第129話 避けられないこと
次の更新は日曜日になります。
よろしくお願いします。
「大変失礼いたしました」
「心中お察しする。とても……お辛いでしょう」
身内が死ぬ。
俺が幼い頃に死別した母に対しては記憶もおぼろげだ。
だから問題はないが、父上がそうなったらと思うと……。
正気でいられるかわからない。
「いえ……ある程度の覚悟は出来ていました。それでも、実際にそうだと聞かされると……」
メア殿下はうつむきそうになるが、ぐっとこらえて顔をあげる。
涙の跡が残っているが、キリリとした顔を俺に向けた。
「しかし、わたくしはここでうつむいている暇はないのです。これからこの国をどうしていくのか。多くの者と話し、考えねばなりませんから」
「はい」
「ありがとうございます。すぐに仕事に向かいますわ」
「いいのですか? 休んでいてもいいのですよ?」
「……動いている方が、わたくしにとってはよいのです。1人部屋でじっとしていると考え込んでしまいそうですから」
「わかりました。できることがあるなら言ってください」
「ふふ、誰かが隣で寝てくださるならそれもいいかもしれませんわ」
そう言ってメアは強がってくれる。
「ミリィに伝えておきましょう」
「もう……ですが、行きましょうか」
「ええ」
ということで、俺とメア殿下は部屋から出て、それぞれやるべきことに向かう。
彼女はこれから訪れる戦争に向けての内政方面での準備。
俺はこれから侵攻をする場所を決める話し合い。
主要なメンバーは大体が揃っていた。
シエラのほほに紅葉型の跡が残っているのがちょっと気になったが……まぁいいだろう。
これから会議が始まる……という所で、ゴードンが飛び込んできた。
「ユマ様! 至急主のお部屋まで来ていただけますか!」
いつも冷静で落ち着いている彼の慌てた表情。
一度も見たことがない姿に、俺は即座に反応する。
「すぐに行く。先にはじめておいてくれ」
俺はそこにいる者達にそう言い残し、父上の部屋へ向かう。
何があったのか。
考える暇もなく、部屋に飛び込む。
部屋のベッドの側では、主治医とレナが父上の側にいた。
レナは必死で魔法を使ってくれていて、俺が入ったのも気づいていない。
父上はベッドの上で苦しそうにうなっている。
「ぐぅ……うぅ!」
「父上!」
俺はすぐに駆け寄り、父上の顔を覗き込む。
父上は食いしばっていた歯を少し緩め、なんとか笑顔を絞り出す。
「ユマ……よく……来てくれた。聞いてくれ」
「父上、安静にしてください! レナの魔法ならすぐに!」
俺がそう言おうとすると、主治医に方をそっと抑えられる。
「ユマ様。グレイル候のお言葉を遮るものではありません」
「しかし!」
「ユマ様、お聞きなさいと言っているんです! 後悔されたいのですか!」
主治医の言葉に俺は脳が殴られたような気になる。
それから何も言えないでいると、父上が口を開く。
「そう怒るな。ユマが私のことを考えてくれているのはわかる」
「グレイル候」
「だがユマ。お前は賢い。それでも、一つの視点が抜け落ちている」
「抜け落ちている……?」
「私が死ぬということだ」
「……」
俺はその言葉に何も言えなくなる。
「他の者は皆察していた。ゴドリック候も……そう長くないと思っていただろう」
そう言えばゴドリック候と話し、父上の話題になった時に不自然な目線があったような気がする。
「お前が最善を尽くしても、どうにもならないことはある」
「父上……」
「レナ嬢。もう必要ない」
「しかし」
「他の者に使ってやってくれ。私に施しても効果がない。わかっているのだろう?」
「それは……」
レナが悔しそうにうつむき、魔法を止める。
「ありがとう。君の力は素晴らしい。これから多くの傷ついた者を癒してくれるだろう」
「はい……」
父上は再び俺に向き直り、口を開く。
「ユマ。後ろを見なさい」
俺が後ろを見ると、シュウ、アーシャ、シエラを筆頭に多くの者達がいた。
「お前は多くの素晴らしい仲間を集めた。私がお前の年の頃にはできなかったことだ」
「……」
「シュウ、これからもユマを支え続けてやってほしい」
「必ず」
「アーシャ、ユマが迷わないように導く手助けをしてほしい」
「はい」
「シエラ、ユマの側で見守ってほしい」
「ええ」
「メア殿下、ユマのことをよろしくお願いします」
「できる限り」
「セルヴィー。良くグレイル家に尽くしてくれた。これからも頼む」
「当然でございます」
父上は集まってくれた者達に一声ずつ声をかけていく。
「最後に……ユマと2人きりにさせてくれないか」
その言葉に否を言う者はおらず、全員がすぐに部屋から出ていく。
「ユマ。これから大変な時にすまない」
「そんな……そんな……」
「だがお前なら、全てを乗り越え、上手くやってくれると信じている。お前がいるからこそ、みなついてくる。お前のために戦ってくれる。お前はお前の道を進め。私にはできなかったこと。お前ならやってくれる」
「父上……」
「私は幸せだった。お前の教育をどうしたらいいのかわからなくなる時があったが、今のお前を見れば、安心して逝くことができる。家臣……いや、仲間と言った方がいいのだろう。彼らと……これからも力を合わせてな」
「はい」
父上はそう言ってから、天井に手を伸ばす。
「陛下、私もすぐに行きます。今度こそ……あなたの側で……」
父上は最後力なく手を空に伸ばし、ぱたりと落とした。
「父……上……」
父上は……ベイリーズ・グレイルは死んだ。




