第2話 踏み出す勇気
隼人がベッドから起き上がる。
時計は朝の七時半を示していた。
普段は昼前に目覚めるため、かなり早い起床だった。
ジャージ姿の隼人は、険しい顔で葛藤する。
「……そろそろ行ってみるか」
隼人は悩みはループについてだった。
およそ十年間——正確な回数は彼自身も把握していないが、それでも数千回は同じ日を経験している。
無限に続く日常を送る中で、隼人は現状にひどく飽きていた。
ゲームはとっくに遊び尽くしており、漫画も暗唱できるほど読んでいる。
隼人が自室から出ないのは、勇気が出ないからだった。
ループ開始からしばらくは何も不自由に感じていなかった。
明日が永遠に来ないので、罪悪感を抱くことなく引きこもっていられる。
異常事態にありながら、隼人は安堵さえ覚えていた。
しかし十年分も過ごすと話は別だ。
孤独や退屈、不安は膨らむ一方で、さすがの彼も外出したいと思い始めていた。
隼人は数百回前の四月七日頃からこの悩みに苛まれており、未だに決断できずにいた。
(ループに関する手がかりはあるんだけどなぁ……)
隼人は勉強机を一瞥する。
そこには一枚のプリントが置かれていた。
印刷された文字で「今日の目標:始業式に参加しましょう」と書いてある。
ループが始まって以来、どこからともなくプリントは出現する。
そこには毎回同じメッセージが記されていた。
そのたびに隼人はプリントを丸めて捨てていたのだが、彼がこれを何らかのヒントだと考えていた。
(ずっと無視してたけど、もしこの命令に従ったらどうなるんだ?)
隼人はプリントの前で黙り込んで悩む。
秒針の音が響く中、やがて彼は大きくため息を洩らした。
「…………早起きしたし、ちょっとだけ頑張るか」
隼人はクローゼットに仕舞ってあった制服を引っ張り出す。
それを見た途端に鼓動が速まるも、気付かないふりをして袖を通した。
懐かしい着心地になんとも言えない表情をしつつ、隼人はリュックサックを背負って自室を出た。
そのまま恐る恐る階段を下りていく。
リビングには隼人の両親がいた。
母は朝食の支度をしており、父はテレビを観つつ食パンを齧っている。
両親は隼人を見て固まっていた。
二人の目は驚きと喜びを物語っている。
隼人は緊張気味に挨拶をした。
「え……あっ……お、おはよう……」
先に我に返ったのは母だった。
優しい笑顔を浮かべた母は、普段通りの態度を装って応じる。
「お弁当。すぐ作るわね。ごめんね。ちょっと待ってて」
「今日は、たぶん大丈夫……始業式だけだから」
隼人はリビングを通り抜けようとして、父と目が合う。
何も言わず出かけるのも気まずかったので、彼はどうにか口を開いた。
「……いってきます」
「いってらっしゃい。気を付けてな」
「うん」
寡黙な父の返事を聞きながら、隼人は自宅を出発した。
久々の日光に目を細めつつ、彼はふと振り返る。
庭の窓から両親が覗いていた。
二人は隼人に向かって手を振ってみせる。
(色々聞かれると思ったのに、普通に送り出してくれた……)
両親の些細な心遣いに、隼人はそっと手を振り返した。
そうして彼は体感で十年ぶりの高校へ向かった。




