第119話 帰り道には気を付けて
「荷物の準備は出来たか!?」
「はい! 後はお3方が帰ってこられるのを待つだけです」
「そうか……と言っている側から戻ってきたな」
俺達は急いで領地に戻るための準備をしていた。
まぁ、すぐに戻るつもりだったので時間はかからなかった。
後は3人が帰ってきたらすぐに……と思って外を見ていたら、ちょうど帰ってきた所だ。
俺は彼女達の元に向かって説明する。
「3人とも、すぐに王都を発つ。できる限り早く準備してくれ」
「わかりましたわ」
「あたしはすぐにでも行けるわよ」
「わたしも行ける。けど、警戒した方がいい。つけられていた」
アーシャの言葉に、メア殿下は苦々しそうな顔をして、シエラは驚く。
「わたくしは急いで準備をします。失礼しますわ」
メア殿下はそう言って屋敷に向かって走った。
「えー嘘、尾行? 気づかなかったんだけど」
「おそらくサギッタの連中だと思う。かなりの腕前だった」
「まじかーそれなら急がないとやばいかもね」
「特に前後はわたし達がいた方がいいと思う」
「そーね。なら前はアーシャ、後ろはあたしがいいかしら?」
「それでいい」
手早く決めている2人に、俺が口をはさむ。
「2人で先頭に行ってくれ。先頭を潰されるのが一番まずい」
「最後尾はどうするの?」
「俺が守る」
「ダーリンは真ん中で安全にしていて欲しいけど……」
「いや、今回は父上の体調のこともある。ゴードンやルークもそこにつけるとしたら、俺が守るべきだ」
「そう? 確かにその方が安心だけど……」
シエラがそう言った後、アーシャが言葉を引き継ぐ。
「ユマ様は一番大事、中央で安全でいるべき」
「今は戦力に余裕がない。セモベラ子爵とソーランド騎士爵も守らなければいけないからな。ここで見捨てたら、俺達まで所詮他は見捨てるのかと言われて敵に回ってしまう可能性もある」
「……わかった。守る戦いもあるということを忘れていた」
「いや……本来こんな戦いにはならないといいんだがな。今回ばかりは仕方ない」
ということで、先頭にはアーシャとシエラがつき、最後尾には俺が乗ることになった。
アーシャは馬に、シエラは馬車に乗るといった布陣、彼女達がいるなら安心だろう。
それからすぐにメア殿下の準備も整い、俺達はグレイル領に目指して王都を出た。
「つけられているな……」
「やはりですか」
馬車の中で俺の言葉に答えるのはシュウ。
真ん中にいろと言ったのだけれど、『ユマ様の側の方が安心ですから』と言われて居座られてしまった。
後は未だに目を覚まさないレナがいる。
「彼女はどうしますか? このまま家まで送り届けるのは、かなり危険かと……」
「そうだな……何とか隠れて家に帰そうを思っていたが無理か」
「流石に厳しいかと」
「なら彼女には悪いが、グレイル領まで来てもらおう」
「その方がいいと思います。もう少し時間を稼げると思ったのですが……奴ら、なりふり構わなくなってきていますね」
「ああ、数もただの偵察じゃないな。襲ってくる気配すらある」
「王都内で起こすと?」
「いや、それはないと思うが……奴らのことだからな」
「どうするのかわかりませんね」
そんなことをシュウと話しながら馬車に乗ること1時間。
尾行はいたけれど、何とか王都から脱出することには成功した。
それから3時間ほど。
馬車の一行が林に入った辺りでレナが目を覚ます。
「う……ううん……」
「起きたか」
「私は……あの……ここは……」
「今はグレイル領に向かっている最中だ」
「え……ええ!? 家に帰してくださるって!」
そう驚いている彼女に、俺は謝罪をする。
「すまない。今の状況で君を家に帰したとすると、急進派……ヘルシュ公爵に狙われる可能性が出来てしまった。ことが済んだら戻れるようにするので、許して欲しい」
「そういうことですか。そういうことなら……まぁ、仕方ないですね……。あの方ならやりかねませんから」
「だが、強制的に連れてくることになってしまったのは事実だ。できることがあるなら言ってくれ。必ず力になる。ワドランディ家の再興も……」
「私の家のことまで……いえ、そう思うのもおかしいことではないですよね……ジャックから聞いたのですか?」
「いや、違う。独自のルートで知っただけだ」
「そうですか……私としては、あの家で過ごすだけでも良かったのですが……でも。この力を教えてくれたユマ様にも感謝しています。ことが終わるまで、お力にならせていただきます」
そう言ってくるレナが優しくて助かった。
ただ、彼女が望むことはできる限りしてあげたいと思う。
「そういえば、グレイル侯爵様は大丈夫でしたか? 私の力の限りは尽くしたのですが……」
「ああ、君のお陰で元気になった。今も馬車に乗れるほどになったのだ」
「そんな……本当ですか? 私にそこまでの力は……」
彼女はそこで言葉を止める。
隣にいるシュウが首を横に振っていたけれど、何か理由があったのだろうか。
シュウはその話を流すように話題を変えた。
「レナさんはグレイル領でどのような生活をしたいですか? その魔法の研鑽をさらに積む手助けも、普通に生きる手助けも、貴族になる手助けも我々はできます」
「そんな……すぐには……決められないです」
「では、ゆっくりと考えていてください。というか、聞きたいことは今の内に聞いておいてください」
「は、はい……」
そう言って彼女は何か考え込む。
「伏せろ!」
次の瞬間に、俺は叫んで2人の頭を下げさせる。
ズドォン!!!
一本の矢が轟音と共に俺が乗る馬車の上半分を吹き飛ばした。
その矢はそのまま地面を吹き飛ばす。
「い、今のは……」
「おそらく《暗雲轟雷》だ。この矢は以前受けたことがある」
「王都を出てまだ数時間ですよ? いきなり襲ってくるなんて……」
「シュウ。そのことは後だ。今は御者をやってくれ」
「わかりました! ユマ様は早く前の馬車に……」
「いや、俺はここに残る」
「な、なぜですか」
「奴に対抗できるのはそう多くない。それに……」
俺は立ち上がり、風通しの良くなった馬車から後ろを見る。
後ろからはサギッタの里の服装である狩人の衣装をまとった一団が追いかけてきていた。
そのさらに後方にはフードを被った連中も見える。
「奴らの矢は全て俺が斬り落とす。シュウはただ前の心配をしていろ」
「わ、わかりました」
シュウは急いで御者の席に座って手綱を奪い取る。
元々手綱を引いていた男は先ほどの一撃で絶命していたからだ。
俺は剣を抜き放ち、後ろを見据えて構える。
「これ以上は好きにできると思うなよ」
次の瞬間、飛んできた矢を斬撃魔法を乗せた剣で叩ききる。
ズバァン!!!
矢は真っ二つになり、破片になって周囲に飛び散る。
「ひ!」
「おっと」
俺は手でそれがレナに当たるのを防いだ。
「悪かったな。だが、お前のことは俺が命に代えても守ってやる。だから安心して待っていてくれ」
俺は彼女を安心させるようにそう言ってほほ笑む。
「え……」
すると、彼女は引きつっていた顔をぽかんとさせて、こうつぶやく。
「あの……次期グレイル領の夫人の席って空いていますか?」
「ん?」
俺は一瞬意識を奪われて、危うく《暗雲轟雷》の矢を斬り落とせない所だった。




