第50話 改竄される記憶
挙手をした彩は美穂に尋ねる。
「そういえば、どうしてループのことを公表しないんですか? 大々的に広まれば、被害者が減りそうなのに……」
「こんなこと話しても、信じる人なんていないよ。ループの証拠がないからね。取り残された生徒だって、存在そのものが無かったことになってるから、誰も憶えてないんだ」
「過去にループを公表した人はいたんですか?」
「調べたらそれっぽい話は出てくるよ。でも嘘とか妄想として片付けられてたね。だから根本的にはどうしようもないの」
美穂は耳にかかった髪を掻き上げた。
それから自分の頭を指差して言う。
「当事者の私も、だんだんとループ中の記憶が消えているの。まだ卒業できてない人の顔や名前を思い出せない……親友だったのに……」
「美穂さん……」
「時間がかかっても、卒業してくれたら記憶も蘇るんだけどね。早く会いたいなぁ」
美穂は寂しげにぼやく。
我に返った彼女は、取り繕うように笑みを作ってみせた。
「湿っぽい話になっちゃってごめんね」
「いえ、おかげでやるべきことが分かりました」
首を振った彩は、自信に満ちた様子で宣言する。
「細かいことは考えずに、卒業までひたすら進み続けます。途中で脱出できたらベストだったけど、そう都合の良い話はないよね」
「あの……僕から質問してもいいですか?」
黙って会話を見守っていた隼人が、控えめに手を挙げた。
美穂は肘をついて応じる。
「何が訊きたいの」
「目標のプリントについてです。今後、どういった内容が出てくるか知りたいです。あと、それまでの行動で不利になったり、詰んでしまう場合があれば教えてほしいなぁと……」
「別に意地悪な目標はなかったよ。難しいことも要求されないし、普通の学校生活を送っていれば簡単に卒業できると思う。あっ、でも、滅茶苦茶なことをしてると逮捕されて詰むかもね」
「あっ……」
「まあ、うん……確かに」
隼人と彩は顔を見合わせた。
二人が思い出したのは、文化祭での殺戮だった。
微妙な空気を察した美穂は、少し眉を寄せて述べる。
「その反応……もう色んな目に遭ってるみたいだね」
「はい、一応……」
「私の時もあったよ。何度でもやり直せるからって、理性のブレーキが無くなるんだろうね。とにかく妨害が酷くて、何度もループする羽目になったよ。おかげで卒業するのに二年もかかっちゃった」
「えっ」
「たった二年?」
隼人と彩が同時に驚く。
美穂はぴたりと止まって二人の顔を交互に見た。
メロンソーダで気持ちを落ち着けつつ、彼女は恐る恐る尋ねる。
「七月ってことは、一学期が終わったところだよね。二人はどれくらいループしてるの?」
「十年です……」
隼人が答えた瞬間、美穂はクリームソーダを噴き出した。
正面にいた彩が「わあっ!?」と声を上げる。
激しくせき込んだ美穂は、口の周りのアイスを拭い取った。
「じゅ、十年って……私より余裕で年上じゃん。そこまで長くループしてる人は聞いたことないなぁ。敬語使った方がいい?」
「実年齢は後輩なので気にしなくていいですよー」
「十年もループしてるなんて大変だね……私でよければ力になるから、いつでも頼ってよ」
「ありがとうございます、助かりますっ」
その後、細々とした情報交換をした三人は喫茶店の前で解散した。




