第16話 なかったことに
隼人は制服を着て玄関に向かう。
すると、母が不思議そうに尋ねた。
「今日は土曜日だから休みよ」
「教室に課題を忘れてきたから取ってくる」
隼人はジョギングで高校を目指す。
四月十一日を乗り越えた彼には今、確認しなければならないことがあった。
休日の高校には、部活動中の生徒がいた。
校庭では野球部やサッカー部がトレーニングを行っている。
校舎からは吹奏楽部の練習する音が聞こえてくる。
その光景に隼人は首を傾げた。
(昨日、あんな殺し合いがあったのに、何も騒ぎになってない……朝のニュースでも特に報道されてなかったし)
隼人は職員室へと赴く。
そこに担任の尾崎がいたので、彼は一目散に駆け寄って頭を下げた。
「先生、昨日は吉良君と喧嘩してすみませんでした」
「吉良? 誰だ」
「えっと、剣道部の主将で三年の……」
「主将は二年の桑崎だ。三年はお前一人だからな。何か勘違いしていないか?」
「あ……そうですね。間違えました。すみません」
会釈した隼人は足早に離れる。
次に彼は同じ部屋にいた校長に話しかけた。
「校長先生、昨日はありがとうございました」
「ん? 何のことかね」
校長は片眉を曲げて唸った。
隼人は下を向きつつ事情を説明する。
「お昼頃にお会いして、倒れているところを助けてもらいました」
「……すまない。人違いじゃないかな。昨日はどの生徒とも話していないんだ」
「確かに別の先生だったかもしれません。失礼します」
隼人はさっさと職員室を出ると、三年一組の教室に移動した。
教室に席は一つしかなかった。
隼人は険しい顔で踵を返す。
(ここで背後から刺し殺された時、机は二つだった。あれは僕と吉良のものだったはずだ。先生達との会話を含めて考えると、今日は吉良の存在が消されているのか……?)
様々な推察をしながら、隼人は高校の敷地外に出た。
自宅への道を辿る過程でさらに分析を進める。
(吉良はおそらく"昨日"に留まっている……同じ日にいないと存在がなかったことにされるのか)
帰宅した隼人は、早々に自室に入ってベッドに転がった。
彼は天井を見つめつつ顎を撫でる。
(昨日の殺し合いもなかったことにされている。たぶん皆の記憶では、平凡な四月十一日だったんだ)
新たな法則を発見した隼人は、それを忘れないように気を付ける。
念のためノートにも同じ内容をメモしておいた。
その後、隼人は家族でのんびりと過ごした。
テレビを観て談笑し、日付が変わる前に就寝した。




