第29話 彼の夢
俊司の告白を聞いた彩は、顔を曇らせて問う。
「……どうして急にそんなこと言うの」
「少し前から決めていたことだ。テスト前に打ち明けることではないと思って隠していた」
俊司はポテトを齧る。
どこか穏やかな表情は、彼の決意の固さを物語っていた。
彩は食事に手をつけずに訊く。
「あたし達といるのが嫌だった?」
「逆だ。居心地が良い……良すぎるんだ。僕だって君達と一緒に"明日"に行きたいさ」
「じゃあそれでいいじゃん」
「駄目なんだ。僕にはその資格がない……勇気も、覚悟もないんだ」
俊司は深々と息を吐き出す。
続けて彼は言った。
「十年分のループの中で、僕はずっと不安だった。受験に向き合えず、先延ばしにしてきた」
「それの何がいけないの?」
「立花、君が指摘しただろう。僕は臆病者で卑怯者……真っ当に受験する人間に対してあまりに不誠実だ」
俊司の言葉に綾は息を呑む。
それは彼女自身がぶつけた言葉であり、何ら間違った話ではなかった。
「このまま進めば、僕は卑怯なまま受験に挑んでしまうだろう。己の意志の弱さを理解しているんだ。だから僕は"今日"に残る」
「俊司君……」
「そんな顔をしないでくれ。受験の未練を完全に断ち切ったら先へ進むつもりだ。いつか必ず君達に追いつく」
俊司は微笑みながら断言する。
そして嬉しそうに夢を明かした。
「君達に勉強を教える中で目標ができたんだ。僕は卒業と同時に学習塾を始める。将来に困っている学生を助けようと思う」
「進学しないで仕事するんだね」
「そうだ。ループ中に培った学力で社会に貢献してみたくなった。これなら迷惑をかけない。心の整理が付くまで、起業について学ぶつもりだ」
「へえ、いいじゃん! 俊司君ならどんな問題でも解けるもんねー」
俊司の夢を聞いた彩は元気になる。
前向きな理由でループを続ける分かり、安堵した様子だった。
彼女は思い出したようにポテトを頬張ると、前のめりになって目を輝かせる。
「ねえ、俊司君!」
「な、なんだ」
「三日間だけあたし達にちょうだい」
「どういうことだ?」
「お別れするなら一緒に遊びたいと思ってさ。少しくらいならいいでしょ?」
有無を言わせない迫力で彩は提案する。
戸惑う俊司だが、最終的には断れずに承諾した。