第94話 彼の優しさ
「ダーリン! 捕まえた?」
俺が敵の指揮官らしき男をのした所で、シエラから声をかけられる。
「ああ、気絶させた。シエラ。こいつを上に上げて処分されないようにしてくれないか?」
「わかったわ。村中の敵も大体終わったみたいよ。炎の壁も解除しておく?」
「いや、まだやり残したことがあるからな。そっちを先に済ませる」
「え? まだあるの?」
「避難民を全て集めさせる。敵に情報をくれてやる必要はないからな」
「なるほどねー。そこに敵が忍び込んでいるって言ってたもんね」
「という訳だ」
「りょーかい。終わったら呼んでね」
「わかった」
シエラはそう言って、魔法で指揮官を浮かべて空高くに飛んでいく。
俺は兵士達を指揮して、全ての残敵を掃討した。
投降してきたものは生かす。
後々使うかもしれないからだ。
「ニジェール殿。避難民を全て集めてくれ。全てだ」
「わかったぞ! お前達! 避難民を全て集めよ!」
「はっ!」
村の兵士達は次期領主の命令を聞き、全ての避難民を村中の広場に集めさせた。
そして、そいつらを徹底的に調べ上げていく。
ここに来るまでに周辺の戸籍を集めさせている。
そこに名前がなかったり、少しでもどもったりした者達を集める。
しかし、それだけでは足りない。
その村の生き残りという者達を集め、お互いに知っているか……ということを確認させるのだ。
案の定、名前は一緒だけれど、こいつは違うという奴らが山のように出てくる。
後はそいつらから話を聞くだけだ。
並べた捕虜達を前に俺は言う。
「必要なのは正しく早く話す者だけだ。それ以外はいらない。縛り首になりたくない者から口を開くといい」
「お、俺達はスルド男爵様の兵士です! 命令だったのです! 仕方なかったのです!」
「な! おれだってそうです! それに、避難民の中にまだ俺達の仲間がいます!」
生き残りたい兵士達が我先にと話してくれる。
これは彼らが悪いというより、こういう兵士をこんな命令に使ったということの方が問題だと思う。
話をよくよく聞くと、彼らは普通の兵士だったらしい。
指揮官に丸め込まれて村を襲ったと。
その処罰については……ニジェールに任せようと思う。
俺が裁いてもいいが、それは流石に越権行為過ぎる。
それに、実際に被害に遭ったのは彼らギドマン領の者達だ。
そのことを考えても、俺がやる訳にはいかない。
それから徹底的に敵を捕らえ、収監していく。
「よし……これでこの村は安全になったはずだ」
終わるのに夜までかかってしまったけれど、全ての敵を捕らえることができた。
これでこの村は当分安全だろう。
俺は広場近くの建物で、全ての選別を終えたことに安堵する。
すると、ニジェールが建物に入ってきた。
「いかがですか、ユマ様」
「ニジェール殿。こちらは終わったぞ」
「ありがとうございます! ユマ様!」
そう言って感謝を示してくるのはニジェールである。
今は魔法も解けているが、オドオドはしていない。
「ああ、ニジェール殿もよく戦ってくれた。獅子奮迅の働きだったぞ」
「いえ……ユマ様のおかげです。ユマ様がいてくれたから、ボクはただ前を向いて斧を振るだけで済んだのです」
「斧を振るだけで30人以上を狩り取ったのは素直にすごいよ」
「いえ……いえ、そうですね。ボクも……役に立ったのかもしれません。ですが、この笑顔を守ってくださったのは、ユマ様も同様であることを、忘れないでいただきたい」
彼はそう言って、俺を広場に連れ出した。
広場にはかがり火がたかれていて、テーブルがこれでもかと並べられていた。
そして、その上には様々な料理や果物が置かれている。
当然、そのテーブルの周囲には、村の者達……さらに、本当の避難民達が今か今かとコップを手に待っていた。
ニジェールが高らかに叫ぶ。
「この方こそ穏健派の盟主、グレイル家の次期領主であるユマ・グレイル様です! 今回の襲撃、ユマ様の助けがなければよりひどいことになっていたでしょう! しかし、彼の知略とその配下の『焼尽龍姫』様や歴戦の精鋭の方々のおかげで救われました! 彼らとの変わらぬ友情を! 乾杯!」
「乾杯!」
「ニジェール殿……これは……」
俺がずっと尋問をしている間に、彼はこんな手筈を整えていたとは……。
ニジェールは軽く頭を下げると口を開く。
「申し訳ありません。ユマ様に黙って勝手に開いてしまって……。ですが、こうでもしなければ、民達は敵を逃してしまったのではないか。まだどこかにひそんでいるのではないかと、恐れてしまうと思ったのです。こうして宴を開けるのならば、安心できると。そう……納得してもらうために」
「そうだな。その通りだ。敵を全て捕らえた。ならばあとは生き残れたことを喜び、感謝するだけだ」
すでに空は暗く、今から移動することもない。
ならば、こうやって民達と一緒に宴をすることも悪い選択肢ではないだろう。
将来的に民達を安心させる安寧を得る者だ。
こういう所が民達のためになるのだろう。
ならば、俺が言うことはない。
「はい。ユマ様もぜひ、民達の言葉を聞いてください」
「ん? わかった」
何かあるのだろうかと思って宴の中を歩くと、口々に声をかけられる。
「ユマ様! 村を守っていただいてありがとうございました!」
「ユマ様がいなかったら今頃どうなっていたか!」
「我々の村の仇を討っていただいてありがとうございます!」
「この御恩は一生忘れません!」
「これ以上は逃げられないと思っていたので、ここで倒していただいて本当に……本当に感謝いたします」
「ああ、今はゆっくり休み、宴を楽しむといい」
この村の民達は守ってくれてありがとうと。
避難民達は、仇を討ってくれてありがとう、これ以上逃げないようにしてくれてありがとうと。
口々にお礼を言われる。
正直、恨み言の一つでもあるかと思ったけれど、そんなことを言ったところで意味はない。
そのことを知っている、とても……強い人達だと思った。
ならばそれに合わせて、俺も多くの人達と宴を楽しむべきだ。
俺が連れてきた兵士達も楽しそうに酒を飲んでいる。
そうやって楽しくしていると、時間はあっという間に過ぎていく。
ただ、その中でニジェールがいなくなっていることに気づく。
「……シエラ。ニジェール殿がどこにいるかわかるか?」
「カンパーイ! え? どこ……んーあの建物の所にるわよー」
「助かる」
「えー行っちゃうの?」
「飲み過ぎるなよ」
「もー大丈夫よー」
俺はシエラなら大丈夫だと思いニジェールの元に向かう。
彼はひっそりと建つ建物の2階で一人で飲んでいた。
ほとんどの者は外で飲んでいるので、どうしたのだろうか。
「ニジェール殿」
「……ユマ様。こんな所でどうされました」
「ニジェール殿の姿が見えなかったので、どうされたのかと思ってな」
「申し訳ありません。宴の席で……こんな顔はするべきではないと思いまして」
そう話す彼の顔は、とても暗かった。
「何か問題が?」
「いえ……ボク自身の問題です。こうして宴をしている間も、父上は今にも倒れそうなほどに苦しんでいるのです。それを……宴に参加していいのかと」
「なるほど」
俺は彼の優しさを感じていた。
民達を安心させるために宴を開いたはいいが、彼自身は今すぐにでも帰りたいのだろう。
でも、民達も心に傷を負っている。
そのために彼自身は我慢し、民のためを思って行動しているのだ。
「これからもよろしく頼む」
「え……ええ。こちらこそよろしくお願いします」
「明日朝一で戻ろう」
「え、いいのですか?」
「ああ、今夜は飲んでもいいが、翌日には持ち越さないようにさせる。俺もやらなければならないことがあるからな」
「……ありがとうございます」
「ではな」
俺はそう言って彼の部屋を後にし、民達と酒を飲む。




