第93話 名もなき士官視点 化け物達
***名もなき士官視点***
薄暗い部屋で、私は主から密命を受ける。
「お前にはスルド男爵領に行き、兵を率いてもらう」
「は……それは構いませんが……誰と戦うのでしょうか?」
「ギドマン領の村々を落としてもらう」
「村を……ですか?」
「不満か?」
「領主様のご命令とあらばすぐにでも」
私はハムロ伯爵家に仕える騎士。
多少なりとも後ろ暗い命令などもこなしてきた。
だが、今回の命令はだいぶ怪しい雰囲気がした。
それでも、忠誠を誓った領主様の命令だ。
従わない訳にはいかない。
私はすぐにスルド男爵の領地に行き、兵士100名の指揮権を借りる。
「スルド男爵様。兵をお借りします」
「……ああ、ギドマンを落とすのだろう? 徹底的にやってくれ。あいつらは相応しくない」
「落とすとまでは言いませんが、かなり厳しいことはするかと」
「それで十分だ。スルドの兵は強い。あの方も認めてくれるだろう。それをギドマンに教え込んでくれ」
「……は」
スルド男爵が何を言っているのかよくわからなかった。
でも、自分には関係ないと割り切り、言われた通り兵を借りる。
それから兵士にこれからやることの正当性を伝え、同時にこれからやることを具体的に話す。
「それは……我々に……盗賊まがいのことをしろということでしょうか?」
「違う。私はこの国のために戦えと言っている。いいか? その村々には他国の間者が隠れているとの報告があった」
「で、ですが村ごとというのは……」
「その村ぐるみでやっているとの報告が入っている」
「そんなこと……」
真面目な気質の兵士が不安そうに聞いてくる。
まぁ当然ではあるだろう。
今回の作戦はまともなものではない。
普通の兵士達がそれに納得するはずもなし。
だが、それを問題ないかのように見せ、兵士達を使うのが私の仕事だ。
そこに思わぬ所から助け船が来た。
真面目な兵士の隣にいる、とても不真面目そうな兵士だ。
「別にいいじゃねぇか。士官様がそういうならそうなんだろうよ。悪い村を焼きに行く。簡単なことじゃねぇか」
「しかし、彼らは穏健派の村なのだろう? そんなこと……」
「穏健派だからこそだよ。表では戦いませんよーって面して敵と手を結ぶ。よくある話じゃねぇか」
「それは……」
「そもそも、俺達は兵士だ。行けと言われた所に行き、そこで剣を振るう。違うか?」
「……」
「わかってくれたようだなぁ」
そんなことがありつつも、どの村を襲うかの選別を行う者に適正のありそうな者を選んでいく。
さきほどの生真面目な者は襲撃する者として、不真面目な者はどこを襲うかを調べる者として。
村を襲撃し罪なき民を殺していく。
そして一度でもやってしまえば、真面目な者ももう後には引けない。
そうやって部下を使い、村々を焼き払っていく。
次に襲撃する村を選定していると、斥候に使っていた不真面目な兵士から情報が入る。
「ギドマンの雑魚共が対処できずに、ユマ・グレイルが動いたそうでさ」
「ほう、なら次が最後だな」
「そんな危ない奴らなんですかい?」
「危険だ。まともにぶつかれば万に一つも勝ち目はない」
「それはギドマンの馬鹿も一緒でしょうよ」
「そんなのと比べるな。ユマ・グレイルは戦いの天才だ。流石にまだ前線にまでは出てこないだろうが、次を最後に撤退だ」
「了解でさぁ」
そして、私達は村に入り、いつものように剣を振るう。
「さっさと殺せ! 火も放っていけ! 捕虜はいらん!」
「おうよ!」
「……」
部下達は人を殺す快感に目覚めた者と、後戻りができないことを知り、淡々と殺す者に分かれる。
どちらでもいいが、仕事をしてくれるのであれば問題ない。
今回もいつものように問題なく終わると思っていた。
「ぐわぁ!」
「ぎゃあああああ!」
「だ、だれだてめぇ! うごぉ!」
「なんだ? 何が起きている?」
村には避難民に紛れ込ませた斥候を放っている。
兵士の少ない村を狙い、敵の強い所とは戦わずに弱い所をそぎ落としていく。
敵はこちらの斥候がいる村の避難民に紛れていることも気づいていなかった。
なのに、なにが……。
次の瞬間には大柄な男が大斧を振りかぶって部下を斬り殺した。
「この雑魚共がぁ! 今までよくもウチを荒らしてくれなぁ! 今夜はキサマらの血でパーティだなぁ!」
そんな物騒は言葉と共に部下が真っ二つにされていく。
しかし、驚きはそんなことではなく、その相手だった。
「なぜニジェールがここに!? いや、今はいい! 全員すぐに撤退だ! あれには勝てない!」
第一、ギドマン家の次期領主がいるのならその護衛もいると考えるのが当然。
ここで兵を……ひいては私が捕まる訳にはいかない。
それから周囲を兵士で固め、村からの逃走を計る。
数人をまとめて村の外に出ようとしたけれど、私達の足はそこで止まってしまう。
「村の外が……燃えている……」
村を囲むようにして炎の壁がそそり立っていた。
視線を他の場所に向けても、この村を囲むようになっていてネズミ一匹逃げられそうにない。
「これは……どうしますか」
「………………」
部下の言葉に最悪の可能性を考える。
これだけの炎の壁を作れるような魔法使いはそうそういない。
そして、そんな魔法使いがグレイル領に一人いる。
「『焼尽龍姫』」
「呼んだー?」
「!?」
声が聞こえた。
そう思った途端、周囲にいた兵士達の首が飛んだ。
「あなたは指揮官ぽそうだから殺すわけにはいかないのよねー。大人しく降伏してくれる?」
どこにいるのかと探すと、上空からゆっくりと『焼尽龍姫』が降りてくる。
彼女は杖を構え、何かしたら即座に首を刎ねるという雰囲気を醸し出している。
もう終わりか……そう思った瞬間、まさかの助けが来た。
「隊長ー!」
「お前達……!」
「ふーん。意外と慕われてるのね」
『焼尽龍姫』の意識が村から出てきた兵士達に向く。
俺はその隙をついて、懐に入っていた煙幕を地面にたたきつける。
「え! ちょっと見えないじゃない!」
『焼尽龍姫』はそう言いながら安全のために上空に飛び上がっていく。
私は煙幕に紛れて、再び村の中に駆け込んだ。
そして、適当な家に転がり込み、これからのことを考える。
戦うことは無理だ。
どうにかして、私だけでも逃げ出さなければならない。
ニジェールもだし、そこにあの『焼尽龍姫』がいる。
となれば、ユマ・グレイルもいるかもしれない。
あのカゴリア騎士団を叩きのめした化け物が。
民や貴族の中でも桁違いと認識され始め、多くの者から羨望の目を向けられるあの化け物が側にいて、敵になっている。
震える身体を押さえつけ、そんな相手に何ができるかを必死で考えるが、隠れ続けてなんとかして逃げる可能性くらいしかなさそうに思える。
村の中もかなり静かになり始めていて、すでに戦闘が終わりかけているのだろう。
数は少数精鋭だろうか。
そんな数で来ているといっても精鋭が過ぎる。
そこらの兵士で勝てる相手ではないのだ。
「どうやったら逃げられる……」
「逃がすと思うか?」
「は……かっ……」
ドスリと何かが俺の脇腹を突き、俺は地面に倒れていた。
「どう……やって……」
「シエラが教えてくれただけだ。この家に逃げ込んだ指揮官がいるとな。後で詳しく話そうか」
「ぐふ!」
そんな彼の言葉で、私は意識を失った。




