第95話 ニジェール視点 彼の助けに
ボクはニジェール・ギドマン。
宴を開いた翌日、ボク達は急いで領都に戻っていた。
ユマ様が兵士に声をかけてくれていたからか、早朝から出発の準備ができていた。
感謝しかない。
数日かけて戻った時には、父上はまだ生きていた。
「父上!」
「ニジェール様。大声は旦那様のお体に触ります」
「す、すまない」
「それでは失礼します」
執事長はそう言って扉を閉じて、ボクと父上だけにしてくれる。
「父上、ただいま戻りました」
いつもなら目を閉じたまま、死んだかのようにじっとしている父上が、この時は目を開く。
「……ニジェール。よく……戻ったな」
「はい……。ユマ様に助けていただき、領民を守ることが出来ました」
「そうか……グレイルの次代がやってくれたか……」
「はい……本当はボクだけでやるべきだったのでしょうが……」
ボクがそう言ってうつむくと、父は目だけをボクの方に向ける。
「それは……違うぞ……ニジェールよ」
「父上?」
「いいか、ニジェール。最初から一人でできるのなら、派閥に入る必要はない。グレイルの派閥に入っていたのは、その方が役に立つからだ」
「そう……ですね」
「そのおかげで、我々は今の勢力を維持しているのだ」
父上は……穏健派にいることに乗り気ではないのだろうか。
ボクとしてはその考えを素直に受け入れることはできない。
「ユマ様はその身を戦場においてくださって、助けてくださいました」
「……ああ、ベイリーズも……穏健派というだけではなく、ワシらを助けてくれた」
「なら……」
「だがな。ベイリーズがそうだったからと言って、次もそうとは限らん。先代が優秀だったがゆえに、次の愚かさが際立つこともある」
カゴリア公爵家のことが脳裏をよぎる。
「なら」
「最後まで……聞け。ワシはもう長くない。お前にはそれを聞く時間くらいはくれてもいいだろう?」
「はい……すみません」
「ワシは……ベイリーズの力になれることなら多くをしてきた。急進派とのいさかいに出たことだって2度や3度ではすまん。だが、だからと言って、お前まで穏健派でいる必要はない」
「父上……?」
そんな……という疑問が出てくるが、今は聞くべき時。
そう思って父上の言葉を必死に聞く。
「いいか。これから……乱世が来るのだろう。その時、この領地を守れるのは、ワシではない。お前だ。ニジェール」
「そんな……」
「これからの時代、お前はギドマン家の領主として、全てを決めるのだ。成功も失敗も、全てお前の責任になる。この領地がどうなるかは、お前次第だ。だから、ワシが穏健派にいたからといって、お前までそれを共にする必要はない。領地や民のことを考えるのであれば、中立派や急進派に鞍替えをしてもかまわない」
「……」
「全てはお前が決めるのだ。ワシの家督を譲る、ニジェールよ」
「はい」
ボクはそう言って、ただじっと父上を見つめる。
「少し疲れた……休む」
「はい。ゆっくりと休んでください」
「ああ……」
父上は目を閉じ、眠りにつこうとする。
ボクは彼に背を向けた所で、小さな声が聞こえた。
「ベイリーズよ……先に行っている……」
その言葉で、ボクは父上に駆け寄る。
「父上! 父上!」
しかし、父上の返事はない。
ボクはすぐに部屋の外に出て叫ぶ。
「医師を呼べ! 今すぐに!」
「は!」
執事達はすぐに走り出し、それから、医師が来る。
ただ、すでに父上は亡くなっていた。
それからは忙しかった。
父上が亡くなったことによる葬儀。
家督を継いだけれど、すぐに領地運営の全てをこなせる訳ではなかった。
仕事の引継ぎや、領内で不穏分子が活動をしていないか、他にも敵が攻めて来ないか等。
様々なことに注意を払わなければならなかった。
本来であれば、ユマ様の相手もしなくてはならないのに、ユマ様はスルド男爵や、セモベラ子爵が何かしてこないか見てくると言って、領内の警備をかってでてくれた。
そのおかげで、ボクは父上の葬儀に集中できた。
式はつつがなく終わり、ユマ様は終わった後、墓に参ってくれた。
「これから知りたいと思っている時に、亡くなられてしまった。残念だ」
「いえ……父上は……きっと……これで良かったのだと思います」
「そうか……」
「はい」
父上はベイリーズ様ととても親しくしていた。
だからこそ、父上はそんな自分が大事にしていた相手であれ、次がダメならば違う選択肢を選んでもいいと言ったのだ。
でも、少なくともボクにその選択肢はない。
ユマ様はボクらの助けに応じてきてくれた。
こちらが彼らを助けにいけなかったのに、気にしていなかった。
ただ助けられるだけが派閥なのだろうか。
ボクはそれは違うと思う。
ボクは……ボクはユマ様の隣に立てるなんてことは言わない。
でも、少なくとも、ずっと助けてくれた彼の後ろを守るくらいのことはしたい。
いや、やってみせる。
「ユマ様」
「なんだ?」
「ボクはギドマン家の当主として、今度ともユマ様と共にありたいと考えています。共に……いてもいいでしょうか」
「願ってもないぞニジェール殿。これからもよろしく頼む」
「……」
彼はそう言って、笑顔でボクを受け入れてくれた。
やはり、ボクは彼を助けたい。
いや……おこがましいかもしれないが、助けられるようになりたい。
ボクには力が足りない。
もっと……もっと、ボクは……。
「ユマ様。ボクは力が足りません。ですが、いずれはユマ様を助けられるようになってみせます。ですので……これからもよろしくお願いします」
父上は領地のためになるように動けと言ってくれた。
ならば、この領地の民のためにも戦ってくれたユマ様と共にあることこそ、この領地のためになる。
ボクはそう確信している。
「こちらこそよろしく頼む。俺も……色々と至らぬ点があると思うが、ニジェール殿がいれば心強い」
「はい」
ボクは……ボクは……彼の助けになる。




