第126話 あたしの居場所
俺は周囲を見回し、残った敵兵がいないかを確認する。
少なくとも周囲にはいないのを確認して、城壁から飛び降りた。
そのころにはアーシャの指示で馬車が動き出しており、俺は走って近づく。
「このまま突破しても問題ない! シエラは!」
「わたしも見れていない」
「なら俺はレナを連れてくる。アーシャは周囲の警戒を続けてくれ」
「わかった!」
彼女は馬に乗って先行してくれる。
俺はそれを見送り、急いで後方へと走る。
「ユマ様! 馬が必要ですか!」
「ミリィ! メア殿下は無事か!?」
「はい! 我々はそこまで敵が来なかったので被害はありません! 後ろに行くなら使ってください!」
「助かる!」
ミリィはメア殿下付きの騎士だ。
俺の状況を察してか、馬を差し出してくるので素直に借りることにした。
俺はそのまま最後衛まで行く。
途中父上の様子をゴードンに確認したが、問題ないとのことだった。
「シュウ! 無事か!」
「はい! こちらはなんとか!」
「良かった……」
最後尾にいたシュウ、レナ、ジャック、護衛の騎士はボロボロだったけれど、なんとか守ってくれたらしい。
俺はすぐに馬車に飛び乗り、レナをお姫様抱っこする。
「え? え? な、なにをするんですか? 高ぶったからっていきなり……」
「レナ。力を貸してくれ。シエラが無茶をして危ない」
「! わかりました。運んでくださった方が早いですか?」
「そうだ」
俺は彼女を抱えたまま馬に飛び乗り、先頭へ向かった。
先頭に近づくと、近くの騎士に馬の手綱を預けた。
俺はレナを抱えてシエラが乗っている馬車に飛び乗る。
「シエラ!」
「ユマ様! シエラ様の息がかなりか細いです!」
「レナ。急いで頼む」
「はい!」
レナはすぐに馬車の中に入り、シエラに魔法をかけてくれる。
「ぐっ……うぅ……」
「耐えてください。私が……私が治しますから!」
俺は固唾を飲んでその様子を見守っていた。
「すぅすぅ」
「何とか……治ったと思います……」
レナが回復魔法をかけ始めてから数時間。
シエラの表情は安らかな寝顔に変わっていた。
「シエラ……良かった……」
俺は彼女の手を取ってギュッと握る。
「だいぶ無茶をされたようです。でも、ユマ様に魔法を教えていただいたお陰で治すことができました」
「レナがすごかったんだ。助かった。ありがとう」
「はい。これからもお力になれるように頑張りますね」
そう言って彼女は優しい笑顔を向けてくれた。
「ああ、これからも頼む」
俺はそれだけ言って出ていこうとしたのだけれど、それはリリスに止められた。
「あの、ユマ様」
「どうした?」
「もう少しだけ……シエラ様のお近くにいてあげた方が良いのでは?」
「だが……」
「私達は一度出ていますので、さ、レナ様」
「はい」
「お願いごと……聞いてあげてくださいね。シエラ様は……命を賭けてくださったので」
「ああ」
リリスは俺の手を引いて馬車の中に引き入れ、レナを連れて馬車から出ていく。
その際馬車を一度止め、リリスの後ろに乗る形でレナも馬車に乗る。
俺は馬車の扉を閉めて、そっとシエラの反対側に座った。
「シエラ……本当にありがとう」
「ん……手……握って」
寝言だろうか。
俺はシエラの手をしっかりと、だが優しさを忘れずに握った。
「膝……枕……」
「ひ、ひざ枕? ま、まぁ……いいが」
俺は彼女の頭をそっと持ち上げ、俺の太ももに乗せる。
「これでいいのか……?」
「最高……」
「そうか……いいのか……」
確かに前シエラに膝枕をしてもらった時は良かった気がする。
彼女が気持ちよさそうに寝ているのであれば、それを邪魔する必要はないだろう。
「服……脱がせて……」
「わかった。服だな、服か……服!? いやそれはダメだろ」
なんか流れでやろうとし始めたけど、我に返った。
「暑い……」
「秋も過ぎてるんだし寒いくらいだろ」
「早く……」
「手袋だけだぞ」
彼女は長い手袋……オペラグローブを取る。
「もっと……」
「お前マーメイドドレスしか着てないだろ」
「早くぅ……」
「シエラ……お前、起きてるだろ」
「……バレた?」
シエラは小さく舌を出しながらいたずらっ子のような顔を浮かべる。
「お願いが的確すぎだ」
「だって……最近ずっと忙しかったし? こうやっていられるのってあんまなかったからさ」
「それに関してはすまない」
「ま、それだけやばい状況っていうのはわかってるつもりよ。だからそんな顔しないで? あたしには笑顔を見せて、ね?」
そう言われて、俺は思わず笑みがこぼれた。
「ああ、これでいいか?」
「うん。さ、このまま子供作ろ?」
「そんな仕事しようみたいなノリでやるもんじゃないだろ」
「だってー欲しいんだもん」
「もんってお前な……。さっきまでけがをしてたんだろ? 無茶はするな。心配になる」
「ダーリンの方がいつも無茶してるくせに……大丈夫。起き上がってあたたたたた」
シエラは起き上がろうとしたけれど、体内に痛みがあるのか起き上がれずにいた。
俺はそっと彼女の肩をつかみ、元の位置に戻す。
「休んでくれ。何か起きるまでは俺はここにいるから」
「ほんとに? じゃあ甘えちゃおっかな」
「ああ、聞いてやる」
「じゃあお菓子食べさせて」
「いいぞ」
俺は置いてあった箱の中からお菓子を取り出して、シエラの口元に運ぶ。
「ん~! 美味しい~! 幸せ~命懸けたかいあった~」
「それは良かった。いるだけ言ってくれ」
「うん。そんなにはいらなーい。あんまり食べると太っちゃうから」
「じゃあ俺が食うぞ?」
「えーいいよ。でも……自分でもびっくりしちゃった」
「何がだ?」
「あたしさ……1人で旅をしてきて……何かあっても逃げるようにしてたんだよね」
「いつも戦ってくれていたじゃないか」
「余裕はあったよ。逃げる余裕は。でも、今回は限界までやって、もう……ダメなら逃げられないくらいに魔法を使った」
「ああ」
「それが……あたしはうれしかった。ここがあたしの居場所なんだって、思える場所だから」
「シエラ、俺にとってお前は必要な存在だ。これからも一緒に居場所を守ってくれ」
「当然よ。あたしにだってダーリンが必要なんだから。他の男なんて考えられない。だから……」
シエラは話し疲れたのか、どんどんまぶたが落ちていく。
「これからも……ずっと……ずっと一緒に……」
「ああ、ずっと一緒だ。頼む」
「うん……すぅすぅ」
それから、シエラは静かに眠りについた。
シエラが眠りについてから数時間後。
足がちょっときつくなってきたころに、扉がノックされた。
「どうした」
「ユマ様、前方に軍勢。数はおよそ2000」
「そこまでするのか……」
急進派は確実に俺達を殺したいらしい。
だが、領地まであと少しという所。
必ず生きてたどり着いてみせる。
「俺が斬り開く。全員俺に続けと伝えてくれ」
「?」
俺がそう言ってシエラの頭をそっと座席に置く。
しかし、アーシャは頭に? を浮かべていた。
「どうした? これから斬り込むんだ。間違っているか?」
「……あ、軍勢が掲げる旗はグレイル領のもの」
「そういう……」
敵かと思ったら味方だった。
その軍勢の指揮官はセルヴィーで、シュウが王都にいる際、連絡を送って領境を越えてきてくれたらしかった。
俺達は彼らに囲まれ、無事にグレイル領への帰還を果たした。
「2人で何をしていたの? わたし、知りたい」
「ちょっと話していただけだ」
「わたしも頑張った、わたしも話したい」
「あ、ああ。もちろんだ」
「当然2人きり、密室で」
「はい……」
というやり取りがアーシャとあり、帰ったらという約束をさせられた。




