に対する抵抗感が薄いよね。これでいいのかなぁって……」
「あー、割と死にまくってるからね。しょうがないんじゃない?」
「ループだってそうだ。何度も繰り返せるからって、一日を大事に過ごそうとしなくなったと思う」
「最近は改善された気もするけどね。あたし達、なるべくループしないように気を付けてるし」
「十年分の習慣はそう簡単には治らないと思うんだ……」
浮かない顔の隼人は、燻ぶっていた不安を吐露する。
対する彩は、輝く笑顔で彼の悩みを一蹴した。
「隼人君は心配性だなー。別に大丈夫だって」
「そ、そうかな」
「ネガティブに考えすぎだよ。卒業後に困るかもしれないけど、その時はその時でいいんじゃない?」
「まあ確かに……」
「美穂さんも言ってたじゃん。ループの記憶はどんどん消えていくって。死の価値観とか習慣も、勝手にどうにかなるんじゃないかなー」
彩の考察を聞いた隼人は、強い自責の念を覚えた。
彼は己の言動を振り返って落ち込む。
(励まされてばかりだ。後ろ向きなことばかり言ってないで、ちゃんと貢献しないと……)
黙り込んだ隼人の背中を、彩が平手で思い切り叩いた。
乾いた音が鳴り響き、周囲の人々が驚いた顔で注目する。
叩かれた張本人である隼人も、痛みすら忘れてぽかんと固まっていた。
彩は胸を張って彼の名を呼ぶ。
「隼人君」
「な、何?」
「難しいことは考えなくていいよ。一緒にいてくれるだけで……一緒に"明日"へ進めるだけで心強いからさ」
「それはこっちのセリフだよ」
「じゃあお互いにありがとうってこと! はいっ、この話は終わり!」
手を打ち鳴らして強制的に話題を締めた彩は、急かすように隼人を押していく。
そんな彼女の気遣いに触れて、隼人は深く感謝するしかなかった。
(不安なのは僕だけじゃない。立花さんだって同じだ。僕を心配させないように、それを見せないだけなんだろう)
反省した隼人は、暗い顔を無理やり笑顔にする。
不自然すぎる表情を目撃した彩は、ジュースを噴き出して爆笑した。