第45話 平穏な始まり
隼人はそっと目を開ける。
そこは自室だった。
慎重に起き上がった彼は日付を確認する。
文化祭の翌日だった。
「よかったぁ……」
隼人はベッドに倒れ込む。
無事に飛び降り自殺が成功したと分かり、心の底から安堵した。
万が一にも失敗していた場合、悲惨な未来が待っている。
それを理解していたからこその反応だった。
隼人はスマートフォンでニュースをチェックする。
彼は「文化祭で無差別殺傷事件」の文字を見て、スクロールする指を止めた。
見出しをタップして詳細な内容を読み進める。
昨日の昼、私立高校の文化祭で殺傷事件を起こした高校三年生の少年が逮捕された。
少年は警察官から奪った銃を乱射し、数人を負傷させた。
逮捕された少年は四肢と眼球に重傷を負っていたが、原因は不明。
警察は錯乱による自傷行為と判断している。
(名前は書いてないけど、間違いなく菅井竜輝のことだ……)
ニュースページを閉じた隼人は確信する。
同時に自分と彩に関する記載がないことに気付いた。
他のニュースサイトも確かめるが、やはり二人の自殺に関する記述は見つからない。
(死んだことで状況がリセットされたのか。取り調べを受けることはなさそうだな)
次に隼人は、目標のプリントを手に取った。
そこに記された内容を声に出して読む。
「午前八時までに高校の正門に触れる……か」
隼人は、菅井竜輝の状況を考える。
竜輝は生きたまま逮捕されて日を跨いだ。
死によるリセットが適用されず、全身に重傷を負っている。
警察の監視もある中で、今日の目標をこなすのは困難だった。
たとえループしたところで状況は一切変動しない。
仮に目標を達成できても破壊された四肢と目は戻らず、その状態で"明日"へ進み続けるのは不可能に近かった。
(タイミングが悪いと、こんな形で"詰み"に陥るのか。僕も同じような目に遭わないように注意しよう……)
隼人は冷静に考察し、自戒の念を抱く。
竜輝の末路について同情はしない。
これまでに受けた仕打ちに、十年分のループで繰り返してきた悪行。
「相応の罰だろう」というのが隼人の見解だった。
(さて、学校に行くか。とりあえず正門に触らないと……)
外から「やっほー」という声がした。
隼人は窓から顔を出す。
私服姿の彩が、家の前で元気に手を振っていた。