第96話 次の目的地へ向けての準備
前ギドマン伯爵の葬儀も終わり、敵も殲滅し、領内は平穏になった……という訳ではなかった。
俺はニジェールに報告する。
「ニジェール殿。警戒をしていたけれど、敵がまだいる可能性がある」
「敵……とは、以前倒した彼らの残党……ということでしょうか?」
「そうとも言えるし、違うとも言える」
「どういうことでしょうか?」
「前回の敵はスルド男爵の所の兵士だったが、セモベラ子爵に、ソーランド騎士爵も兵を出していた形跡がある」
「そんな……」
「だが、俺達が到着した頃には既に撤退したようだ」
攻めるなら今だろうとギドマン家の兵を率いて警戒に当たっていたのだけれど、襲撃されることはなかった。
ただ、ギドマン領の襲われた各地で避難民が姿を消すことが相次いでいた。
これは……おそらく他の所からも攻められていたのだろうと思う。
ニジェールは歯を食いしばり、怒りをこらえていた。
「父上が亡くなって大変な時に……」
「そうだな。だが、敵は待ってくれない。今の内に迎撃する準備を整えておこう」
「それは……したいのは山々ですが、そんなすぐには……」
「アルクスの里の部隊を呼んである。奴らの領地の所に張り付けておいてくれていい」
「いいのですか? とても大切な部隊と聞きますが……」
「構わないさ。襲われた村々の復興も大事だろう? 協力する」
「……ありがとうございます」
ニジェールはそう言って深く頭を下げてくる。
「気にするな。それに、彼らのトップも新しくなりそうらしい。だからこういう所で実践経験を詰みたいとのことだ」
「新しい……トップですか?」
「ああ、里長はナーヴァというんだが、最近の活躍を見て、娘のアーシャに部隊の指揮権を任せたいと考えているらしくてな。彼女も優秀だから、安心して任せて欲しい」
「それはもちろんです」
ニジェールはうんうんと頷いてくれる。
ガタイはいいのに動きは割とちょこちょこしているのが、面白い。
「しかし、ユマ様はこれからどうされるのですか?」
「俺は、ゴドリック侯爵にも挨拶をしてくる」
「ああ、そういえば最初に来てくださったのはそれが理由でしたね」
「そうだ」
ゴドリック侯爵とは、穏健派の貴族である。
今回の葬儀で会うことが出来れば良かったのだけれど、彼は彼でかなり仕事を抱えていて忙しい。
なので今回の葬儀も代理人を送ってきていたくらいだ。
まぁ……この世界での死は現代日本よりも当たり前。
侯爵本人が来るということなどほとんどない。
だが、俺としてはこれからもよろしくということを言いに行くために、ちゃんと向かわなければならないのだ。
「ありがとうございます。ボクもいずれ行けるといいのですが……」
「今は領地が忙しいだろう。そのことも俺の方で伝えておく」
「はい。よろしくお願いいたします」
「ああ、ではな」
ということで、俺達は挨拶もそこそこにゴドリック領に向かう。
兵士達やシエラも護衛として連れていく。
******
私はナーヴァ。
今はアーシャやアルクスの里の部隊を引き連れ、ギドマン領に来ていた。
挨拶をするために、新しいギドマン伯爵に会う必要がある。
私達はすぐに通され、伯爵に会うために屋敷の中を案内されていた。
「♪~~」
私の後ろでは上機嫌なアーシャが鼻歌を歌っている。
普段はこんなことしないのだけれど、ユマ様に会えるからだろうか。
ここ最近はアーシャへの指導で色々と詰め込んでいた。
息抜きも必要だろうが……状況がそれを許さないかもしれない。
だから、少しでもユマ様に会うことでそれが緩和されるならいいと思っていたのだけれど……。
嫌な予感が頭の中をよぎる。
こうしてギドマン家の屋敷を歩いているが、グレイルの兵士がいない。
が、アーシャはそれに気づいている様子がないのだ。
「こちらです」
「ありがとう」
執事の案内で部屋に入り、部屋の中にいたギドマン伯爵に会う。
「ようこそギドマン領へ、アルクスの里の皆さんを歓迎いたします」
「こちらこそ丁重なお出迎えありがとうございます」
「いえいえ、ユマ様にはとてもお世話になりました。それに、我が領のために戦ってくださるのです。礼を尽くすのは当然でしょう」
そういって貴族でもない私達を丁寧に出迎えてくれる。
「そんなことはありません。今まで多くの貴族と話してきましたが、金さえ払えば……という方々も大勢いましたので」
「なるほど、そういう方々もいるのですね。それでは早速お話に入りましょうか」
「ええ、もちろんです」
ということで、我々の部隊はどこに配置されるのか、一応相手との領地の境目はある程度調べてきているが、詳しい話を聞く必要もあるだろう。
ただ、後ろからちょいちょいとアーシャが私の服を引っ張る。
その意味に思わず苦笑してしまう。
「どうかされましたか? ナーヴァ殿」
「ああ、いえ……その……ユマ様はどちらに? ご挨拶をしたいのですが……」
「ユマ様でしたらすでにゴドリック領に向けて出立され……ました……よ? 顔見せをしなけれ……ばと……おっしゃっていて……」
「アーシャ」
私はアーシャの名を呼び彼女から出ているめちゃくちゃ不機嫌な圧力を止めさせる。
ギドマン伯爵も驚いて言葉を途切れさせていたほどだ。
ユマ様に会いたかった気持ちはわかるが、こんな場所でやるのは良くない。
「……申し訳ありません」
アーシャはすっと頭を下げ、しょんぼりとしていた。
無表情ではあるが、雰囲気では意外と気持ちを表す。
まぁ……最近はそういうのも隠せるようになっていたのだけれど……。
今回は仕方がないか。
「申し訳ありませんでした」
「いえ、ユマ様がさぞ主として優れている結果でしょう。同じ派閥の者として心強い限りです。では、早速お話の方を」
「はい。よろしくお願いします」
ただ、今回の作戦等については、アーシャに任せるようにする。
これからのことを考えたら、彼女がこれからを引っ張ることになるだろう。
私が伝えられることは、全て伝えなければ……。




