第33話 上塗りの覚悟
『正直さ、笑えないくらい不味い状況だよね』
「うん……」
『ヤバい奴がいるだけなら遠くに逃げて会わないようにするんだけど、よりによって今日の目標がなぁ……』
彩が嘆くのには理由があった。
隼人は机の上のプリントに注目する。
そこには「今日の目標:文化祭の閉会式に参加する」の文字があった。
(逃げるだけじゃ明日に進めない……あの文化祭を最後まで生き残る必要がある)
面倒なことになった、と隼人は思った。
恐怖に加えて焦燥感も湧き上がってくる。
その心情に気付いたのか、彩が唐突に提案した。
『ねえ、このままのんびり寝れるわけないし、今から緊急会議しようよ。電話じゃなくて直接会う形でさ』
「僕も一人だと怖いし助かるよ」
『それじゃ、いつもの公園に集合ね!』
通話を切った隼人は、ジャージ姿に着替えて自宅を出発する。
集合地点の公園では既に彩が待っていた。
隼人は道中で購入したペットボトルを手渡す。
「お待たせ。水を買ってきたよ」
「ありがとうー。ちょうど喉が渇いてたんだー」
礼を言って受け取った彩は一口飲む。
それから彼女はぽつりと言った。
「あたし、初めて死んだんだけどさ」
「うん」
「最悪の気分だね」
「僕も二度と味わいたくないよ……でもそれは難しい」
「どういうこと?」
「これから何度も殺される……と思う」
隼人は顔を青くして述べる。
その口ぶりには確信めいたものがあった。
「今日は殺し合いを楽しむグループがいる。彼らは十年分の経験を持つ人間なんだ。人殺しも躊躇しなかったし、まともに立ち向かっても絶対に勝てない」
「じゃあ、諦めるしかないの? 二人で全力で逃げれば、目標は達成できないけど、殺されずにループし続けられるよ」
「それは嫌だ」
隼人は首を横に振る。
彼の目にはささやかながらも覚悟が宿っていた。
「僕達は、やっと進み始めたんだ。もしここで止まったら、怯えるだけの今日を永遠に過ごすことになる。たとえ死んでも終わらない本当の地獄だ」
「…………」
「明日へ進むには戦うしかない。何度でも挑戦する覚悟さえあれば、きっと乗り換えられる……はずだよね。たぶん、いやきっと……」
自信満々だった言葉が、徐々に小さく冷静になっていく。
彩はおかしそうに笑って隼人の背中を叩いた。
「あはは、最後は締まらないね。でもありがとう。おかげで元気が出たよ」
「立花さん……」
「ちなみに具体的な作戦はある?」
「ごめん、まだ全然……」
「大丈夫! 一緒に頑張って考えようー」
そうして隼人と彩は明け方まで意見を交わす。
二人の抱く不安と恐怖は、僅かな希望によって薄らいでいた。