第39話 明日を迎える覚悟
接近するバイクに隼人は狼狽える。
「に、逃げなきゃ……」
「情けない発言だね、中島隼人君。この俺を殺したのだから、失望させないでくれ」
「いや、でも」
「君は窮地で箍を外せる人間だ。もっと己の力を信じるといい」
太一は落ち着いた様子で前に進み出る。
彼は乗っていた自転車を倒し、すらりと日本刀を引き抜いた。
「まあ、ここは俺が引き受けよう。二人は端に寄っておくんだ」
彩と隼人は慌てて道の端に避難した。
バイクは加速し、運転する少年は笑い声を上げる。
「ハッ、馬鹿野郎が!」
「自己紹介かな?」
少年はすれ違いざまに金属バットを振るう。
太一は軌道を見極めて躱すと、最小限の動きで日本刀を薙いだ。
走り抜けようとする少年の首に刃が触れ、皮膚を裂いて肉に食い込む。
「うぎゅっ」
少年の声は一瞬で途切れた。
刎ね飛ばされた頭部がヘルメットごと宙を舞い、近くの樹木にぶつかって転がる。
運転手を失ったバイクがよろめいて派手に転倒した。
それらの光景に彩と隼人は凍りつく。
太一は平然と日本刀を下ろしてため息を吐いた。
「この程度か。舐められたものだ」
太一はバイクから死体を引き剥がすと、おもむろに遺品を漁り始めた。
彼は折り畳みナイフとスタンガンを発見し、それを隼人と彩に渡す。
「自衛用だ。肌身離さず持っておくといい。気休めだが丸腰よりマシだろう」
太一はバイクを起こし、動作に問題が無いことを確認する。
彼はバイクに跨って二人に告げた。
「君達は二人で先に進め。ただし迂回して行き先を悟らせないようにするんだ。閉会式への潜入方法は任せる」
「太一君は? 一緒に行かないの?」
「俺は足止め役になる。このまま三人で動いていると、いつまで経っても追っ手を撒けない。誰かが妨害すべきだ」
太一は画面の割れたスマートフォンを取り出す。
首無し死体から拝借した端末だった。
「こいつのスマホを使えば、奴らの動きを把握できる。嘘の情報を流して撹乱するのもいい。楽しい殺し合いができそうだ」
「いくら太一君だって囮は危険だよ。大丈夫なの?」
「忘れたのか。俺は人を斬るのが大好きなんだ。これは絶好の機会でしかない」
太一は金属バットをバイクに括りつけつつ、淡々と説明する。
「君達の逃走を手助けするのは、まあハンデみたいなものだ。徒党を組んで威張り散らす輩にはちょうどいいだろう」
「自信満々だね。相手はたくさんいるけど勝てるの?」
「愚問だ。物足りないか心配なくらいさ」
心配そうな彩に対し、太一は不敵に笑う。
虚勢でないことは、彼の纏う殺気が物語っていた。
「もし暴徒に気付かれたら、予定とは別の高校に行くんだ。近隣地域だけでも、複数の中学や高校が文化祭を開催するからね。それと目標達成後は速やかに自殺するといい。余計なことに巻き込まれずに済む」
「アドバイスありがとう。なるべく守るよ」
「君達には明日を迎える資格がある……陰ながら応援しているよ」
そう言い残して、太一はバイクに乗って走り去った。