第14話 報復の炎
吉良は保健室に行かず、昇降口からまっすぐ校門へと向かう。
すれ違った別学年の教師が怪訝そうにするも、彼を呼び止めることはない。
吉良の全身から噴き出す殺意にすっかり萎縮していたのだ。
十年分のループで培われた殺人経験は、尋常ならざる気配を形成していた。
吉良が校門に到着したタイミングでチャイムが鳴り響く。
彼は険しい面持ちで脳内シミュレーションを始めた。
(五分後、校長は車でやってくる。そこを襲撃して殺す。ただし中島隼人が現れたら最優先で斬る)
吉良は竹刀袋に手を入れて、校門の脇で待つ。
ほどなくして敷地外から一台の白い車がやって来た。
吉良は進路上に飛び出して行く手を遮る。
すると運転席から校長が出てきて怒鳴った。
「君! 危ないじゃないかっ!」
吉良は無視して素早く接近する。
竹刀袋を捨てた彼は、既に日本刀を掲げていた。
(会話をするな。目標達成で明日に進んでしまう)
吉良は勢いのまま校長に斬りかかる。
その時、背後で僅かに物音がした。
同時に殺気を感じ取った吉良は振り返り、飛んできた物体を反射的に切り裂く。
空中で真っ二つになったのは火炎瓶だった。
中身の液体に引火して舞い上がった炎が、吉良の顔面を包み込む。
突然の苦痛に吉良は絶叫し、地面をのたうち回った。
「ぐああああああいいいいいいっ」
吉良は炎を消そうと必死にもがく。
その間、校長は「あわわわ……」と何もできず腰を抜かしていた。
木陰から深緑色のコートを着た少年が現れる。
フードを外して顔を見せたのは隼人だった。
手にはライターと火炎瓶を携え、憎しみを込めた目で吉良を睨む。
「母さんを殺した罰だ」
隼人は二つ目の火炎瓶を投げつける。
吉良はそれを避けて突進すると、日本刀で隼人の腹を突き刺した。
さらに肩でぶつかって押し倒し、ぐりぐりと傷を抉る。
吉良は頭部を中心に燃え上がっていたが、それをものともしない力で隼人を殺しにかかる。
腹を刺された隼人は、血を吐いて顔を歪めた。
凄まじい痛みで頭が真っ白になりながらも、彼は最後の力でポケットに手を伸ばす。
「うあああああアアアアァァァァッ!」
隼人が抜き取ったのは、百均の果物ナイフだった。
その切っ先を吉良の首筋に押し込んで引き切る。
頸動脈から鮮血が迸り、吉良の動きが止まった。
吉良はゆっくりと横に倒れて動かなくなる。
炎は頭部から全身へと移っていった。
解放された隼人は腹の傷を見る。
吉良が倒れた拍子に日本刀が抜けて、溢れた血が制服を真っ赤に染めていた。
(これはだめだな……)
己の死を悟った隼人は、大人しく横たわってその時を待つ。
ところが、視界の端に顔面蒼白の校長が映り込んだ。
校長は隼人を見下ろして狼狽する。
「き、君……大丈夫かね……すぐに救急車を呼ぶから、しっかりするんだ!」
「す……みません……ありがとう、ございます……」
「喋らなくていい! 君達がこんなことをした理由も後で聞く。だから死ぬんじゃないぞ!」
慌てる校長は懸命にスマートフォンを操作している。
その姿を見た隼人は「意外と良い人だなぁ」と思いながら意識を手放した。




