第46話 その時の自分
隼人はすぐさま玄関に向かって扉を開けた。
彩はのんびりとした笑顔で手を振る。
「おはようー、一緒に学校行くよー」
「無事で……よかった……」
隼人は大きく息を吐いて脱力する。
その反応を見た彩は、呆れ半分に苦笑した。
「もう、大げさだなー。ちゃんと計算したからね! 飛び降りたら確実に死んじゃう高さだって知ってたよ!」
「それ本当?」
「嘘! まあ成功したんだから細かいことはいいじゃん」
平然と開き直る彩に対し、隼人はため息を洩らす。
結果的に上手くいったのは事実なので、彼はこれ以上の言及をやめた。
隼人は代わりに別の質問を投げる。
「ところで制服は? 着なくていいの」
「昨日の事件のせいで臨時休校だって。ゆっくりしたかったし、ちょうどいいよねー。目標だけクリアしたら遊びに行こうよ」
そう言って彩は、答えを聞く前に歩き出す。
隼人が断らないと信じて疑わない行動であった。
彩の後ろ姿を追い始めた隼人は、日常が戻ってきたのだと実感する。
「今回の休校だけど、しばらく続くらしいよ。期末考査も中止だってさー」
「それはラッキーだね。正直、テスト勉強は大変だし……」
「ちっちっち、隼人君は甘いなあ。ショートケーキの蜂蜜がけよりも甘いよ」
「い、いくらなんでも甘すぎるんじゃ……?」
「ううん、我ながらベスト表現だね」
満足げに頷いた彩は、澄まし顔で隼人に尋ねる。
「臨時休校になった理由は?」
「す、菅井君の事件のせいで……」
「その通り。彼が存在しているからこそ、学校はお休みになるわけだね。じゃあ、彼だけ今日をループした場合、明日に進んだ世界はどうなると思う?」
問われた隼人は考える。
因果関係を頭の中で整理した後、彼は推測を述べた。
「菅井君が消えれば、事件も無かったことになる。つまり休校も解除される……ってことかな?」
「あたしはそう思ってるよ。まあ、何かの辻褄合わせで休校が続くパターンもありえるけどね。休みと思いきや登校って嫌だし、一日限りの休校って認識がいいんじゃないかな」
「なるほど……そこまで考えられるなんてすごいね」
「それほどでもないよー。早起きして暇だから推理してただけー」
話をしているうちに、二人は高校のそばまでやってくる。
正門付近には大勢の報道陣が集まっていた。
彩は露骨に面倒そうな顔をする。
「うっわ、あの中に突っ込むのかー」
「明日には無かったことになるなら、たぶん大丈夫じゃないかな……」
「確かに! 隼人君は天才だねえ」
納得した彩がいきなり走り出した。
驚いた隼人はすぐさま追う。
騒然とする報道陣を押し退けた二人は、正門に触れて目標を達成すると、向けられるマイクを無視してその場から逃げ出した。
大慌ての報道陣を嘲笑うように、ひたすら全力で走り続ける。
ノンストップで数分ほど移動したところで、彩はようやく足を止めた。
息を切らした隼人も遅れて追いつく。
顔を見合わせた二人は、どちらともなく笑い出した。
ひとしきり笑って落ち着くと、彩はすっきりした表情で帰路に着く。
「よし! また明日ねー」
「……うん。また明日」
隼人は彩を見送って自宅へ向かう。
その途中、ふと彼は思った。
(ループが終わる時、僕はどんな人間になっているんだろう)
いくら想像しても答えは出てこなかった。