第38話 殿
「行くぞ!」
「おう!」
俺達は敵の罠を全て打ち破り、後は背後の敵を斬り裂くだけ。
そう思って飛び出したのだが。
「うぐ!」
「ぐあ!」
「ぎゃあ!」
「クソ! どういうことだ!」
俺は敵の背後に出たと思っていた。
だが、レックスはそれを予知でもしていたように、柵で馬除けを作り、その奥から矢を射かけてくる。
後ろは細い道で味方が居て下がるに下がれず。
下がったとしても、敵はいつでも突撃できる態勢を整えていた。
矢がこれでもかと降ってくる中、騎士や兵士達が一人、また一人と地面に転がっていく。
そんな中、柵の一番前にいたレックスがいた。
白銀の髪は美しく、風になびいている。
紅の瞳は鋭くオレをとらえていて、彼は高らかに叫ぶ。
「イノシシだと聞いていたが罠を潜り抜けてここまで来るとは思わなかったよ! だが、お前は滅ぶ! 自分が滅ぼす! ここで朽ちて罪を償え!」
「クソが! 全軍後退! できるだけ急げ!」
「後退? それが出来ればいいがな! 全軍前進! 奴らは精兵といってもここに来るまでに疲れ切っている! 今なら簡単に殺せる! さっさと殺しにいけ!」
レックスは俺達がこの盆地に入り切って、後退を始めたタイミングで軍勢を前に出して攻撃をして来る。
このままでは後ろから攻撃され、包囲殲滅されるだろう。
なら。
「ヴァルガス。以降の指揮は任せる。先ほどの道を右に行き、奴らの後背に出て攻め滅ぼせ」
「かしこまり……ユマ様はいかがなさるおつもりですか!?」
「俺はここで殿をする」
「そんな! それでしたら部隊を残します! いえ、俺が残ります!」
「ダメだ! お前はいけ!」
「何故ですか!?」
ここは引けないとばかりにヴァルガスは言うが、俺としても勝つのを諦めた訳ではない。
「勝つためだ! 理解しろ!」
「ユマ様だけ残してどうやって勝つというのですか!」
「俺は死なん! ここで奴らの足を止め、お前達が素早く奴らを後ろから攻撃する! それで勝てるだろうが!」
「そんな……無茶です! 敵は1000人以上もいるんですよ!?」
「俺がその程度で殺されるものか! いいからいけ! 命令だ!」
俺はそう言って、馬を翻して敵陣に突っ込む。
ヴァルガスが付いてこないか心配だったけれど、彼は命令を忠実に守ってくれる。
そのまま部隊を下げていく。
俺は一人、敵陣に突っ込む。
「敵は一人だ! 囲んで殺れ! こいつを殺せばそれで終わりだ!」
「そう簡単にできると思うな!」
俺は馬をかり敵陣を斬り裂いていく。
敵はそれでも俺を狙う者と、ヴァルガス達を狙う者に別れていた。
だから、全員の注意を俺に引かせるために、味方の背を追う者達に向かって斬り込む。
「俺を相手にしてよそ見とはいい度胸だな!」
「ぎゃああ!!??」
「くそ! なんて強さだ! 囲め! まずはこいつを殺さねば被害がシャレにならなんぞ!」
俺はそんな声を聞きつつも、これでいいと敵陣を駆け抜ける。
最初は上手く扱えなかった馬も、今では手足のように扱える。
ずっと俺を支えてくれた名馬だ。
だが、敵陣で敵を斬り続けることは、大事な愛馬にも相応の負担をしいていた。
「馬だ! 馬を狙え!」
レックスの言葉に、槍を持った者達が真っ先に馬を狙う。
「く!」
何とか進む方向や、槍先を斬り払って進む。
しかし、遂に走り続けていた愛馬が地面に倒れる。
「ヒヒィーン!」
「今だ! 倒れたぞ! 囲め!」
俺が倒れたのは、最初に矢を射かけられ、多くの仲間が倒れた場所。
素早く起き上がり、周囲を見回す。
俺の周囲には友人、部下……共に飯を食い笑い合った仲間達の死体が転がっていた。
「あ……」
この景色は……俺がユマ・グレイルになった時、夢で見た光景と同じだった。
いいや違う。
同じようになる訳がない。
絶対に俺が変えてみせる。
俺がそう決意を固めていると、敵の包囲が少し割れた。
その中の1人……レックスが出てきて俺に話しかけてくる。
「投降したらどうですか? 仮にも次期侯爵の身分をお持ちのあなたを殺すのは忍びありません。それに、あなたは強い。殺すだけでも手勢のほとんどを失ってしまうかもしれない。罪を償っていただくことにはなりますが、どうですか?」
俺はそいつの言葉は無視して、大事な仲間達を見つめる。
共に訓練をして、競い合い、笑い合った仲間達。
「……」
しかし、大事だった仲間達はもう動かない。
そんな俺が、降伏して生き残る?
まだ負けていない。
いや、これから勝つのに?
「できるはずないだろうが」
「!」
俺はレックスに向かって剣を振りかぶる。
しかし、奴もそれなりに腕が立つのか、後ろに下がって周囲に命令した。
「殺せ! そいつは生かしておけばこの世のためにならない! 悪は裁かねばならんのだ! 正義は我らにあり!」
「うおおおおおお!!!」
「邪魔だ」
それから俺は正義に抗い続けた。
「ひ、怯むな! 囲め! 囲んで殺せ!」
囲まれようが、俺が負けること等ない。
そんな時、俺に声がかけられる。
「これを見ろ!」
「!」
「ユマ様! 私のことは気にしないでください!」
そこには、俺の大事な仲間……騎士団長であるセルヴィーが手を拘束され、首筋に剣を突きつけられていた。
俺はそれに目を奪われた一瞬。
ヒュン。
何かが風を切る音が聞こえた。