第61話 急進派とカゴリア領
「ユリウス国の奴等が失敗した? とことん使えない奴等だな」
そう言葉を発するのはヘルシュ公爵。
場所はいつもの部屋で、室内にいるのは急進派の3人に、ヘルシュ公爵の側近が1人だけだ。
「はっ。ただ、敵にユマ・グレイルが現れた結果ともいわれております」
「……」
側近が報告をすると、ヘルシュ公爵の顔が苦虫を潰したように歪む。
「なぜ奴がクルーラー伯爵領に?」
「詳しいことは分かっておりません。もう少ししたらクルーラー伯爵領の者から情報が入ってくるでしょうが……」
「グレイル領は諜報対策も万全だったか」
「はい。何度送っても消されるか利用される。あそこに送ってもほとんど意味はないかと」
「ちっ……よほど優秀な諜報部隊が付いたか……だがそんな部隊はこの国にあったか? 我がヘルシュ領のターリイに匹敵するような」
「ないと思われますが……在野に隠れていたやもしれません」
「クソ。仕方ない……当初の予定からずれてしまうな……」
ヘルシュが考えている所に、ハムロ伯爵が話しかける。
「ヘルシュ公爵。やはり奴らは危険です。早々に潰さねばならないかと」
「どうやって? 武力は一流、男爵をそそのかした計画も失敗、男爵領での反乱も失敗。これ以上どう手を打つというのだ?」
「それは……」
ヘルシュ公爵はハムロ伯爵にさらに言う。
「ここまで来たら奴らを放置する方がまだましだ。幸い奴らは領地にこもっているのが基本。外で謀略を巡らせる気はない。今のうちにそれ以外を落とすように行動するべきだ」
「……はい」
「ケランの所の食料はこちらで抑えておけるようになった。カゴリアの脳筋共はその武力の元を渡さないようにしてしまえば自壊する。そうなれば中立派も終わりだ」
「なるほど、では今流れはこちらにあるのですな」
「そうだ。後は予備の為にあの女を殺しておく必要がある」
ヘルシュ公爵は目を鋭くさせて言う。
他の3人は少しばかり動揺したのか思わず聞き返す。
「……本当にもう……やるのですな?」
「ああ、カゴリアの奴等が領内のことにかかっているうちに行動するべきだ。我が孫が王位に就くために、障害になる可能性のある者は排除しておかねばならんからな」
「…………」
「もうお前達も言い逃れはできん。一蓮托生、やってもらうぞ。王族殺しを」
「……はい」
「はい」
その部屋の空気は、とても剣呑な物になっていた。
******
***???視点***
わたくしは豪華な部屋のソファに座っていた。
後ろには護衛の女騎士が2人。
正面に目だけはキラキラと輝かせ、華美な服を着た男が座っている。
歳は20代前半で宝石などもキラキラとさせていて、まぶしくて正直見たくはない。
でも、彼と話すことは大事なので仕方なく向かい合った。
「ねぇ、本当に大丈夫なの?」
「お任せください! 我がカゴリア騎士団は最強! 必ずや貴方様のご安全を保障いたします!」
わたくしの前にはそう言ってソファから飛び降りて跪くカゴリア公爵。
ただ、わたくしは知っている。
彼の言葉は華美に飾られていると。
カゴリア領は今荒れている。
この公爵家の中にあって、別宅と呼ばれる少し離れた位置にある豪勢な家。
王族とも結びつきが強く、王族専用の屋敷として作られていることは知っている。
そんな鳥かごのような家の中で、わたくしは嘆息を我慢するのに必死だった。
「そう……お仕事を頑張ってください。わたくしは休みます」
わたくしがそう言って立ち上がると、彼は慌てて止めてくる。
「お待ちください!」
「なんでしょう?」
「そろそろ僕と婚約を結んでいただけないでしょうか?」
「その話は父とも話してお断りしたと思いますが?」
わたくしはまた……と思いつつも、彼の方を向いて話す。
「しかし、貴方のように美しい方は僕にこそ相応しい! あなたの美貌はこの国一! いえ、大陸一だと確信しています! そして、そんなあなたと並べるのは僕だけなのです! 王家と公爵家、それも合うでしょう?」
顔と地位の話しかしないのか。
思わず言葉を漏らしそうになるが、ぐっとこらえた。
「わたくしの身体はこの国に捧げた身。父の許しが無ければできないのです」
「しかし……」
「カゴリア公爵様」
「なんでしょう。愛しい君」
「わたくしとしては領内の問題の方が心配です。早く解決された方がいいのではありませんか?」
「僕や僕の家臣達は優秀です。ご心配せずに、安心してお待ちください」
「……そうですか。出過ぎた真似をいたしました」
「いえ、貴方がそうおっしゃられるのも仕方ないこと。すぐに解決させてきますとも」
彼はそう言ってソファから立ち上がり、扉に向かっていく。
そして、わたくしの方を振り返る。
「今回の問題が解決したあかつきには……」
「……」
「ふふ、今は言えなくとも、すぐに言わせてみせますよ。僕の優秀さを」
彼はそれだけ言うと部屋から出て行った。
わたくしはソファにドサっと座り、貯めていた息を吐きだす。
「はーーーー!!! まじか……まじか……なんであんなの所にわたくしを寄越したのかしら……」
「先代はとても優秀でしたから」
「その先代が急死していきなりこれでしょう? しかもあんなにグイグイくるとか……鳥肌立つんだけど」
「私室に入ってこないだけの分別はあるのでいいのでは? それに、ここほど安全な場所はそう多くありません」
「そうだけどさ……。あ、そういえば、クルーラー伯爵の戦はどうなったの? あそこも軍隊強いわよね?」
わたくしはあいつのことを頭に残したくない一心で、幼いころから一緒にいる女騎士ミリィに聞く。
「伯爵の軍が勝ちました。大勝だそうです」
「へぇ……ならそっちでもいいか」
「ですが、最も手柄を上げたのはユマ・グレイルというグレイル家の息子だそうです」
「穏健派が中立派に手を貸したの?」
「そのようですね。そして最も戦功をあげたらしいです。一応指揮官としてはヴォルク・エルランド将軍になっていますが」
「グレイル領か……確かあそこは信頼していいって父も言っていたわよね」
「そうですね。現グレイル侯爵はとてもできたお方です」
その話を聞いて、わたくしはいいことを思いつく。
「ちょっと……父上の所に帰りましょう」
「良いのですか? カゴリア公爵様がなんと言うか」
「里帰りしたいって言ったら許してくれるでしょ。さ、すぐに準備しましょう」
「しかし……」
「いいからやる!」
「はい」
ということで、わたくしは王都に向かう準備をする。
ちなみに、王都の向こうには穏健派の領地が2つあった。